水たまりと、パンと、言葉の話。|シロクマ文芸部🐻❄️エッセイ
「水たまりを踏むと、新しい靴が汚れてしまう」
里帰りの途中、奉公先のおかみさんが持たせてくれた大きなパンを踏みつけ、水たまりの上を歩こうとした美しい少女がいた。
途端にその少女は、水たまりの中へと引き込まれ、パンを踏みつけにしたまま、沼女によって沼の底に繋がれてしまった……。
私が大好きな萩尾望都さんの漫画に、そんなストーリーの作品があった。
大人になってから読んだけど、これがアンデルセンの「パンをふんだ娘」という話がモチーフとは知らなかった。
少女の高慢さ。
食べ物を粗末にすること。
母親への冷たさ。
自分の美しさ、立場へのうぬぼれ。
思いやりを知るまでの長い時間。
そして、贖罪。
これらが話の中に織り込まれているはずなのに、「これは道徳ですね」と感じさせず、心の奥底に自然と引っ掛けてくるのが、萩尾望都作品の凄いところだなと思う。
自分さえよければいいという、空気感。
少女の話自体はとても昔のものだけど、今の社会の風潮をまるで見ていたかのようで、鳥肌が立つ。
そして、それは、言葉でも同じこと。
自分が発する言葉の強さを、知らない子どもが増えている気がしてる。
娘が同じクラスの子に「キモい」って言われたり、習い事の子がひどい言葉を投げつけられたと聞くと、胸が痛む。
私も以前、駅のホームでお互いに行く道を塞いでしまったとき「ウザ、死ねばいいのに」と、大学生くらいの女の子に、面と向かって言われたことがある。
「そっくりそのままお返しします!」
後々考えたら、そう言い返したかったなと思う。
でもその場では、呆気に取られて終わってしまった。
なんで、そんなことが言えるのか。
「心ない言葉」って言うけど本当にそう。
心がすっぽり抜け落ちてる人にしか、きっとそんな言葉は使えないと思う。
でも、私自身も子どもの親であり、自分の娘が外でどんな言葉を使っているのか知る術はないし、信じることしかできない。それはとても怖い。
誰かが放った何気ない言葉で、誰も傷付いて欲しくないし、傷付けても欲しくない。
私は学生時代にいじめを経験してる分、余計にその思いも強い。
たいしたことはできないけれど……
まずは小さなことから、できることから。
最初は娘に。
これからも美しい「言葉」を伝えていきたい。
そしてこのnoteにも、たくさんの笑いを残していければいいなと思う。

シロクマ文芸部さんの企画に参加させていただきました🌱✨
