山と海と太陽。それがモスバーガー。
私はかつて、モスバーガーで働いたことがある。
もう30年ほど前の話である。
ナンカレードッグが発売されたばかりの頃だ。
だから、これから書くモスバーガーの話は、今のモスとは違うところがあるかもしれない。
なにしろ30年前である。
モスバーガーには「モスバーガー」というハンバーガーがある。
モスバーガーでモスバーガーを作る。
よく考えると妙である。
マクドナルドで「マックバーガーください」と言ったら、マクドナルドのハンバーガー全体を指しているように聞こえる。
しかしモスバーガーで「モスバーガーください」と言えば、ちゃんと「モスバーガー」という商品が出てくる。
店なのか。
商品なのか。
どっちもモスバーガーである。
当時、ハンバーガーを組み立てる場所を、たしか「セッター台」と呼んでいた。
そこには、焼いたパンの間に挟む材料が並べられている。
注文が入ると、そこでハンバーガーを組み立てる。
当時の記憶では、
バンズ。
マスタード。
パティ。
モスソース。
トマト。
そしてバンズで挟む。
組み立てたら紙袋に突っ込んで包む。
これだけなら簡単そうである。
しかし、この組み合わせをすべてのハンバーガーについて覚えなくてはならない。
モスバーガーはこれ。
テリヤキバーガーはこれ。
フィッシュバーガーはこれ。
注文は次々に入ってくる。
頭ぱんぱんである。
覚えても、体がついてこない。
そんな頃、ナンカレードッグが発売された。
今ならインドカレー屋に行けば、ナンなんて珍しくもない。
しかし私は、インドカレー屋のナンより先に、モスバーガーでナンを見ているのである。
そこで初歩的なミステリーに出会った。
このナンというやつは、なんなんだ。
パンなのか。
ピザの生地みたいなものなのか。
そもそも、なぜハンバーガー屋でこれを売っているのか。
ナンだけではない。
玄米フレークシェイクも未知のものだった。
玄米。
フレーク。
シェイク。
ひとつずつなら、なんとなくわかる。
しかし三つ合体すると、わからない。
少なくとも、田舎育ちの私の食生活には存在しないものだった。
ハウピアサンデーなんてものもあった。
喫茶店のコーヒーアフォガートみたいなもんだ。
もっとも、アフォガートも未知のものだったが。
知らないものを知らないもので説明しても、なんの説明にもならない。
ナン。
玄米フレーク。
ハウピア。
モスバーガーで働いているのに、知らない食べ物が次々に出てくる。
都会では、モスバーガーなんて数あるハンバーガーチェーンのひとつだったのかもしれない。
しかし田舎の私にとっては違った。
異世界料理を食す場だったのだ。
今なら知らない料理が出てきても、その場でスマホを取り出せばいい。
ハウピアとはなんぞや。
検索。
数秒でわかる。
しかし30年前はそうはいかない。
知らないものは、本当に知らない。
食べてみるまで、なんだかよくわからない。
モスバーガーはハンバーガー屋であると同時に、私の知らない食べ物がやってくる場所でもあった。
ところで。
そこまで知らないものだらけだったのなら、そもそも「モス」とはなんなのだ。
MOS。
苔ではない。
MはMountain。
OはOcean。
SはSun。
山。
海。
太陽。
ナンがなんなのかも知らず、玄米フレークがなんなのかも知らず、ハウピアにいたっては聞いたこともなかった。
そんな私が働いていた店は、ずいぶん大きなものを背負っていたのである。
Mountain。
Ocean。
Sun。
山と海と太陽。
それがモスバーガー。

