「知らんけど」・・から学ぶ余白のチカラ
先日、かぜの帽子さんの無料コンサルを受けさせていただいたのを機に今月からメンバーシップにも仲間入りさせてもらっています。
せっかくメンバーシップに入ったのだから、
この企画に参加してみたいなぁ・・。
そう思いながらもなかなか思いつかず、
「仕方ない、今回は見送り!」
と、諦めて参加されたメンバーシップの皆さんの素敵な記事読めたし、それでいいや〜と思っていたんです。
ですが・・
その中のお一人で私が大好きなのぞみんさん。
この記事にも登場していたのですが、
彼女の記事でよく出てくる「ある言葉」で
私がこの猛暑を乗り切った理由がはっきりしたんです!
そう、みなさんよくご存じ、
「知らんけど」。
私の地元は広島。
夫は関西出身。
そして今、
夫の仕事の都合で大阪に住み始めて8年目。
結婚してから。
大阪に住み始めてから。
何度も何度も聞いてきた、 「知らんけど」。
最初は全く、全く、慣れませんでした。
親切にアドバイスくれたり、
教えてくれたりしたそのあとに、
なぜか出てくる
「知らんけど」
なんで?!
今、めっちゃ優しく寄り添ってくれた気がしたのに
なんで最後にそんな突き放すん?!
そう感じて、とても不思議だったんです。
でもね、何回も何回もそんな場面に出会う中で
私には1つの仮説が生まれ始めました。
関西の人が使うこの「知らんけど」は
決して突き放しの言葉なんかじゃない。
本当かどうかはわかんないよ?
でも私の知ってることは伝えとくね。
あとは自分で見つけてみてね。
これは、ある意味受け取る側に
「隙間」を与えてくれてるんじゃないのかなって。
そういうこともあるのか・・
そんな考えもあるのか・・
そうやっていろんな道は示してくれるけど、
最後にどの道を選ぶかは自分やで?
ちょっと大袈裟かもしれないけれど、
私はそんな風に感じれるようになったんです。
それからは、会話の中で投げかけられる
「知らんけど」
が、なんだか優しくて可愛い言葉に思えるようになっていきました。
(関西の人はそこまで考えてないかもしれないけど笑)
そして、言葉の庭 企画、に参加された
のぞみんさんの記事でこの言葉を目にしたときに、
ようやく気付きました。
私はこの猛暑を「余白」の力で乗り切った。
身体も、
心も、
時間も、
この夏の自分には色んな種類の「余白」が確かにあったなぁ。
そして思ったんです。
こうやって、誰かの言葉に触れて、
自分の中に「そうかもしれない」という余白が生まれる。
すぐに答えがでなくてもいい。
その余白の中で、自分のことを少し考えてみる。
すると、思いがけないところから、
「あれ?これじゃないか?」
みたいな、自分でも知らなかった答えが見つかることがある。
もしかしたら「知らんけど」って、
自分の答えを自分で見つけるための、
小さな余白を残してくれる魔法の言葉なのかもしれない。
……知らんけど。笑
