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山上徹也さんがしてくれたこと(改訂版)

1.2025年10月28日、安倍元首相の死から三周忌を過ぎてようやく、山上徹也さんの第一回公判である。3年の拘留はあまりに異例の違法である。

 私が、山上徹也さんと敬称をつけるのは、彼を呼び捨てにするのは不当だからである。
 私は、山上さんは安倍元首相暗殺の真犯人ではないと考える。だが、彼は真犯人(おそらくグループ)に協力したことはまちがいないだろう。

 彼をどう見るかは、ひとにより大きく分かれる。
 ただ、殺人は殺人だから悪だとするひとも。それと反対に、山上さんを英雄視するひとも、彼が安倍元首相を狙撃した主犯だという前提に立っている。
 しかし、それらの見方とはべつに、山上さんは主犯ではなく主犯の協力者にすぎないとの見方もありうる。そして、私は、その見方に立つので、彼を悪人呼ばわりするわけにも英雄視するわけにもいかない。

2.ひとつハッキリしているのは、日本の民主主義にとっては、元首相は殺されるほかなかったということである。
 生きて罪の償いをすべきだったというひともいる。しかし、官僚(内閣人事局!)と司法(政府に決して楯突かない最高裁!)とメディア(何人のニュースキャスターが降板させられた!)と自党(小選挙区制で候補者決定権をもつのは党中央だ)を抑えこんだ権力の恐ろしさ、悪質さを思うと、生きて償いをしろなどというのは、希望的な空想にすぎない。
 元首相は、近代民主制の根幹である三権分立を破壊したのである。これは、独裁という言葉の定義通りの独裁だ。独裁と言うと。反体制派が殺されたり投獄されたりすることだと思っている向きは、彼の政権のもとで、自殺、怪死が相次いだことくらいは思い出して欲しい。


 しかし、元首相が死にさえすればいいというわけでもない。
 もし、彼が大腸癌で死んだとしたら、どうだったか?
 彼が首相に罪人中なら、それでいい。元首相となった彼が大腸癌でしんでも、何の意味もない。
 社会にとっての影響は暗殺とは比較にならない。あの元首相の犯した罪に相当する復讐こそが、その罪を明瞭に浮かび上がらせたのである。

 山上さんは、文鮮明の妻、韓鶴子など、統一教会の幹部に復讐したかったはずなので、元首相は、本来の復讐の対象ではなかったのではないか。
 だが、韓鶴子を倒していたら、彼の目的は達成できなかっただろう。それでは単なるカルト集団の事件、それに対する一市民のささやかな復讐、でしかなくなってしまい、そのカルト集団が日本の政界を牛耳っているという恐るべき現実がいまほどさらけ出されることはありえなかった。そして、そこにこそ、あのカルト教団の本当の悪質さと恐ろしさがあったはずだ。

 したがって、山上さんにとっては政界なんかどうでもよかったかもしれないけれども、元首相を倒すほうが韓鶴子を倒すより、統一教会にとってのダメージも大きいので、山上さんにとっても、はるかに効果的な復讐となったのである。ここに安倍晋三暗殺事件の皮肉がある。統一教会などは言わば下っ端。それをはびこらせた自民党こそが悪の根源なのであってみれば、当然の話である。

 私は安倍政権の非道さを強調したが、それは山上さんとはあくまで無関係だ。ただし、安倍は、祖父岸信介以来の文鮮明応援一家の人間でそれが日本社会を代表して統一教会に肩入れしてきたのだという点は、忘れてはならない。

3.山上さんを英雄と讃えるひとたちがいる。そうしたくなる気持はわかるが、上記のようなわけで、山上さんは本来の復讐とはちがう行為に加担しただけだから、手放しで英雄扱いされては山上さん本人が変な気持だろう。
 そもそも山上さんが安倍政権の政策に批判的かどうかわからないからだ。私たちが彼を安倍晋三打倒の英雄と讃えるのは、彼の気持ちとは無関係な私たちの感情にすぎない。

 他方、殺人は罪なのだから、讃えてはならないという、あまりに法や道徳にとらわれた見方にも、私は反対である。
 安倍晋三の悪政と不正の数々を忘れるべきではないからだ。
 アベノミクスによる格差の深刻化、株価が上がれば経済は改善されたとし(合法賭博経済)、円安に誘導し、低所得層を苦しめた、
 国会無視、国会での嘘ばかりの答弁、なんでも閣議決定で片付ける慣習、臨時国会開会要求を拒否するなどの憲法違反の数々(これは大げさでなく独裁だ)、 赤木俊夫氏を自死に追いやったような疑獄と官僚の文書偽造・抹消の横行、
 中村格などにみる不正な人事、
 内閣人事局による官僚支配、
 メディア支配、司法支配、小選挙区制による自党内の支配、
 伊藤詩織事件、
 原発再稼働、
 特定秘密保護法、
 安保法制、
 憲法改悪策動(その最大目標、改憲の中身は個人の人権・国民主権・平和主義の根本的否定だ!)
 統一教会との癒着、
 辺野古の米軍基地建設強行・・! 
 民主国家の根本に関わる非常事態ばかりなのだ。

 こうした安倍晋三の悪事の数々が、山上徹也さんが暗殺に手を貸した理由ではない可能性は大いにある。だが、我々は、とにもかくにも安倍晋三がいなくなり、それがこのように劇的なかたちになったことを、よくないことだと言うべきだろうか。フランス革命やロシア革命は、合法だったか、無血だったか、穏便だったか。

4.私が、山上徹也さんを英雄と呼ぶのに賛成できないのには、いまひとつ別の理由がある。

 山上さんはよほど追い詰められなければ、あんなことはしなかっただろう。誰のせいで追い詰められたのか? 自民党を支持した日本人ももちろんだが、その自民党に効果的な抵抗も反撃もできなかったのは、我々自民党批判派なのだ。だから、山上さんのような最弱の犠牲者が窮鼠却って猫を食むが如く、あの強大な権力をもつ男に立ち向かうほかなかったのだ。我々は、だから、山上さんに詫びるべきではあっても、英雄扱いするのは、あまり真面目でないのではないか。

 山上さんの行動を非難するひとは、それを「テロ」と呼ぶ。
 私は、テロという言葉をそのように使う気にはなれない。
 以上に見たように、彼の行為は政治的な動機や目的でなされたものではない可能性が高いからだ。
 テロというのは、単なる暴力や殺人のことではない。政治的目的を達成するための暴力、殺人である。
 元来、フランス革命の時、ロベスピエールの山岳党政権が行った政敵の命を脅かし奪うことが terrorisme だった。権力の側が行うことだったのだ。それがいつの間にか、権力を持たざる者の場合にテロと言うことになってしまっている。権力者は卑怯な意味のすり替えをするものだ。

 彼を英雄視することが、また別の暴力沙汰をも触発するのではないかという懸念をもつひともいる。しかしそれは、単純に暴力はダメです、とか、殺人はあくまで犯罪です、などと言っていれば防げるものではない。
 だから、ぼくは、情としては山上さんに感謝と済まない気持を感じ、彼の刑ができるだけ軽くなり、出獄後も生活に困ることがないよう願うほかないのだ。

5.この事件は、起訴までにも5ヶ月かかった。それだけでも不当長期拘留だ。まして公判までに3年余というのは、いったいどういうことなのだ。
 異常なことは、それ以前にいくつもあった。
 安倍元首相を死に至らしめた弾丸について、医師の発表と警察の発表が食い違っているのは、その代表的な点である。救命担当医の発表では繰返し右胸鎖関節のすぐ上に被弾し、心臓に大きな穴ができたと言っているのに、遺体を引き取って検屍した警察の医師は、左上腕の後ろ側に被弾し、大動脈のみ大破と言っている。5時間にもおよぶ「救命」(すでに心肺停止状態で病院に届けられたのだが)の直後の記者会見で医師が繰返し語ったことと、警察の検屍医の語ることの、どちらが信憑性が高いかは明らかだろう。しかも警察は検屍後ただちに元首相の遺体を荼毘に付しているのだ(最重要の物的証拠の湮滅!!)。両医師は弾丸は見つからなかったと言っているし、弾丸が当たった箇所が両者で大きく食い違っているのだ。これでは、山上さんが犯人とは断定できない。これらの点について、是非、次の記事を読んでいただきたい。山上さんが元首相を射ったというのが、故意の誤情報であることがわかるだろう。

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