AIに仕事を説明しようとしたら、「とか」しか出てこなかった話
# AIに仕事を説明しようとしたら、「とか」しか出てこなかった話
## きっかけは、本当に些細なことだった
「試しに、今やっている仕事をAIに説明してみよう」
そう思い立って、チャット欄に向かった。ただそれだけのことが、思いのほか、自分に刺さった。
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## ことばが、続かなかった
理学療法士として、15年ほど働いた。
患者さんの動きを観察して、何が起きているのかを推論して、根拠を持って介入する。患者さんに治療の意味を伝えること。家族にリハビリの見通しを話すこと。「説明する」という行為は、仕事の日常のど真ん中にあった。
だから、AIに今の仕事を説明するくらい、わけないと思っていた。
総務部に異動して、担当になったのは労務管理。前の部署とはまったく違う世界だけれど、仕事は少しずつ覚えてきた。そのつもりだった。
「どんな業務をしていますか?」
というAIの問いかけに、自分が打ち込んだのは、
「勤怠の管理とか、社会保険の手続きとか……」
という文章だった。
「とか」が二つ続いた時点で、自分でも気づいた。
これは説明ではない。ただの羅列だ。
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## あのときの新人と、今の自分が重なった
臨床にいたころのことを思い出した。
新人のセラピストが「肩の疾患の患者さんです」とだけ申し送りをしてきたとき、「それで何がわかるの?」と思ったことがある。どこが、どんな状態なのか。何ができないのか。何に困っているのか。情報は細かければいいわけではない。大事なのは、それぞれの情報がどうつながっているかだ、と。
あのときの新人と、今の自分が重なった。
AIは、とくに責めてこない。「もう少し具体的に教えてもらえますか?」と返してくるだけだ。でも、その一文が静かに刺さった。
具体的に、か。
勤怠管理って、具体的に何をしているんだろう。出勤時間を確認して、勤務予定と照合する。必要があれば修正して、その結果が給与計算につながっていく。じゃあ、社会保険の手続きは、どのタイミングで何をしているんだろう。なぜ、その手続きが必要なんだろう。
ことばを打つたびに、自分の知識に穴があることが見えてきた。
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## 理解と作業は、別のものだ
これが、一番こたえた気づきかもしれない。
日々の仕事は、ちゃんとできていると思っていた。言われたことをやる。期限までに書類を出す。必要な情報を入力する。大きなミスをしない。仕事は、回っていた。
でもそれは、「決められた動作を覚えた」ということであって、「仕組みを理解した」ということではなかった。
理学療法士でいえば、歩行介助の手順を覚えることと、なぜその介助が必要なのかを理解することは違う。理由がわかっていなければ、患者さんの状態が変わったときに対応できない。応用が利かない。
労務も、たぶん同じだ。
手順は覚えた。でも、「なぜこの手続きが必要なのか」「これをしなかったら何が起きるのか」「なぜ、このタイミングなのか」——そこまで説明できるかと聞かれたら、正直、まだ怪しい。
AIに向かってことばを打ちながら、そのことがはっきりした。
できている、と思っていたのは、流れに乗っていただけだったのかもしれない。
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## 「説明できるか?」を確認するようになった
それ以来、少し意識が変わった。
何かを覚えたとき、「これをAIに説明できるか?」と確認するようになった。説明できれば、たぶんある程度はわかっている。説明しようとして詰まるなら、まだ理解しきれていない部分がある。それだけのことだけれど、このシンプルな基準が案外役に立っている。
理学療法士の勉強をしていたころ、「人に教えることが一番の勉強になる」と先輩によく言われた。当時は、やや嘘くさいと思っていた。でも今になって、こういうことだったのかもしれないと思う。
相手は、人でなくてもいい。AIでも、相手に向かって語ろうとするだけで、自分の理解の形が浮かび上がってくる。どこまで輪郭があって、どこから先が空洞なのか。
「とか」が出てきたとき、そこが空洞だ。
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## AIは、答えを出すだけの道具ではなかった
AIを使い始めたころは、「わからないことを教えてくれる便利なもの」くらいに思っていた。
でも今は、それだけではない。自分が考えていることを言葉にして投げる。すると、「それはどういう意味ですか?」「この場合はどうしますか?」「なぜ、その処理が必要なんですか?」と返ってくる。その質問に答えようとするうちに、自分の仕事が少しずつ整理されていく。
もちろん、労務の制度や手続きについて、AIの回答をそのまま信じるわけではない。制度のことなら、最後は公的な一次情報を確認する。それでも、何を調べればいいのか、どこを疑えばいいのか、自分は何をわかっていないのか——そこを見つける相手として、AIはかなり使える。
半年前の私には、そういう相手はいなかった。
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## まだ、道の途中にいる
労務の仕事が「わかった」と言える日が来るかどうか、まだ見えない。
制度は変わる。覚えることは多い。例外もある。15年近く積み上げてきた理学療法士としての経験が、そのまま通用する世界でもない。臨床でのキャリアを誇りに思っている。でも、それが今の仕事の理解を保証してくれるわけではない。そのことを、AIに話しかけた日に静かに確認した。
ただ、「説明できないことは、まだ理解しきれていない」ということに早い段階で気づけたのは、よかったと思っている。
知らないことより、知らないことに気づいていない方が怖い。
AIに仕事を説明しようとして、私は初めて、自分が何をわかっていて、何をわかっていないのかを知った。
自分の輪郭が見えた日。
たぶん、それも労務を覚えていくための一歩だった。
そんな日があったことを、ここに書いておく。
