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『3本の矢──働く人が折れないための小さな真実』

仕事には3本の矢がある。
昔の武将が子どもたちに語ったような勇ましい話ではなく、
もっと日常的で、もっと人間臭くて、
そして誰にでも手に取れる“現代の矢”だ。

一本目は 俗物的な欲の矢
「Sクラスが欲しい」「推し活で全国制覇したい」
「このホテルのスイートに一度は泊まりたい」
そんな、小さくて、くだらなくて、
他人に言うと笑われそうな願望たち。

でも実は、人を今日も生かすのは
こういう“俗物的な欲”だったりする。
外資系の保険会社に転職したとき、
私は“欲しいものを100個書け”と言われた。
一生懸命ひねり出しても、そこまで欲は出てこなかった。
けれど、書いているうちに気づく。
自分のためより、当時の奥さんのために欲が湧いてくる。
彼女が喜ぶ顔が浮かぶと、ちょっとだけ頑張れる。
そんな当たり前のことを、私はそのリストで知った。

二本目は 社会貢献の矢
役に立っている実感。
信頼されることの誇り。
自分の存在が誰かにとってプラスになるという手応え。
これがあると、仕事は少しだけ“自分事”になる。
数字だけ追うよりも粘り強くなれるし、
多少の理不尽も飲み込める。

ただしこれ一本では、折れる。
正しいことをしていても、
心が追いつかない日もある。

そして三本目――
これは人によっては“最強で最恐”になる矢だ。

それが 家族や恋人、あるいは推しでもいい、
“愛情の矢”
だ。

この矢は本当に不思議で、
味方でいてくれる時は人生最強の支えになる。
「今日も無事で帰ろう」
「しょーもないミスで倒れるわけにはいかない」
そんな当たり前の判断が、急に自分の中で強固になる。

思い出すのは、栃木からの帰り、レンタカーを借り、
細いタイヤのライトバンで首都高を走った夜だ。
スピードを出したくなる衝動と、
後ろから来る車の圧力と、
早く帰りたい焦りと――
全部が入り混じるあの中で、
ふっと当時の奥さんを思い出した瞬間、
ハンドルを握る手が慎重になるのを感じた。

“無事じゃないと始まらない”
この言葉が、本当の意味で体に染みたのはあの夜だ。

だが、この第三の矢は
ときに“こちらに向かって飛んでくる”こともある。

普段は優しい。
普段は美しい。
だからこそ、静かに放たれるひとことが
いちばん怖い。

朝の玄関で靴を履こうとした瞬間、
ふと奥の部屋から気配がする。

振り返る。
そこには、誰より美しく、
誰より自分を気遣ってくれるはずの人が、
静かにこちらを見つめて立っている。

怒ってはいない。
むしろ声は驚くほど優しい。

「ねえ……昨日のあれ、どういうつもりだったの?」

その優しさの奥に、
こちらの弱点をすべて知っている静かな迫力がある。
美しいからこそ怖い。
優しいからこそ逃げられない。

それでも――
この矢があるから、人は折れずに済む。
この矢があるから、
“自分だけの理由”では辿り着けない場所にも行ける。

俗物的な欲の矢。
社会貢献の矢。
愛情の矢。

この3本が揃っている人は、強い。
1本だけでは折れるし、
2本でもまだ不安定だ。

でも、3本揃った瞬間、
人は驚くほど粘り強くなる。
どれかが折れても、
残りの2本が支えてくれる。

だから私は言いたい。
「推し活のためでもいい」
「Sクラスでもいい」
「家族のためでもいい」

理由なんて、きれいじゃなくていい。
人が今日を生き延びるための矢は、
案外そんなところに落ちている。


©️雑談文学


©️SOP



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