博士の書評『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』:拡大という「病」から降りる解毒剤 ―経営学の異端児が明かす、細胞規模の幸福論として読む『そこそこ起業』
Professors' Wisdom 書評担当教授
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本シリーズでは、大学教授・医学博士の視点から、本を起点に、教育・健康・仕事・人生を読み解いています。
単なる要約ではなく、一冊の本が現代を生きる私たちに何を問いかけているのかを考え、実践につながる視点をお届けしています。
「私はこの本をこのように理解しました」
医学博士として、また大学という組織の片隅で教壇に立つ人間として、そして何より「現代社会の息苦しさ」の正体を突き止めたい一人の読者として、私は本書を驚きとともに一気に読み進めました。
高橋勅徳氏が提示する「そこそこ起業」という生き方は、これまでの経営学が賞賛してきた「右肩上がりの成長神話」を、きわめて学術的、かつ小気味よい皮肉を交えて解体していきます。
それはまるで、過剰なストレスで疲弊した現代人に処方される、一服の「特効薬」のようです。
死ぬ気で勝つためではない。社会のシステムに「ハッキング」を仕掛け、自分だけの快適な生態系(楽園)を守り抜くためのアグレッシブな撤退戦略。
本書から得られる3つの気づき
1. 「生存のための至適規模」という視点: 生物も組織も、大きくなればそれだけ維持コスト(ストレス)がかかる。あえて「低成長」にとどまることこそが、個体の幸福度(Well-being)を最大化する。
2. 競争の「柵」から外れる勇気: 大企業が参入できない市場の隙間に、独自のニッチを見出すこと。それは逃げではなく、生態学的ニッチ(生態的地位)を確保する最も知的な生存戦略である。
3. 「楽園」という名のセーフティネット: 趣味や共感をベースにしたコミュニティは、単なるお遊びではない。貨幣経済の暴走から個人を守る、精神的・経済的なレジリエンス(回復力)の基盤となる。
書籍情報:『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』
著者名: 高橋勅徳(たかはし みさのり)
出版社: 集英社
出版年: 2024年7月
主なキーワード: そこそこ起業、ライフスタイル起業、ニッチ戦略、コミュニティ経済、Well-being、レジリエンス
著者紹介: 東京都立大学大学院経営学研究科准教授。神戸大学大学院で博士(経営学)を取得。企業家研究、ソーシャル・イノベーション論を専門とし、既存の枠組みにとらわれない鋭い視点で現代の労働と社会を問い直す「異端の経営学者」。
全体的な評価と推奨読者層
評価:★★★★★(4.8/5.0)
経営学という一見「冷徹な数字の世界」の学問を、市井に生きる人々の「息づかい」と「幸福」のために血肉化させた傑作です。タイトルのキャッチーさに反して、その根底にあるのは、現代の労働システムに対するきわめて誠実な批評精神です。
推奨読者:
「このまま会社組織に縛られて定年を迎えるのか」と、日曜の夜に深い呼吸ができなくなる会社員。
自分の好きなこと(趣味や特技)はあるが、それを「ビジネス」という大げさな枠組みにハメ込むことに抵抗がある人。
独立・起業を考えているが、従業員を雇ったり、オフィスを構えたりするリスクに恐怖を感じている人。
合わないかもしれない人:
将来はユニコーン企業を立ち上げ、上場(IPO)して世界を買い替えたいと本気で願う、限界突破型の野心家。
「市場原理こそが絶対の正義であり、弱肉強食は自然の摂理だ」と信じて疑わない効率主義者。
1. 書籍の概要
本書『なぜあの人は好きなことだけやって年収1000万円なのか? 異端の経営学者と学ぶ「そこそこ起業」』は、一言で言えば「肥大化する資本主義のゲームから、自らの意志で賢く降りるためのハッキングマニュアル」です。
著者の高橋勅徳氏は、大学院で教鞭を執る気鋭の経営学者でありながら、従来の「英雄的な起業家(ベンチャー企業の創業者など)」ばかりを追いかける経営学の主流派に、静かな、しかし確信に満ちた反旗を翻します。
彼が着目したのは、これまでの研究からは「ただの自営業」「小規模すぎて議論に値しない」と不当に無視されてきた、市井のライフスタイル企業家たちでした。
本書が提唱する「そこそこ起業」の背骨を成すのは、「低投資」「低成長」「低関与」という三原則です。
元手をかけず、そこそこ稼いだらそれ以上の拡大を意図的に止め、他人の都合に振り回されずに客を選り好みできる規模を維持する。
一見、ビジネスの教科書とは真逆を行くようなこのスタイルこそが、海外では「ライフスタイル企業家(Lifestyle Entrepreneurship)」として近年急速に研究が進んでいる、人間が幸福に生きるための先進的な戦略であると著者は論じます。
構成は、著者の父親である「流しの大工」の生き方の回想から始まります。
特定の組織に属さず、必要な分だけを市場から引き出して人生を満喫していた父親の姿。
これが本書の精神的原点です。
その後、沖縄のインディーズミュージシャン、趣味を束ねるマウンテンバイクショップ、同人誌のコミュニティ経済、歌舞伎町の怪しいオジサンのニッチビジネス、さらには1000年続く京都の和菓子屋(シーラカンス企業)まで、きわめて具体的で魅力的な12の事例が次々と登場します。
著者はこれらの事例に、経営学の論文や概念という「補助線」を鮮やかに引いてみせます。
それは、単なる「好きなことで生きていく」系の自己啓発本とは一線を画す、圧倒的な説得力を持っています。
読者は、一見風変わりな人々の生き方が、実は「コミュニティ内で経済を作る『楽園作り型』」や「市場の隙間を狙う『ハッキング型』」という、きわめて理にかなった2つの起業戦略に基づいていることを知るのです。
2. 医学博士・大学教授としての視点
私がこの本を読みながら感じたのは、医学の世界における「ホメオスタシス(恒常性維持機能)」や、生物学における「適応」という現象との驚くべき類似性、そしてある種の「安堵」でした。
医学の世界では、生体が健康であるためには「バランス」がすべてです。
血圧も、血糖値も、免疫反応も、高すぎれば病気(高血圧、糖尿病、自己免疫疾患)になり、低すぎても機能不全に陥ります。
生物は、常に自らにとっての「最適な一定範囲(至適範囲)」を維持しようと命を燃やしているのです。
しかし、現代の経済社会はどうでしょうか。
「もっと大きく」「もっと速く」「前年比120%」という、終わりのない拡大を個体に要求し続けます。
これは生物学的に見れば、細胞がコントロールを失って無限に増殖し、最終的に個体を滅ぼす「がん(悪性腫瘍)」の動態そのものです。
高橋氏が語る「そこそこ起業」は、まさにこの社会的経済的な「がん化」に対する、きわめて健康的な解毒剤(アンチドート)として私の目に映りました。
(1) 精神医学・生理学から見る「低成長・低関与」の妥当性
大学の教壇に立っていると、年々、真面目で優秀な学生ほど「失敗への恐怖」と「過剰な適応ストレス」で心をすり減らしているのを目にします。
彼らは「大企業に入って、出世レースを勝ち抜かなければ脱落する」という、極端な二者択一の呪縛にかかっています。
本書が提示する「低関与(客を選り好みできる規模を保つ)」という概念は、精神衛生(メンタルヘルス)の観点から見ても、ストレス因(ストレッサー)を自らコントロールする非常に有効な手段です。
他人の都合で動かされる時間を減らすことは、脳内のコルチゾール(ストレスホルモン)の分泌を抑え、自律神経を安定させることに直結します。
経営学的に「規模の拡大を意図的に止める」という判断は、医学的には「自分の心身の健康寿命を延ばすための防衛策」に他ならないのです。
(2) 専門家として立ち止まった点:年収1000万という「閾値(しきいち)」のリアル
一方で、一人の読者として、またデータの客観性を重んじる研究者として、少し立ち止まった点もあります。
それはタイトルにもある「年収1000万円」という具体的な数字のサステナビリティ(持続可能性)についてです。
著者が挙げる「歌舞伎町のオジサンのニッチな繋がりビジネス」や「キッチンカーの屋台ビジネス」は、きわめて魅力的で、一時的にその水準に達することは十分に可能でしょう。
しかし、医学的な臨床データが「長期的な追跡調査」を必要とするように、これらの「ハッキング型」や「コミュニティ依存型」のビジネスが、例えば10年、20年というスパンで、あるいは本人の大病や社会情勢の激変(先のパンデミックのような事態)があった際に、どれだけの耐性(レジリエンス)を持ち得るのか。
著者は第4章で「組織に依存しないことが逆説的に危機耐性を高める」と述べており、そのロジックには大いに首肯します。
ただ、個人事業主の健康リスク(自分が倒れたら収入が途絶えるリスク)という「生物学的な脆弱性」に対して、経営学の枠組みからどうアプローチするのか、あるいはそこをどう「そこそこ」カバーするのかについては、もう少し臨床的な(現場レベルの)セーフティネットの議論が必要ではないか、と専門家としての生真面目さが顔を出してしまいました。
(3) 別の解釈の余地:祖父の「山」が教えてくれる、内なるモノサシ
第8章に登場する、山で生きる著者の祖父のエピソードは、本書の中で最も文学的であり、かつ最も深い気づきを与えてくれる章でした。
「どのくらいの稼ぎが適切かは山が教えてくれる」 この言葉に、私は深く感動すると同時に、現代人が失ってしまった「身体感覚」の重要性を思いました。
祖父にとっての「山」とは、外部の市場原理ではなく、自分を取り巻く「自然環境」と「自身の肉体の限界」を映し出す鏡です。
私たちは今、スマートウォッチで心拍数や睡眠の質をデータ化し、外的な数値に体調を教えてもらう時代を生きています(まるで前述のディアマンディス氏の世界のように)。
しかし、本当の意味での「稼ぐ力」や「生きる力」とは、データに管理されることではなく、自分の肉体が「これ以上働いたら心地よくない」「これだけあれば十分に食べていける」と発する、内なるサイン(内受容感覚)を信じることではないでしょうか。
そこそこ起業の真意は、単に「ラクをすること」ではなく、失われた「自分の身体感覚(モノサシ)を取り戻すこと」にある。
私はそう解釈しました。
(4) 読者に投げかけたい問い
ここで、この本を手に取った、あるいはこれから手に取る皆さんに、大学のゼミナールのように一つの問いを投げかけたいと思います。
「あなたが大企業や組織という『大きな船』から降りて、自分だけの『小さな屋台』を引くとしたら、その屋台の暖簾(のれん)に、あなたを突き動かすどんな『偏愛(趣味・こだわり)』を書き込みますか?」
現在の高等教育は、効率的に「船の乗組員」を育てるシステムになっています。
しかし、船がいつ沈むか分からない時代において、本当に必要なのは「自分の屋台を自分で作れる力」です。
この問いに対して、「いや、自分には人に誇れるような趣味も専門性もない」と怯える必要はありません。
本書が示す通り、同人誌の頒布であれ、魚をさばくことであれ、誰かの「凄すぎる!」に、ほんの少しの価格をつけることから、すべての生態系は始まるのです。
3. 最終的なコメントと読後のアクションプラン
高橋勅徳氏の筆致は、ときにアカデミアの権威を小馬鹿にするようなユーモアに溢れ、ときに泥臭い生活者への温かい眼差しに満ちています。
本書は、単に「お金を稼ぐためのノウハウ」を並べた実用書ではありません。
「人間にとって、働くとは何か」「幸せに老いていくとはどういうことか」を、経営学というレンズを通して優しく、しかし鋭く問いかける「生き方の思想書」です。
全面的にこの生き方を礼賛し、今すぐ会社に辞表を出す必要はありません。
あえて小さな留保をつけるなら、私たちは「そこそこ起業」という言葉が持つ、ある種の“耳ざわりの良さ”に甘えすぎてはいけない、ということです。
拡大を追わないということは、裏を返せば「すべての意思決定と、その結果(リスク)を自分一人で引き受ける」という、きわめて自立した精神(野生の感覚)を求められます。
会社の看板を失った自分が、裸一貫で社会とどう対峙するか。そこには、組織の中にいるときとは別の質の「覚悟」が必要です。
しかし、その覚悟さえも「ガンガン遊んで楽しむ姿」の中に溶かし込んでしまえるのが、本書の教える最大の智慧です。
完璧な準備ができるのを待つ必要はありません。
この資本主義のゲームを、少しだけ軽やかにハッキングしてみようではないですか。
読後のアクションプラン
1. すぐに実践できる具体的な行動
自分の「偏愛リスト」を3つ書き出し、SNSで発信する: 誰かに頼まれたわけでもないのに、ついやってしまうこと、お金を払ってでも集めてしまうものを言葉にしてみてください。著者が言うように「あの人は凄い!」と同好の士に思われる第一歩は、自分が楽しんでいる姿を市場(ネット)に露出させることから始まります。
自分のスキルに「1000円の価格」をつけてみる: 友達に頼まれてタダでやっていること(相談に乗る、文章を書く、料理を作るなど)に、あえて「これ、次から1000円でもいい?」と言ってみる、あるいはココナラなどのプラットフォームに出品してみる。サービスに価格をつけることで、脳が「ビジネスの当事者」へとシフトする感覚を体験してください。
2. 少し時間をかけて向き合いたい問いや習慣
「私の満足の阈値(しきいち)」を知る: 月にいくらあれば、自分は不安なく、精神的に豊かな暮らしができるのか。通帳の数字ではなく、自分の感情の満足度をベースにした「リアルな必要最低予算」を計算してみてください。それが分かると、過剰な拡大競争から降りるための「ブレーキの踏みどころ」が見えてきます。
かかりつけの「サードプレイス(楽園)」を見つける: 会社の同僚でもなく、家族でもない、自分の趣味やライフスタイルを共有できる小さなコミュニティ(行きつけの個人商店、オンラインのニッチな集まりなど)に、週に一度は身を置いてみてください。そこは将来、あなたが「そこそこ起業」を始める際の大切な顧客であり、仲間たちの苗床(楽園)になるはずです。
この本は、あなたをすり減らす組織から逃げ出すための地図ではありません。
あなたがあなた自身の人生の主導権(ガバナンス)を取り戻すための、静かな革命の書なのです。
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