言葉は、私より遠くへ行く
「人生と仕事を、心地よく整える。」
ドイツ流生き方研究家のキューリング恵美子です。
最近、私の中で大きく変わった考え方があります。
きっかけは、尊敬する作家や、さまざまな分野で志を持って生きている方々のお話を聞いたことです。
これまでの私は、自分がつくる作品や取り組む仕事について、近い未来だけを見ていました。
今、読んでもらうこと。
目の前の人に喜んでもらうこと。
数年後の目標を実現すること。
一つひとつに心を込め、目の前のことに力を尽くすのは、とても大切なことです。
けれど、その方々のお話を聞いているうちに、目から鱗が落ちるように気づかされました。
目指す場所は、もっと遠くにあってもいい。
生きている間に見える成果だけを、ゴールにしなくてもいいのだと。
昔の偉大な作曲家や作家、哲学者たちが遺した音楽や物語、思想や言葉は、その時代だけのためにつくられたものではありません。
生み出した本人がこの世を去ったあとも、作品は時代を越えて人々の心に届き、気づきや学び、慰めや感動を与え続けています。
だから、僕もそうしている。
そう聞いた時、背中に電気が走りました。偉大な人たちだけが、そうなっているように思っていた幻想から、今なお目の前にいる方も彼らのようになるイメージで実際に活動されているのです。
私は何をしているのだろう、というのと同時に、私も遥か遠く自分が存在しなくなった世界を見つめようと思ったのです。
今、この瞬間だけ注目されるものではなく、私がいつかこの世からいなくなったあとにも、誰かの心にそっと届くもの。
未来を生きる子どもたちや、その先の世代の人たちに、私の声や願いが伝わるような作品を遺していきたい。
私がドイツで暮らし、異なる文化や価値観の中で経験してきたこと。悩み、傷つき、それでも前を向いて生きてきた時間。そこから得た気づきを、言葉にして届け続けたいと。
私の言葉が、いつか誰かの背中をそっと押すかもしれない。
迷っている人の心を照らし、立ち止まっている人が、もう一度歩き出すきっかけになるかもしれない。
そして、人と人、国と国の違いを越えて、互いを理解し、より平和で幸せな未来を考えるための小さな種になるかもしれない。
その結果を、私は自分の目で確かめることができないかもしれません。それでも、未来へ向かって種を蒔くことはできます。
目先の成果だけを追うのではなく、今の私にできることを一つひとつ積み重ね、その先にいる人たちへ手渡していく。
それが、これからの私の使命なのではないか。
限りある人生だからこそ、今日という一日を大切にする。
そして同時に、今日よりもずっと先の未来を見つめる。
私がいなくなったあとにも、誰かの心に届くものを遺すために。
志は大きくて良い、結果は自分が見れなくても。
そう気づいた今。
