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名前の中に、その人がいる



先日、noteで仲良くしている人が名前を変えた。


同じ人だということは分かっている。


なのに、私は少し戸惑った。


なんというか、
自分の気持ちが少しだけ置き去りに
なったような感じがした。



名前が変わっただけなのに、
急に別人のように感じてしまう。



これは、なんなんだろう?



わたしは、
名前に対して思い入れが強いのかもしれない。



そんなことを考えているうちに、
私は人を「名前」で覚えている
わけではないのかもしれない、と思った。



その名前を見ながら文章を読んで、
その人の言葉を受け取っているうちに、
私の中に少しずつ、

「この人は、こんな人なんだろうな」

という像ができていく。




そういえば、昔にも似たようなことがあった。

もう15年くらい前のこと。



神社仏閣好きが集まるサイトのようなところに入っていた。


そこで知り合ったのが、
みさとさんと八さんだった。

みさとさんは、文章から感じる
雰囲気がとても柔らかい人だった。


無理強いをしない。
他人を優先してくれる。
でも、自分というものもしっかり持っている。

私の中では、完全に「優しい女性」のイメージだった。


だから、本当の名前が「富里さん」で、
男性だと分かったときは、ちょっとした衝撃だった。


でも、男性だと分かっても、
文章から感じていた柔らかさはそのままだった。

文章って、その人となりが出るんだな、と思った。


八さんは、本当に面白い人だった。


初めて「この人、ナニ?」と思ったのは、
クリスマスの投稿だった。


いつも通り夜ご飯を食べに行こうとしたら、
クリスマスだった。

どこも混んでいて、何軒目かの焼き鳥屋さんで
ようやく一席空いていたらしい。

そこに一人で座った。

周りはカップルだらけ。

自分だけが浮いているように感じたらしい。

周りの人たちは、
自分のことなんて気にもしていないはずなのに、

「は? クリスマスに一人?」

「なんなの?」

「キモい」

「なんで生きてるの?」

「死ぬの?」

と、言われているように見えた。


というようなことを書いていた。


私は、死ぬほど笑った。


なんなんだ、この人。


自分を貶めるようなことを、
こんなにも面白い文章に
できる人がいるんだと思った。


でも。


そんなことを書く一方で、
会話をしていると、
時々ものすごく素敵な言葉を使う。


私が何かを話したときに、

「それはとても僥倖なことです」

なんて返してくる。

私が「旅行に行ってくる」と言えば、

「息災で」

なんて返してくる。



普段なかなか使わないような言葉なのに、
八さんが使うと妙にしっくりくる。


そして、神社仏閣の知識もものすごかった。


一つの視点をグーーーっと深掘りする人だった。


後になって知ったのだけれど、
その頃は京都の大学院生で、
哲学を専攻していたらしい。


気分転換に神社巡りをしていたら、
すっかりハマったのだと言っていた。


でも、そんなことを知る前から、
私には八さんの文面がキラキラ光って見えた。


面白くて、知的で、言葉が繊細で。


自分を笑いものにすることもできるのに、
ときどきものすごく詩的な言葉を選ぶ。

私は、そんな八さんの文章が好きだった。

そんな八さんも、
本当の名前は「一さん」だと教えてくれた。


「一さんなんだ……」

と言ったら、

「一かばちかです」

と返ってきた。

その瞬間、

「ああ、この人やっぱり面白い」

と思った。



そして、なんとなく「八さん」が戻ってきた気がした。


本当の名前を知ったことで
一度違和感が生まれたのに、
その人らしい一言で、また元の人物像に戻った。



今思うと、私はずっとそうなのかもしれない。



名前そのものではなく、
その名前と一緒に、
その人から感じたものを覚えている。


だから今回、
noteで知り合った人の名前が変わったときも、
私は少し戸惑ったんだと思う。


その人は、noteで「まやひさん」として文章を書いていた。


私はその文章を読んで、
その人の言葉を受け取って、
少しずつ「まやひさん」という
人を私の中につくっていった。


だから、「ひできさん」になったとき、

「あれ?💦」

となった。


「ひできさん」という名前が嫌なわけじゃない。


同じ人だということも分かっている。



ただ、私の中ではまだ、まやひさんなのだ。



そういえば、数ヶ月前にも
「まやひさんらしさ」について考えたことがあった。


それを思い出して、遡って探してみた。


そこには、その頃の私が見ていた
「まやひさん」が残っていた。


そして、
そこからまたnoteを読んで、
やりとりをして。


私の中の「まやひさん」も、少しずつ更新されていた。


たぶん私は、人を名前だけで見ているわけではない。

名前そのものではなく、
その名前と一緒に、
その人から感じたものを覚えている。


その人の言葉や、文章や、やりとりや、

そこから感じたもの。



そういうものが少しずつ積み重なって、
私の中にその人ができていく。

だから、名前が変わると戸惑うんだと思う。



でも、それも私がその人をちゃんと
「その人」として感じて
いたからなのかもしれない。


名前の中に、その人がいる。



私にとっては、どうやらそういうことらしい。






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