「台風一家」を考える
台風一過という言葉があります。いや、一家でしょう。
もちろん正しくは一過です。台風が通り過ぎること。そこは知っています。試験に出たら、僕も一過と書きます。社会性がありますから。わざわざ赤ペンを持った先生に喧嘩を売るつもりはありません。
ただ、耳で聞いた瞬間に浮かぶのは、どうしても一家のほうです。
台風が一人で来ている感じはありません。まず雨が来ます。風が来ます。湿気が来ます。気圧の低さも来ます。頭痛も来ます。電車が止まるかもしれないという不安も来ます。ベランダのサンダルをしまうべきかという判断も来ます。スーパーではなぜかコロッケが目に入ります。ニュースはずっと進路を映しています。
これだけ連れてきておいて、「一過です」と言われても困ります。
通り過ぎたというより、家族総出で押しかけてきた感じがあります。しかも、かなり遠慮のない一家です。玄関先で挨拶だけして帰るタイプではありません。窓を揺らし、傘を折り、洗濯の予定を狂わせ、電車の運行情報までこちらに確認させます。来る前からすでに生活へ入り込んでいるのです。
台風のお父さんは、たぶん風です。窓をガタガタ鳴らしながら、存在感を示してきます。台風のお母さんは雨でしょう。静かに降るだけならまだしも、横殴りで来ることがあります。子どもは湿気です。目に見えないのに、部屋の中まで入り込んできます。祖父は低気圧かもしれません。無口ですが、頭を重くしてきます。親戚には線状降水帯がいます。できれば来ないでほしい親戚です。
こう考えると、台風一家という言い間違いは、むしろ生活実感に合っています。正しい言葉は一過でも、実際の台風は、ただ通り過ぎるだけではありません。来る前から気配を出し、来ている間は当然のように居座り、帰ったあとも後始末を残していきます。
さらに言えば、一課でもいい気がします。台風一課。
急に役所の部署みたいになります。業務内容は、接近、上陸、強風、豪雨、河川増水、交通機関への影響、ベランダ物品の転倒、傘の破壊、コロッケ需要の喚起などでしょうか。かなり多忙な部署です。夏から秋にかけて繁忙期を迎え、課内には進路予想係、最大瞬間風速担当、交通影響調整班、湿度管理係などがありそうです。
嫌な課です。ただ、役所の一課なら、まだ責任の所在がありそうな気もします。台風一家は責任を取りません。来るだけ来て、散らかすだけ散らかして、最後は青空を置いて帰ります。すると人間は「台風一過の青空ですね」などと言います。なんとなく爽やかな感じにまとめていますが、こちらはベランダを片づけ、濡れた靴を乾かし、曲がった傘を見つめているのです。
一過という言葉は、たしかに正しいのでしょう。台風は過ぎ去りました。空も晴れました。雲も流れました。理屈としては何も間違っていません。
でも、僕の感覚では、あれは一家です。少なくとも単独犯ではありません。雨風湿気気圧交通情報コロッケまで連れてくるのですから、もう一団と見なすべきです。しかも、帰ったあとに妙な晴れやかさを残すところまで含めて、親戚の集まりに似ています。疲れた。散らかった。でも、帰ったあとは少し静か。
だから次に「台風一過」と聞いても、僕の頭の中では、たぶん一家が通り過ぎています。父が風で、母が雨で、子どもが湿気。親戚に線状降水帯。
できれば、今年はもう欠席でお願いしたいものです。
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