博士の書評『裸眼思考』:「正解」を急ぐ脳を立ち止まらせる、知的な不純物との付き合い方 ―医学者であり教育者である私が、荒木博行の『裸眼思考』に覚えた微かな抵抗と、深い共鳴
Professors' Wisdom 書評担当教授
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本シリーズでは、大学教授・医学博士の視点から、本を起点に、教育・健康・仕事・人生を読み解いています。
単なる要約ではなく、一冊の本が現代を生きる私たちに何を問いかけているのかを考え、実践につながる視点をお届けしています。
「私はこの本をこのように理解しました」
医学博士として、また教壇に立ち学生たちの「学び」を観察する大学教授として、そして何より、文字の海を泳ぐ一人の読者として、本書をじっくりと、時にページをめくる指を止めながら読み進めました。
効率やエビデンス、そして最短ルートでの目的達成を求められる現代において、本書が提示する「裸眼」というアプローチは、私たちが無意識に信じ込んでいる「正しさ」のメスを、あまりにも静かに、しかし深く突き刺してきます。
効率的なレンズを外したとき、世界はどれほど不条理で、どれほど愛おしい情報に満ちているか。
本書から得られる3つの気づき
1. 「目的」が視野を狭窄させるという不都合な真実: 目標に向かって真っ直ぐ進むこと自体が、実は周囲にある「生存やイノベーションに必要なノイズ」を排除するフィルターになってしまっているという恐怖。
2. 「知っている」という全能感がもたらす思考の便秘: 過去のエビデンスや知識(レンズ)に頼りすぎることで、目の前の「今、ここにある変化」をありのままに観察する力を失ってしまうリスク。
3. 宙ぶらりんに耐える「保留」の生物学的価値: すぐに白黒つけず、結論を急がない「ネガティブ・ケイパビリティ」の時間が、脳内の知覚ネットワークを成熟させ、より高次な判断へと導く。
書籍情報:『裸眼思考』
著者名: 荒木博行
出版社: かんき出版
出版年: 2024年9月
キーワード: 思考法、仮説思考、ネガティブ・ケイパビリティ、知覚、内受容感覚
著者紹介: 株式会社学びデザイン代表。グロービス経営大学院副研究科長を経て、現在は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授。音声メディアや書籍を通じて、現代人の「学びのOS」をアップデートし続ける教育者・著述家。
全体的な評価と推奨読者層
評価:★★★★☆(4.2/5.0)
ロジカルシンキングやフレームワークに代表される「ビジネスの標準治療」に対し、極めて本質的なセカンドオピニオンを提示してくれる良書です。ステップの解説において、やや綺麗に整理されすぎている(それ自体が一種のレンズのように機能しかねない)部分もありますが、現代人が抱える「効率主義の慢性疲労」に対する処方箋として、これほど誠実な本はありません。
推奨読者:
「成果は出ているのに、なぜか仕事がつまらない、息苦しい」と感じている中堅ビジネスパーソン。
PDCAサイクルやKPI管理に追われ、新しいアイデアの種を見失いかけているマネージャー・経営層。
「正解」をすぐに求めてしまい、試行錯誤や寄り道に不安を感じやすい学生や若い研究者。
合わないかもしれない人:
明日までに売上を倍にするための、即効性のあるハックやテクニックだけを求めている人。
「曖昧さ」や「モヤモヤした状態」に耐えることが生理的にどうしても受け入れられない人。
1. 書籍の概要
本書『裸眼思考』は、一言で表現するなら「私たちがスマートに生きようとすればするほど失っていく、泥臭くも決定的な『知覚の野生』を取り戻すための指南書」です。
著者の荒木博行氏は、経営大学院での指導やビジネスの最前線で、いわゆる「合理的で効率的な思考(=レンズ思考)」のプロフェッショナルとして生きてきた人物です。
しかし、その強力な武器であるはずの「レンズ」が、度を超すと「目的病」や「知識病」という名の現代病を引き起こし、人の心を摩耗させ、イノベーションの芽を摘んでしまうという強烈な問題意識から本書は出発しています。
構成は、現代のビジネスパーソンが陥りがちな罠を暴く「病態の分析」から始まります。
左目には「目的のレンズ」、右目には「過去の知識のレンズ」をかけ、現実を都合よくトリミングして見ている私たちの姿を浮き彫りにします。
そして、そのレンズを一度外し、ありのままの世界を捉えるためのアプローチとして、「知覚」「保留」「記憶」という3つのステップを提示します。
特に興味深いのは、単なる精神論に終始せず、「五感をどう開くか」「心拍数などの身体の内側の感覚(内受容感覚)にどう耳を傾けるか」といった、身体的なアプローチにまで踏み込んでいる点です。
P&Gやパタゴニアといった企業の具体例を交えながら、個人レベルの習慣から組織の意思決定にいたるまで、この「裸眼」の視点をいかに組み込んでいくかが、著者ならではの平易で温かみのある筆致で描かれています。
2. 医学博士・大学教授としての視点
この本を読みながら、私は自分の研究室の顕微鏡を覗いているような、あるいは医学部の講義室で学生たちのレポートを読んでいるような、奇妙な既視感を覚えていました。
医学教育、あるいは科学研究の世界こそ、本書で言う「レンズ思考」の最たるものだからです。
エビデンス(科学的根拠)を重んじ、ガイドラインに沿って最短で診断を下す。
これは命を救うためには不可欠な技術です。
しかし、それだけに依存することの危うさを、私は一人の専門家として、著者の言葉に重ね合わせずにはいられませんでした。
(1) 「知識病」がもたらす、医療現場と研究の盲点
著者が指摘する「知識病」―過去のパターン認識が強固になりすぎて、目の前の事象をありのままに見られなくなる状態―は、医学の世界でも極めて深刻な問題です。
診断の現場において、医師が「過去の症例」という強力なレンズをかけすぎていると、そのレンズの枠からはみ出た微細な症状(不調のサイン)を「異常なし」として見落としてしまうことがあります。
科学研究においても同様です。
私たちは「仮説(レンズ)」を立てて実験を行いますが、時として、予測とは全く異なる「ノイズのようなデータ」が出現します。
優秀すぎる研究者ほど、それを「実験の失敗」として処理してしまいがちです。
しかし、医学の歴史における大発見の多く(例えばペニシリンの発見など)は、そのノイズを排除せず、「おや、これは何だろう?」と裸眼で観察し続けたことから生まれています。
著者が言う「固説」に陥らないことの重要性は、まさに科学的探求の根底にあるものだと深く共鳴しました。
(2) 専門家として立ち止まった点:「内受容感覚」のビジネス転用への微かな違和感
本書の第2部、ステップ1「知覚」の中で、身体内部の感覚である「内受容感覚(interoception)」の活用が提案されています。
これを目にしたとき、私は医学者として思わず姿勢を正し、少しだけ立ち止まりました。
確かに、近年の脳科学やスポーツ神経科学において、内受容感覚(心拍や内臓の動きを感じ取る力)が、感情の制御や直感的な意思決定(セカンドブライン)に重要な役割を果たしていることは知られています。
アスリートがゾーンに入る感覚なども、この能力と深く関わっています。
しかし、これを日常のビジネス現場に安易に応用することには、少し注意が必要だと私は考えます。
なぜなら、ストレスフルな環境にいる現代人は、自律神経のバランスが乱れており、内受容感覚そのものが「エラーメッセージ」を出している可能性が高いからです。
緊張による心拍数の上昇を、「これは自分の身体が拒絶しているサインだ」と裸眼で知覚したとしても、それが本当にその事象に対する本質的な違和感なのか、単に睡眠不足やカフェインの摂りすぎによる不整脈気味の反応なのかを区別することは容易ではありません。
身体の声を聴くことは素晴らしいアプローチですが、そこには「生物学的なノイズ」も多分に含まれているという留保を、専門家としては付け加えておきたいのです。
(3) 別の解釈の余地:「保留」という名の認知のコスト
ステップ2で語られる「保留」、すなわちネガティブ・ケイパビリティについてです。
すぐに結論を出さず、モヤモヤした状態を維持する。
これは、大学で不確実な問いに挑む学生たちを育てる上でも、本当に重要な態度だと痛感します。
ただ、私はここで別の解釈の余地、というか「人間という生物の限界」についても考えてしまいます。
脳科学的な観点から見ると、物事を「保留」し、宙ぶらりんのままにしておくことは、脳に多大な認知のコスト(負荷)を強いる作業です。
脳は本質的に、不確実性を嫌い、素早くパターンに当てはめて安心したがる臓器です。
ですから、著者が提案する「保留」を完璧に実践しようとすると、多くの人は脳のエネルギーを使い果たし、精神的な疲労(ウェルビーイングの低下)を招く恐れがあります。
ビジネスの現場で「即断即決」がこれほど好まれるのは、それが効率的だからという理由だけでなく、人間が「モヤモヤに耐える苦痛から逃れたい」という生物学的な防衛本能によるものでもあるのです。
だとすれば、私たちが目指すべきは、「常に裸眼で保留する」ことではなく、「どの程度の負荷なら、自分の脳は心地よく保留を維持できるか」という、自分なりの「認知のキャパシティのコントロール」なのではないでしょうか。
(4) 読者に投げかけたい問い
ここで、本書を読まれた(あるいはこれから読む)皆さんに、大学のゼミナールのように一つの問いを投げかけたいと思います。
「あなたが最近、仕事や私生活で『一瞬で片付けた(結論を出した)こと』の中に、もし1日だけ結論を保留していたら、全く違う景色が見えていたかもしれないものはありますか?」
私たちは、メールの返信、部下の評価、プロジェクトの進退など、あまりにも多くのことを「スピード」というレンズで処理しています。
その処理されたゴミ箱の中に、実はあなたが本当に大切にすべきだった「裸眼の真実」が埋もれてはいなかったか。
ぜひ、一度立ち止まって振り返ってみてほしいのです。
3. 最終的なコメントと読後のアクションプラン
荒木博行氏の『裸眼思考』は、効率化の波に洗われ、ツルツルになってしまった私たちの思考の表面に、心地よい「ざらつき」を与えてくれる本です。
全体を通して非常に論理的でありながら、著者の「かつて自分もレンズ思考で息苦しくなった」という、人間味のある告白がベースにあるため、言葉が説教臭くなく、すんなりと胸に落ちてきます。
あえて小さな留保をつけるとするならば、この「裸眼思考」という概念自体が、一冊の本として美しく体系化(ステップ化)されているがゆえに、読者が「なるほど、これが裸眼思考のフレームワークか」と、新たなレンズとしてカバンに仕舞い込んでしまうパラドックスを孕んでいる点です。
本書を「勉強」してはいけません。
むしろ、読み終えた後に「あぁ、今日は少し外を歩こう」と思えるような、脱力と解放のために使われるべき性質のものです。
完璧に実践する必要はありません。
私たちはビジネスの世界を生きる以上、レンズを完全に捨てることはできないのですから。
大切なのは、ポケットにいつも「裸眼」という選択肢を忍ばせておく、その心の余白です。
読後のアクションプラン
1. すぐに実践できる具体的な行動
「記号」ではなく「解像度」で見る通勤路: 明日の朝、通勤や移動の際、スマホを見るのを5分だけやめてみてください。そして、すれ違う人の服の正確な色、街路樹の葉の揺れ方、アスファルトの匂いなど、言葉の記号(「晴れ」「人混み」)に直す前の「生のデータ」をただ1つだけ、じっと観察してみてください。脳の知覚のスイッチが入る感覚がわかるはずです。
「即答しない」魔法の3秒: 会議や会話の席で、何か意見を求められたとき、あるいはメールを受信したとき、あえて「3秒」泳がせてから口を開いて(あるいはタイピングして)みてください。その3秒の「保留」が、あなたの過去のパターン(知識病)から出る手垢のついた回答を、少しだけクリエイティブなものに変えるフィルターになります。
2. 少し時間をかけて向き合いたい問いや習慣
「モヤモヤ日記」の効用: 週に一度、仕事で「結論は出せないけれど、なんか引っかかるな」と感じた違和感や、名前のつかない感情(モヤモヤ)だけを書き留めるノートを作ってみてください。誰のせいにもせず、解決策も書かない。ただその問いを「記憶」にとどめておくことで、1ヶ月後、あなただけの独自の洞察(裸眼の気づき)へと発酵していくのを実感できるでしょう。
レンズをかけて見る世界は明瞭で、迷いがありません。
しかし、レンズを外したときの、あの少しぼやけた、しかし無限のグラデーションを含んだ世界の広がりを、私たちはもう少し信じてもいいはずです。
あなたの目が、今日から少しだけ優しく、そして深くなることを願っています。
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