「ワニは寿命で死なない」を考える
ワニは寿命で死なないらしいです。そう耳にしたとき、最初は何を言っていんだと思いました。寿命というのは誰にでもあるものだと思っていたからです。人間も犬も猫も、長生きすれば老衰で死ぬ。そういう当たり前を裏切る存在が、よりによってワニだという。どういうことなのか気になり、少し調べてみました。
分かったのは、ワニも老化はするという事実です。歯はすり減り、目は濁り、動きも鈍くなる。これは人間やほかの動物と同じです。ただしその進み方が非常にゆっくりで、寿命による衰弱にたどり着く前に、別の要因で命を落とすケースが多いらしいのです。病気になったり、ケガをしたり、餌が取れなくなって衰弱したり。つまり「寿命で死なない」というのは「寿命に至るよりも先に、外的な理由で死ぬことが多い」という意味だったのです。言い方としては少し派手ですが、仕組みは意外と地味でした。
なるほど、そういうことかと一度は納得しました。けれど、そのときふと頭をよぎったのは「100日後に死ぬ」と宣告されたワニのことです。彼もまた、寿命ではなく外的な要因で終わりを迎えました。そう考えると、あの物語のワニも寿命で死なない仲間だったのかもしれません。
さらに思い出すのは、そのワニが映画化されたときのことです。商業的な事情なのか、死という言葉がどうしても避けられて、「100日間生きた」というタイトルにすり替えられていました。あれを見たときの違和感はいまも残っています。青年のように描かれていた存在が、言葉を置き換えられただけで、まるで生後100日で死んだ短命な生物に変わってしまったように見えたからです。あれはひたすら滑稽でした。言葉の力を誇ってきたはずの出版社が、その言葉を自らないがしろにしてしまったのですから。
さて、話を戻します。ワニが「寿命で死なない」という説明を聞いて腑に落ちたのは、結局のところ「多くの生き物は寿命まで届かない」という現実に思い当たったからです。シマウマはライオンに食べられ、小鳥は猫に捕まり、魚は網にかかる。自然界では「寿命に至る前に外的要因で死ぬ」のが普通です。ワニが特別なのではなく、人間がむしろ例外的なのです。
人間は文明や医療の支えがあるからこそ、寿命に近づける。老衰死という言葉がありますが、実際には心不全や肺炎など具体的な病名が最期を飾ります。それでも寿命とまとめて言うと、なぜか納得できてしまう。便利なラベルです。診断書に老衰と書かれていれば、不思議と心が落ち着く気がします。
けれど本当は、寿命などという明確な線があるわけではないのかもしれません。どこかの機能が壊れたから止まった。それが積み重なった結果を、僕らは寿命と呼んで整理しているだけです。つまり、ワニが「寿命で死なない」と言われるのは、彼らの身体の仕組みのせいでもあるけれど、それ以上に寿命という言葉の使い方に人間側の都合が含まれているからではないか、と感じます。
ここでふたたびワニの姿を思い浮かべます。分厚い皮膚に覆われ、川の底に沈み、目だけを出してじっと動かない。その姿は「時間を超えている」と錯覚させます。老化はしているのに、外からは分かりにくい。百年を生きる個体がいると聞けば、やはり神秘的に感じてしまいます。実際はただ外的要因で死ぬことが多いというだけなのに。
カメもよく似ています。長寿の象徴とされますが、甲羅は傷み、くちばしは摩耗し、やはり衰えます。それでも百歳を超えて生きる個体がいるから、「特別な存在」と語り継がれる。生き物のほうは淡々としているのに、人間が勝手に神秘を見出しているだけなのでしょう。
考えてみれば、人間は「寿命好き」なのだと思います。平均寿命、健康寿命、余命。数字で表すと安心します。ゴールがあると思うと、そこに向けて日々を整えやすいのです。けれど自然界ではゴールテープに届く生き物のほうが少数派。ワニの「寿命で死なない」という言葉は、その現実を思い出させてくれるだけなのかもしれません。
それでも、川の底に潜んで百年をまたぐワニの姿を想像すると、どうしても羨ましくなります。人間の百年は節目の札でいっぱいです。七五三に成人式、退職、金婚式、長寿祝い。時間を区切って並べるのが好きな生き物です。けれどワニにはそうした節目がない。ただ川底で、今日も昨日も同じように生きている。百年を日常の延長として重ねるその姿に、僕は惹かれてしまいます。
結局のところ、ワニは寿命で死なないわけではなく、寿命に至る前に外的要因で死ぬことが多いというだけでした。派手な不老不死ではありません。けれど、それを「寿命で死なない」と呼ぶことで、僕らはそこに神秘を見てしまう。そして余談として思い出した百日のワニは、商業的な都合で寿命すら言い換えられてしまった。命の見え方は、実際の仕組み以上に、人間の言葉や都合に左右されているのかもしれません。
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