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「ハロー警報」を考える

天気予報で「波浪警報」と聞くたびに、「ハロー警報」に聞こえます。

波浪警報です。波が高くなるとか、海が荒れるとか、そういう警報です。意味はそのままです。そこに疑問はありません。

問題は、耳です。耳だけが勝手に陽気になります。警報なのにハロー。危険を知らせているはずなのに、向こうから誰かが手を振っている感じがします。海が荒れているのではなく、やけに明るい何者かが近づいてくる。そう考えると、むしろ波より怖いかもしれません。

ハローは危険です。こう書くと、何を言っているのかと思われるでしょう。ハローはただの挨拶です。明るく、軽く、友好的な言葉です。敵意はありません。むしろ敵意がないから危ないのです。最初から怒鳴りながら近づいてくる人なら、こちらも身構えられます。明らかに不機嫌な人なら、距離を取れます。だが、ハローは笑顔で来ます。手を振りながら来ます。こちらの警戒心をほどきながら、するりと近づいてきます。

「こんにちは」には、まだ距離があります。会釈があります。間があります。声量も控えめで済みます。日本語の挨拶には、相手とのあいだに薄い仕切りを一枚残してくれる感じがあります。玄関先で、どうも、と言っているくらいの距離です。深入りはしません。用が済めば、それで終わりです。

しかし、ハローにはその仕切りがありません。妙に近い。妙に軽い。妙にこちらの内側に入ってきます。こちらはまだ玄関で対応しているつもりなのに、ハローはもう靴を脱いでいます。なんなら冷蔵庫を開けています。悪気がないのが、また厄介です。「ハロー」と言われたら、返さないわけにはいきません。返さなければ、こちらが感じの悪い人になります。相手はただ明るく挨拶しただけです。攻撃してきたわけではありません。だから逃げ場がありません。

これがハローの危険性です。ハローは、拒否しづらいのです。

たとえば、朝の職場です。こちらはまだ脳が起きていません。パソコンも立ち上がっていません。コーヒーも飲んでいません。そんな状態で、妙に元気な人が「おはようございます!」と晴天みたいな顔で近づいてくる。もちろん悪いことではありません。挨拶は大事です。大事ですが、こちらはまだ曇天なのです。相手だけが快晴で来られると、気圧差でやられます。

マンションのエレベーターでも起こります。知らない住人と乗り合わせる。会釈くらいで済ませたい。ところが、向こうが妙に明るい声で挨拶してくる。良い人です。間違いなく良い人です。だからこそ困ります。こちらも何か返さなければならない。しかも、声量を間違えると変な人になります。

店でもあります。「いつもありがとうございます」と言われる瞬間です。ありがたい。ありがたいのですが、こちらとしては、まだ「いつも」の側に回ったつもりはありません。ふらっと寄っていただけの店が、急に生活圏として認識してくる。顔を覚えられた喜びより先に、少しだけ退路が狭くなる感じがあります。

つまり、問題は英語の挨拶そのものではありません。ハロー的な距離の詰め方です。明るければ許される。友好的なら踏み込んでいい。笑顔なら相手も喜ぶはず。そういう前提が、少し怖いのです。人には、話しかけられたくない朝があります。誰とも接触せずに目的地まで移動したい時間があります。会釈だけで通過したい日があります。

そこへ、ハローが来る。だから、ハローには警報が必要なのです。本日、ハロー警報が発表されています。不要不急のフレンドリーな接近はお控えください。相手の表情、歩幅、イヤホンの有無を確認してください。会釈で済む場面では、会釈にとどめてください。

挨拶は大事です。ただ、挨拶にも距離があります。声をかけることと、相手の内側に入ることは違います。波は海から来ます。ハローは人から来ます。しかも、笑顔で来ます。

どうか皆さま、不要不急のハローにはお気をつけください。

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