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博士の書評『考えてはいけないことリスト』:脳内の「うるさい会話」をミュートせよ ―言語学者・堀田秀吾が贈る、エビデンスに基づく『思考の減量』のススメ


Professors' Wisdom 書評担当教授
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本シリーズでは、大学教授・医学博士の視点から、本を起点に、教育・健康・仕事・人生を読み解いています。

単なる要約ではなく、一冊の本が現代を生きる私たちに何を問いかけているのかを考え、実践につながる視点をお届けしています。

本好き大学教授の本の隠れ家 -The Bookish Professor’s Book Nook-
「私はこの本をこのように理解しました」


医学博士・大学教授として、日々学生たちの「答えのない悩み」に耳を傾け、自らもまた研究と組織の狭間で思考を巡らせる者として、本書は非常に心地よい「裏切り」に満ちた一冊でした。

世にあふれる「ポジティブに考えよう」という綺麗事ではなく、「まず、その無駄な思考のスイッチを切れ」と科学のメスを入れる。

その切れ味に、私自身、思わず快い苦笑いを浮かべてしまいました。


考え抜くことが美徳とされる世界で、あえて「考えない技術」を磨く。あなたの脳は、もう十分に働きすぎている。

本書から得られる3つの気づき

  • 1. 「脳内会話」という見えない自傷行為の自覚: 自分を責め、他人の目を気にする思考は、脳科学的には「24時間365日、自分で自分を殴り続けている」のと同じダメージを心身に与えているという恐ろしい事実。

  • 2. 不安の97%は虚像であるという救い: 扁桃体が鳴らすアラートのほとんどはオオカミ少年。起こりもしない未来に怯えるのは、エネルギーの浪費でしかないという科学的解放。

  • 3. 「I will」より「Will I」の持つ、脳を動かす魔法: 自分を追い込む決意表明よりも、「できるかな?」というマイルドな自問の方が、人間の行動スイッチを滑らかに押し出すという逆転の発想。





書籍情報:『考えてはいけないことリスト』

  • 著者名: 堀田秀吾

  • 出版社: フォレスト出版

  • 出版年: 2025年12月

  • キーワード: 心理言語学、脳科学、反すう思考、メタ認知、セルフコンパッション

  • 著者紹介: 明治大学法学部教授。言語学博士(シカゴ大学)。言語学、心理学、脳科学を融合した多角的な研究で知られ、科学的エビデンスをベースにした分かりやすい著作が幅広い層から支持されている。



全体的な評価と推奨読者層

評価:★★★★☆(4.2/5.0)

  • 世界中の学術論文(エビデンス)をベースにしながらも、数式や小難しい専門用語で読者を煙に巻くことなく、極めてポップで実践的な「行動の処方箋」に落とし込んでいる点が秀逸です。ただし、あまりにサクサク読めてしまうため、実践に移さず「分かった気になって終わる」危険性もあるため、星4.2としました。

推奨読者:

  • 夜、布団に入っても「昼間のあの発言、まずかったかな……」と脳内反省会が始まって眠れない人。

  • SNSのタイムラインを見ては、他人のきらびやかな生活と自分を比較して、勝手に落ち込んでいる人。

  • マインドフルネスや瞑想に挑戦したものの、逆に頭の中が雑念でいっぱいになって挫折した経験のある人。

合わないかもしれない人:

  • 「悩んで、悩んで、悩み抜くことこそが人生の深みである」というドストエフスキー的な苦悩の美学を愛する人。

  • 科学的な根拠よりも、直感やスピリチュアルなメッセージに救いを求めたい人。



1. 書籍の概要


現代人が1日に受け取る情報量は、中世の人間の一生分に匹敵する―この、もはや使い古された感すらあるフレーズですが、本書『考えてはいけないことリスト』を読むと、その事態の深刻さが「自分の脳の疲労感」としてリアルに突きつけられます。

言語学者である堀田秀吾氏が本書で一貫して主張するのは、「考えない、は甘えではなく技術だ」という冷徹かつ温かいメッセージです。

私たちは日々、誰かと会話をしていますが、実は人生で最も多く会話をしている相手は「自分自身(内的独話)」に他なりません。

そして厄介なことに、その脳内会話の多くは、他人の評価への怯え(第1章)、過去の後悔(第2章)、未来への取り越し苦労(第3章)といった、百害あって一利なしの「ノイズ」によって占められています。

本書の構成は極めて明快です。「考えると不幸になる25のこと」を提示し、それらを「考えてはいけないこと」として脳に意識化(ラベリング)させます。

人間は「考えるな」と言われると考えたくなる(シロクマ問題)生き物だからこそ、あえて「リスト化」して客観視することで、思考の暴走にブレーキをかけるアプローチを採用しています。

後半(第6章)では、一転して「考えると幸せになる12のこと」が語られますが、ここでも単なる精神論は一切排除されています。

世界の最新論文から導き出された「脳の報酬系を刺激するトリガー」が、まるで実験室のレシピのように淡々と、しかし説得力を持って並べられています。

本書は、情報過多の海で溺れかけ、自らの思考の渦で自滅しがちな現代人にとって、脳の「デトックス・マニュアル」として機能する一冊です。



2. 医学博士・大学教授としての視点


大学という場所は、ある意味で「考えすぎた人間」が集まる最高峰の場所です。
私も教壇に立ち、あるいは研究室で学生や若い研究者たちと向き合う中で、彼らが「優秀であればあるほど、自らの思考の罠に嵌まって身動きが取れなくなっていく姿」を数多く目撃してきました。
医学や科学の世界では、「疑うこと」「深く考察すること」が絶対的な正義とされます。
しかし、そのメスを自分自身の全存在に向けてしまったとき、精神は容易に悲鳴を上げます。

医学者としての私の視点から、本書の持つ価値と、いくつかの「引っかかり」についてお話ししましょう。


(1) 脳の「ネガティビティ・バイアス」への臨床的アプローチ


本書で紹介されている、人間が本能的にネガティブな情報に執着するという「ネガティビティ・バイアス」は、進化医学の観点からも完全に同意できるものです。
野生の環境において、「茂みが揺れたのは、ただの風か、それとも肉食獣か」という問いに対し、常に最悪の事態(肉食獣)を想定する個体だけが生き残ってきました。
つまり、私たちが不安を感じやすいのは、脳の構造が「優秀なサバイバル仕様」になっているからに過ぎません。

しかし、現代社会において肉食獣に襲われるリスクはほぼゼロです。
それにもかかわらず、私たちの扁桃体(不安や恐怖を司る脳の部位)は、SNSの「いいね」の数や、上司のちょっとした不機嫌な表情を「命の危機」と誤認して、ストレスホルモンであるコルチゾールをドバドバと分泌させます。
本書が提案する「心配事の97%は現実にならない」というデータを頭に叩き込む行為は、この過敏になった扁桃体に「おい、落ち着け。それは肉食獣じゃない」と言い聞かせる、認知行動療法的なアプローチとして極めて合理的です。


(2) 専門家として立ち止まった点:セルフコンパッションと「甘え」の境界線


第4章で語られる「セルフコンパッション(自己への思いやり)」について、私は本を読みながら少しだけ筆を止め、考え込んでしまいました。
自分を責めることは「自傷行為」と同じであり、コルチゾールを増やしてパフォーマンスを下げる。
これは事実です。
大学の試験で失敗した学生に「君はダメな人間だ」と追い打ちをかけても、鬱屈とするだけで成績は伸びません。「今回はアプローチが違っただけだ。
次はどうする?」と友人のように寄り添う方が、はるかに脳科学的にも正しい。

しかし、一人の教育者としての私は、ここで小さな違和感を覚えるのです。
現代の、特に傷つきやすい若者たちに対して「自分を一切責めなくていい」というメッセージが、時として「自己正当化」や「現状維持の言い訳」にすり替わってしまうリスクはないだろうか、と。
クリスティン・ネフ教授のセルフコンパッションの真意は、単なる「自分への甘やかし」ではなく、「厳しい現実を正確に受け止めるための心のクッション」です。
本書のポップなトーンは読者の敷居を下げてくれますが、読者にはぜひ「自分を許すこと」と「課題から逃げること」は別物であるという、大人の節度を持ってこの章を読んでほしいと感じました。


(3) 「反すう思考」を止めるための「身体性」の重要性


第5章の「反すう思考を止める最も有効な方法は行動すること」という指摘。
ここには、私が日々の生活で最も実感している医学的真理があります。
私は研究で行き詰まったとき、あるいは大学の人間関係で頭がモヤモヤしたとき、あえて研究室を飛び出して大学のキャンパスを早足で散歩するか、階段を何往復かすることにしています。
なぜなら、運動によって骨格筋が動くと、脳内ではセロトニンやドーパミンが分泌され、強制的に「思考のチャンネル」が切り替わるからです。

人間の脳は、机の上で「考えないようにしよう」と念じるだけで思考を制御できるほど高性能にはできていません。
「シロクマのことだけは考えるな」と言われると、脳内はシロクマで一杯になります。
堀田氏が言うように、何か別の行動(散歩、掃除、料理など)に五感を集中させることで、作業記憶(ワーキングメモリ)を物理的に乗っ取ってしまうこと。
この「身体性の介入」こそが、精神医学的にも最もコストパフォーマンスの高い脳のハッキング手法なのです。


(4) 読者に投げかけたい問い:あなたの「脳内会話」は誰の言葉か?


ここで、本書を読まれる皆さんに、一つ一緒に考えていただきたい問いがあります。

「あなたが頭の中で自分を責めているその『声』は、本当にあなた自身の言葉ですか?」

言語学者である著者が指摘するように、私たちは言葉を使って思考します。
しかし、その言葉の多くは、幼少期に親から言われた小言であったり、世間の常識という名の同調圧力であったり、SNSで見た他者の視線であったりします。
つまり、私たちが「自分の頭で悩んでいる」と思っていることの大部分は、実は「他人の言葉のコピー」を脳内で再生しているに過ぎないのです。
この事実に気づくだけでも、頭の中のうるさい同僚たちを「あ、これは私の声じゃないな」と退去させることができるのではないでしょうか。



3. 最終的なコメントと読後のアクションプラン


堀田秀吾氏の『考えてはいけないことリスト』は、現代という「過剰な情報と過剰な思考」に満ちた時代を生き抜くための、非常にスマートな知的武装解除の書です。

私たちは「もっと学べ、もっと考えろ、もっと成長しろ」という強迫観念に追われています。

しかし、医学的に見れば、私たちの肉体も脳も、数万年前の石器時代から大してアップデートされていません。

そんな旧式のアナログ・ハードウェアに、最新の超高速データを注ぎ込めば、フリーズ(精神の不調)を起こすのは当然です。

本書を全面的に信奉して、「25のリスト」を完璧に守ろうとする必要はありません。

それ自体が新たな「考えすぎ(完璧主義)」の罠になってしまうからです。

「あ、今また自分は無駄な反すう思考の沼にハマりかけているな」と、一歩引いて自分の脳をニヤニヤと眺めるくらいの、ちょっとした「ユーモアと余白」を生活に持ち込むこと。

それこそが、著者が世界の論文の山から掘り起こしたエッセンスの、最も正しい受け取り方だと私は確信しています。


読後のアクションプラン


1. すぐに実践できる具体的な行動

  • 「ウォーリータイム(心配タイム)」をスマホのアラームで設定する: 今日から、夕方の18:00〜18:15の15分間だけを「全力で悩む時間」に指定してください。それ以外の時間に不安がよぎったら、「あ、その件は18時からのミーティングで受け付けるから」と脳内で付箋を貼ってスルーする練習をしてみましょう。

  • 目標や予定を立てるとき、主語を「Will I ~ ?」に変えてみる: 「明日は絶対5時に起きる(I will)」ではなく、「明日、5時に起きられるかな?(Will I)」と手帳に書いてみてください。脳のプライミング効果が働き、不思議と行動へのハードルが下がっていることに気づくはずです。


2. 少し時間をかけて向き合いたい問いや習慣

  • 「今日感謝したこと」を3つ、スマホのメモに殴り書きする習慣: 綺麗に清書する必要はありません。夜、寝る前に「コーヒーが美味かった」「電車の座席に座れた」「同僚が挨拶してくれた」といった些細なことを3つ書く。これが脳の報酬系を刺激し、ネガティビティ・バイアスを相殺する強力な漢方薬になります。

  • かかりつけの「非生産的な行動」を1つ決める: 散歩でも、プラモデル作りでも、あるいはただボーッとベランダの植物を眺めることでも構いません。「何の意味もないけれど、ただ五感が動いている時間」を週に1度、1時間だけスケジュールに確保してください。それは脳のワーキングメモリをクレンジングするための、贅沢な「何もしないという投資」です。


脳の贅肉を削ぎ落とし、もっと軽やかに、この複雑な世界を歩いていきましょう。
あなたの脳は、もっと楽しいことのために使われるべきなのですから。




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