我がパンくずリスト|それでも魚好き①
魚が高騰しているらしい。
魚は、タンパク質も含まれており、あたまが良くなるようなので、なるべく食べていきたい。
少しでも賢くなりたい…
_いまさら無理な話なのだが
それはさておき、
魚は、好きな方なのである。
ただ、自分で漁るとなると、大変なのである。
あれは、小学生の頃だ。
以前に話した母方の田舎へ帰省していた時のこと。
あの頃の田舎には、あらゆるところに、さまざまな生き物がいた。
小川に行けば、どじょうが泳いでおり、どじょうすくいをした。
もちろん、頭に手ぬぐい、鼻と口に割り箸とかは付けたりせず、ザルだけを持ってすくっては、どじょうを調理してもらい食したりした。
そして、大きな川に行けば、鮎がいる。
田舎の家の近所に住んでいた親戚の叔父さんと一緒に川に行って鮎釣りをすることになった。
初めてだったので、わたしは叔父さんに釣り方を教わった。
川の中に滑らないように慎重に入り、竿を川上に向けて投げ、ゆっくりと川下に流していく。
_すると
釣れた——
とても嬉しかった。
ビギナーズラックだったのかもしれない。
でも、嬉しかった。
しかし、その後なかなか釣れなくなってしまった。
一生懸命に竿を投げては、流すを繰り返して晩御飯の確保に力を注ぐわたし。
それを見かねたのか。
叔父さんは、車から何かを持ってきて、わたしのすぐ横で思わぬ行為を始めた。
大きな網を、シュっと投げ始めた。
『おいおい、叔父さん』
『わたしの竿にかからないよ』
叔父さんは、誇らしげに
「ほら、見てみぃ」
「いっぱい獲れたゾ」
とわたしに大漁を見せてくる。
『うわー、いっぱい獲れたねぇ〜』
って、
『違うのよ、釣りたいのよ』
『逃げちゃうのよ』
わたしは心で叫びながら、肩を落として竿を肩に乗せて帰ることにした。
釣れないことが、悔しかったわけではなく、釣りがつまらなかったわけでもなかった。
ただ、周りの景色は、オレンジ色に染まり、だいぶ時間が経ったことを告げていたのだった。
ゆっくりと、川岸へ向かい、背丈くらいの雑草の中に入っていった時だった。
痛烈な痛みが、わたしの手に走った。
急なことで何が起きたかわからなかった。
そして何よりも味わったことのない痛みに、わたしは思わず、大泣きした。
手は腫れ、叔父さんに連れられ帰った。
何に刺されたのかは、分からずじまいだった。
ただ、とても痛かった。
帰っても大泣きをしていた。
それを見た爺ちゃんは
「そんな一ヶ所刺されただけで」
「泣くもんでねぇ」
「わしが若い頃は、何ヶ所も刺されてんだがぁのぉ〜」
爺ちゃんは、いつも通りお気に入りの一升瓶を片手に、顔を赤らめていた。
そんな爺ちゃんに対して
「そんな一ヶ所も、何ヶ所も痛いに決まってるこっつぉ!」
と婆ちゃんが応戦する。
そんなやりとりの食卓に鮎のフライが出てきたのであった。
つづく…
