書写山 圓教寺で過ごす、静かな時間
今日は、久しぶりに写経に行ってきた。
少し寝坊して、お昼からのスタート。
いつもいくお寺は書写山にある圓教寺
山を登って、
静かな場所に入っていく。
登山道は6つある。
ロープウェイがお休みの期間(2月から3月)は
写経もお休みになる。

ここに来ると、空気が一気に変わる。




奥の院までいくと、
時が止まってるみたいな静かな時間
性空上人と向き合う貴重なひととき。


ただひたすら文字を書く時間。
写経をしていると、
不思議な感覚になる瞬間がある。
ずっと同じ体勢で、
手も疲れているはずなのに、
あるときふっと、
その感覚が消える。
何も考えていないのに、
筆がすらすら動いて、
気づくと、とても整った字が書けている。
ほんの数行だけど、
「あ、今入ってるな」ってわかる瞬間。
フロー状態
あの時間は、
自分でやっているというより、
ただ流れている感じに近い。
自分という小さな枠の中で
動いているというよりも、
少し俯瞰したところから、
ただ手が動いているような感覚。
うまく言葉にはできないけれど、
あの瞬間は、
“考えているわたし”がいなくなっている。
2行分くらいしか持たない不思議な感覚
集中できないときは、
ふっと空を見たり、
外の景色を眺めたり、
お茶を飲んで一息ついたり。
写経は、
何かを達成するためのものじゃなくて、
ただ自分を整えるための時間。
わたしにとっては
苦行みたいにやるものじゃない。
そのときの自分のままで、そこにいればいい。
ただ、
その静観の中に身を置いている。

ここ圓教寺は写経をするのに
とても気持ちいいところです。
わたしはかれかれ13年ほどずっと通っています。
昔は写経をされる方も少なくて、
ラストサムライのときのトムクルーズの様子や
サインなんかも見せてくれたりしました。
今は外国人の方もいらっしゃるし、観光客の方も多いので、
声や人が気になる方には向かないかもしれません。
今はどうか分かりませんが、京都の東福寺にある
勝林寺なら、静かな空間に身を置いて、
自分と向き合いながら写経ができます。
自分と向き合う時間
軽い山登りもあって
思考が止まるこの感覚が、たまらなく好きだ。
わたしにとっては、
ただそこにいるだけで満たされる、贅沢な時間。
