敗けて泣かせられる人こそプロな気がする
勝負をすれば勝つか、負けるか結果が出ます。
勝って周りの人たちと一緒に喜ぶ瞬間が本当に嬉しいです。けど負けることもあります。
その時に「残念だった」と落ち込むことは、よくあります。でも負けたときに周りが「泣く」という現象は少ない気がします。自分事ならまだしも他人事で泣くことなんて滅多にありません。
きっと、応援している対象に自分の人生の何かを乗っけていないと泣けません。
そんなことを『青木朝倉』を見て感じました。
「負けても尚、感動させる」
これが出来る人こそプロかもしれません。
勝って嬉しいのは当たり前。勝った時以上に負けた時にどのくらい影響を与えるか。
格闘技に物語が必要な理由だと思います。練習姿だけじゃなく、ありのままの自分を曝け出せる人間だけが本当の感動を与えられるのかもしれません。
僕も「青木真也」という物語に少なからず影響を受けた人間です。格闘代理戦争を通じて
「面白いモノを作る」
というプロの仕事を知りました。
それから著書を3冊読んで、試合を追って、noteを読んで、自分も格闘技をやるようになった。青木真也の真似事がしたかったけど無理だと思い知らされました。お陰で自分は自分でしかないって割り切って生きれるようになりました。
今回も勝つと思って見ていた。ジェームス・ナカシマ戦のような圧倒的なフィニッシュを期待していた。
それは秋山戦とも同じで、あの時も勝つと思って見ていた。けど負けた。あの時も切なかった。今回も切ない。でも今回はそれだけじゃない、青木真也の終演を受け止めなければならない。
長く面白い小説を読み終えたあとの寂しさような、まだ物語の続きを読んでいたくなるような感覚。
けれどもう見れる物語はない。残るは「あとがき」くらいです。
こんなにも感動出来る他人はいない。
僕もこれから先、敗けてしまったときに周りが泣いてくれるような人間を目指したい。
出来ることなら最後は僕が笑って、周りが泣く
そんな日を夢見ています。
