博士の書評『70歳が老化の分かれ道』:「意欲」を枯らさない技術 ―医学が見落としてきた、70代という“人生の最終関門”を突破する生存戦略
Professors' Wisdom 書評担当教授
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医学博士として、また大学の教壇に立つ身として、日々「老化」を生物学的なデータとして捉えがちな私にとって、本書は一つの冷や水を浴びせられたような感覚を伴う読書体験でした。
和田秀樹氏が綴るのは、教科書に載っている「平均値」を追う医学ではありません。
30年以上にわたり、数えきれないほどの高齢者と向き合ってきた臨床医としての、泥臭くも愛に溢れた、極めて「人間臭い」生存の智慧です。
「正しく老いる」という幻想を捨てろ。70代で身につけた不謹慎なほどの活力が、80代以降のあなたを救う。
本書から得られる3つの気づき
1. 「正常値」の呪縛からの解放: 検査数値を下げることだけが正義ではない。血圧やコレステロールを薬で下げすぎることが、かえって脳の活力を奪い、老化を加速させるという逆説的真実。
2. 脳は「前頭葉」から老いる: 記憶力より先に「意欲」が枯れる。70代で何かを「面倒くさい」と感じた瞬間、それは加齢ではなく、前頭葉の萎縮という生物学的危機のサインである。
3. 「肉食」と「運転」が命を繋ぐ: 粗食を美徳とする日本の高齢者観を根底から覆す。タンパク質と日光、そして社会との接触を維持する移動手段(車)こそが、要介護への坂道を食い止める。
書籍情報:『70歳が老化の分かれ道』
著者名: 和田秀樹
出版社: 詩想社(詩想社新書)
出版年: 2021年6月
キーワード: 70代、健康寿命、前頭葉、セロトニン、老年医学
著者紹介: 精神科医。東京大学医学部卒業後、高齢者専門の精神科医として30年以上のキャリアを持つ。日本における老年精神医学の第一人者であり、映画監督や受験アドバイザーとしても活動する異色の経歴を持つ。
全体的な評価と推奨読者層
評価:★★★★☆(4.2/5.0)
医学的な統計データと、著者の膨大な臨床経験が絶妙なバランスで配合されています。一部の過激とも取れる主張(免許返納への慎重論など)は、社会通念と衝突する可能性がありますが、その「引っかかり」こそが、思考停止した長寿観を揺さぶる良薬となります。
推奨読者:
「最近、何をするにも億劫になった」と感じ始めている60代後半から70代の方。
親の老化を目の当たりにし、「どう支えるのが正解か」と悩んでいるその子供世代。
健康診断の結果に一喜一憂し、食事制限で楽しみを失っている真面目すぎる方。
合わないかもしれない人:
「医師の言うことは絶対である」という、権威主義的な標準治療を唯一の正解と信じる方。
清貧や枯淡こそが老いの美学であると考え、アクティブな姿勢を否定する方。
1. 書籍の概要
本書『70歳が老化の分かれ道』がこれほどまでに支持された理由は、日本人が抱く「理想の老い」という虚像を、臨床現場のリアリズムで打ち砕いた点にあります。
著者の和田氏は、現在の70代を「かつてとは比較にならないほど若返った世代」と定義します。
しかし、そこに落とし穴がある。栄養状態が良くなった一方で、医学の管理主義が「平均的な数値」を押し付け、高齢者から活力を奪っているのではないか、と警鐘を鳴らします。
構成の軸となるのは、「70代=老いと闘える最後の10年」という概念です。
80代になれば、誰の脳にも多かれ少なかれアルツハイマー型の変化は訪れます。
それはもはや抗うべき「病」ではなく、受け入れるべき「自然」です。
だからこそ、その手前の70代でどれだけ「意欲」と「運動機能」の貯金を作れるかが、その後の20年、30年のクオリティを決定づける。
本書は、肉を食べること、日光を浴びること、仕事を辞めないこと、そしてあえて免許を返納しないことなど、具体的かつ刺激的な提言に満ちています。
それらすべては、脳の「前頭葉」を刺激し、幸せホルモンである「セロトニン」を分泌させ続けるための、戦略的なサバイバル術なのです。
2. 医学博士・大学教授としての視点
私がこの本を読みながら、何度もページをめくる手を止めたのは、著者が突きつける「エビデンスの解釈」の鋭さゆえです。
大学で医学を教える立場からすれば、ガイドラインに従い、血圧や血糖値をコントロールするのは「正しい指導」です。
しかし、臨床という現場で一人の人間の「生」をトータルで見たとき、その正しさが牙を剥くことがある。
そのことを、本書は痛烈に思い出させてくれます。
(1) 「数値」を優先するか、「質」を優先するか
本書の中で最も挑戦的なのは、コレステロール値や血圧に関する記述でしょう。
医学者として、脂質異常症が動脈硬化のリスクであることは否定しません。
しかし、和田氏が指摘するように、コレステロールはホルモンの原料であり、脳の伝達物質にも関わります。
特に70代において、数値を下げるために食事の楽しみを奪い、結果としてセロトニン不足から「老人性うつ」を招いては本末転倒です。
「薬を飲んで数値は良くなったが、表情が消えた患者」を、私は何人も見てきました。
大学教授としての私はガイドラインを重んじますが、書評家としての私は、著者の「長生きの専門家(臓器別専門医)は、健康でいさせる専門家ではない」という言葉に、深く、苦い納得を覚えます。
(2) 立ち止まった点:運転免許返納問題への「異論」
社会医学的な観点から言えば、高齢者の運転ミスによる事故は防ぐべき喫緊の課題です。
ですから、安易に「返納するな」という主張には、当初強い抵抗を感じました。
しかし、著者が提示した「免許を返納したグループは、要介護リスクが2倍になる」というデータの重みを、私たちはどう受け止めるべきでしょうか。
車という移動手段を失うことは、地方においては「社会的な死」に直結します。
ここで私が読者に投げかけたい問いは、「安全のために不自由を受け入れることが、果たして唯一の正義なのか」ということです。
もちろん事故は防がねばなりませんが、個人の尊厳と身体機能の維持を天秤にかけたとき、私たちはあまりにも簡単に後者を切り捨ててはいないでしょうか。
この点は、医学界だけでなく社会全体で議論すべき、鋭いトカゲの尻尾のような問題です。
(3) 私の経験との共鳴:前頭葉と「面倒くさい」の正体
私の研究室でも、認知機能の維持については大きな関心事です。
和田氏が説く「前頭葉の老化」は、画像診断で萎縮が見える前から、まず「感情の平板化」として現れます。
かつて、非常に優秀だった退官後の教授が、ある日を境に一切の趣味を捨て、一日中テレビを見て過ごすようになったのを間近で見ました。
周囲は「ゆっくり休んでいるのだ」と思いましたが、今振り返れば、あれこそが前頭葉の悲鳴だったのでしょう。
本書が推奨する「アウトプットの習慣」や「人付き合い」は、単なる気休めではありません。
それは、前頭葉という名の「意欲のエンジン」に油を差し続ける、極めて科学的なメンテナンスなのです。
(4) 別の解釈の余地:認知症との「共生」
著者は「85歳を過ぎれば誰でも認知症になる」と割り切っています。
これは臨床的には救いのある言葉ですが、一方で、早期発見・早期介入による「進行抑制」の可能性を少し過小評価しているのではないか、という懸念も残りました。
しかし、和田氏の真意は、検査に怯えて今を犠牲にすることへの警告にあるのでしょう。
「病気を見つけることよりも、今の元気な時間をどう使い果たすか」。
この優先順位の転換こそが、現代の長寿社会に必要な「知恵」なのだと、私は理解しました。
3. 最終的なコメントと読後のアクションプラン
『70歳が老化の分かれ道』は、単なる健康法を説いた本ではありません。
それは、「老化」という抗えない潮流の中で、いかに自分という個を最後まで乗りこなすかという、一種の「人間賛歌」です。
著者の言葉には、時として独断に近い強さがあります。
しかし、それは何千人もの「後悔」と「満足」を看取ってきた医師だからこそ吐ける、命の重みに裏打ちされた言葉です。
全面的に同意する必要はありません。
ただ、もしあなたが「もう年だから」という言葉で自分を縛り付けているのなら、本書はその鎖を断ち切る強力なカッターになるはずです。
小さな留保をつけるならば、本書のアドバイスに従って「肉を食らい、活動的に動き回る」ことは、個人の自由であると同時に、相応の自己責任(例えば生活習慣病の悪化リスクなど)を伴う覚悟が必要です。
それでも、意欲を失い「生ける屍」として長く生きるよりは、多少のリスクを背負っても「今日という日を面白がる」ことを選ぶ―。
そんな勇気を、この本は与えてくれます。
読後のアクションプラン
1. すぐに実践できる具体的な行動
「本日のアウトプット」を決める: 読んだ本の内容、食べた食事の感想など、何でも構いません。誰かに話すか、メモに残してください。受動的な「インプット」から能動的な「アウトプット」へ切り替えることが、今日からできる前頭葉の筋トレです。
「週3回の肉食」を予約する: 「魚の方が体に良い」という固定観念を一度脇に置き、手のひらサイズのステーキやトンテキを食べてみてください。翌朝の目覚めの「活力」に意識を向けてみる。それがセロトニンの手触りです。
2. 少し時間をかけて向き合いたい問いや習慣
「不真面目な自分」を許容する: 健康診断の結果が悪くても、「自分なりに心地よいなら良し」とする。この「いい加減さ」を習慣にできるか自分に問いかけてみてください。真面目すぎる人ほど、老いのスピードは速いものです。
「趣味の再定義」を行う: 独りで行う趣味(読書や庭いじり)も素晴らしいですが、月に一度は「他人が関わる場」へと自分を連れ出す計画を立ててください。他人の目という「適度なストレス」こそが、脳を若く保つ最高のスパイスです。
老いは平等にやってきますが、その「質」は選ぶことができます。
70代。あなたが選ぶのは、穏やかな退却でしょうか、それとも、しぶとい反撃でしょうか。
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