命を見つめ合った人たち +1
今、苦しみの中にいるあなたへ
支えるあなたも、支えられていい
がんと宣告された瞬間、私は「もう明日は来ないのかもしれない」という恐怖の中に突き落とされました。これは、実際に私が感じたことです。
今、この瞬間にも、突然の宣告を受け、同じように絶望の中にいる方がいる。そのことを想像すると、今でも胸が苦しくなります。
当時、そんな私に、ある知人がメッセージをくれました。
「まだ時間があるということは、その時間を大切な人と過ごせるということだよ。家族や会いたい人と話すこともできる。でも、突然いなくなってしまったら、大切な人にお別れを伝えることもできないでしょう」と。
その言葉を読んだとき、私は救われたような気がしました。
「まだ、私には時間がある」
そう気づいたのです。
あの頃の私は、自分が世界で一番不幸だと思い込んでいました。
けれど、
私はまだ息をすることができる。
手足を動かすことができる。
人と話すことも、自分の足で歩くこともできる。
まだ、できることが残されている。
そう気づいたのです。
彼女は、さらにこう伝えてくれました。
「たとえ痛みがあっても、できないことが増えても、ここに存在していることには意味があるんだよ」
もちろん、病気や障害による苦しみを、簡単な言葉だけで乗り越えられるわけではありません。
それでも当時の私にとって、その言葉は、絶望の中からもう一度、生きていたいと思えるきっかけになりました。
「そうか。私はまだ、ここにいられる」
そう思えたとき、私は大きな力をもらったのです。
そして、この知人の言葉は、長い年月を経て、私の中でさらに深い意味を持つことになりました。
昨年11月、母は交通事故に遭い、突然亡くなりました。あまりにも突然のことで、母自身も、大切な人たちに別れを告げることはできませんでした。私も母に、感謝も、「さようなら」も、伝えることができないままでした。
いつか別れが訪れることを頭では分かっていても、その「いつか」が突然やって来ることがある。知人がくれた言葉を、私は母を亡くしてから、以前とはまた違う重さで受け止めています。
だからといって、病気と向き合う時間を、無理に前向きに過ごさなければならないということではありません。ただ、言葉を交わせる今日があること、そばにいられる今があることは、決して当たり前ではないのだと思うのです。
今、病気を告げられたばかりで、何も考えられない方がいるかもしれません。
怖くて眠れない。涙が止まらない。これから何が起こるのか分からない。周りの人から励まされても、心がついていかない。
そんな自分を、どうか責めないでください。
泣くことも、怖がることも、先のことを考えられないことも、決して弱さではありません。
「頑張らなくては」と思わなくてもいい。
すぐに病気を受け入れなくても、前向きになれなくてもいいのです。
そして、残された時間を、何か特別なことで満たさなくてもいいのだと思います。
会いたい人に会えない日もあるでしょう。何もできず、ただ横になっているだけの日もあるかもしれません。
それでも、今日を生きた。
それだけで十分なのだと、今の私は思います。
がんが寛解してからしばらくたった頃、優しかった叔父が失明の宣告を受けたと、母から聞きました。そして、その後、叔父が自ら命を絶ったことを知りました。
涙があふれて、止まりませんでした。
あのとき私を救ってくれた言葉を、叔父にも伝えられていたなら。私が「まだここにいたい」と思えるようになった、あの言葉を届けられていたなら。
叔父の心に、ほんの少しでも光を届けることができたのではないか。今でも、そう考えることがあります。
叔父がどのような苦しみを抱えていたのか、本当のところは叔父にしか分かりません。
失明することへの恐怖。これまでできていたことができなくなる不安。そして、家族に負担をかけるのではないかという思いを、誰にも言えずに抱えていたのかもしれません。
あの悲しみがあるからこそ、今、苦しみの中にいる方に伝えたいのです。
どうか、一人で抱え込まないでください。
病気というものは、本人だけのものではありません。私は、自分自身の体験からそう感じています。
家族は、大切な人を何とか支えようとします。
けれど、つらい治療や、苦しみながら変わっていく姿を間近で見続けることは、家族にとっても大きな苦しみです。
怖くて、現実から目をそらしたくなることもあるでしょう。どう支えればよいのか分からず、立ち尽くしてしまうこともあるかもしれません。
子どもが、病気で苦しむ母親や父親の姿を見続けることで、心に深い傷を負うこともあります。
病気の影響は、気づかないうちに、支える家族の心にも広がっていくのです。
大切な人を支えていても、疲れることがあります。優しくできない日もあります。一人になりたいと思うことも、すべてから逃げ出したいと思うこともあるでしょう。
それは、愛情が足りないからではありません。
あなた自身の心と身体が、「もう休ませて」と伝えているのです。
支えるあなたも、支えられていい。
どうか、ご自身の心を後回しにしないでください。
そして、友人や知人として、何を言えばよいのか分からず、連絡することをためらっている方もいるかもしれません。立派な励ましの言葉は、必要ないのです。
「話したくなったら、いつでも聞くよ」
「何かできることがあったら、遠慮なく言ってね」
そんな短い言葉だけでも、孤独の中にいる人の支えになることがあります。
ただ優しく背中に手を添えてくれるだけでもいい。無理に励まそうとせず、相手の言葉を否定せず、ただそばにいる。
私が治療中に求めていたのは、手術や治療と同時に、心のケアを受けられる場所でした。
治療の恐怖や身体の変化、これからの生活について、安心して話を聞いてもらえる専門家を必要としていました。
当時の私は、自分のことで精いっぱいで、家族の苦しみまで考える余裕はありませんでした。
しかし、治療を終え、冷静に振り返ることができるようになった今、確信していることがあります。
病気の本人と同じように、そばで支えている家族にも、心のケアが必要だということです。
この言葉は、がんや病気と向き合っているご本人と、そのご家族だけにお伝えしたいのではありません。
大切な人の介護やサポートを続けている、すべての方にもお伝えしたいのです。
つらいときには、誰かに話してください。
必要であれば、医師やカウンセラーなど、専門家の扉をたたいてください。
患者本人も、支える家族も、いつも強くいなくていいのです。
苦しみをすぐに受け入れられなくてもいい。
前向きになれない日があってもいい。
ただ、どうか一人きりで抱え込まないでください。
助けを求めることは、弱さではありません。
それは、自分の命と心を守るための、大切な一歩なのだと思います。
病気と向き合う方にも、その方を支えるご家族やご友人にも、安心して心を休められる場所がありますように。
そして、今、苦しみの中にいるあなたの心に、ほんの少しでも穏やかな時間が訪れますように。
心を込めて。
