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BOOM BOOM SATELLITES「LAY YOUR HANDS ON ME」と私たちの10年間

こんなに美しい10年越しの円環はないと思う。
できすぎていると思い上がってしまう。

8月24日は、ブンブンサテライツのボーカル川島道行さんの亡くなってから10回目の誕生日だった。
ブンブンサテライツは川島道行さんと中野雅之さんの2人だけのバンド。
その日の夜に、歌舞伎町で野外ライブが行われた。
家族全員で参加をした。
その前に家族で参加したブンブンサテライツのライブは、活動休止の時のもの。9年ぶり。
あの時は、息子は私のお腹の中にいた。

川島さんは、20年近くの間に5回脳腫瘍を繰り返し、亡くなった。
全曲英詞のブンブンサテライツ、初期の楽曲に「cancer」という単語が出てきていた。
癌?と辞書で調べた中学生の私は、比喩だろうとたかを括っていた。

ブンブンサテライツ事実上最後のMVに出てるのは川島さんと女優の須藤理彩さんの5歳の娘さん。
彼女はこの時「お父さんがこの後どうなるのか」も知らない。
川島さんは、このMV撮影の時にはかなりご病気が進行していたそう。

活動休止前の彼のTwitterを見返すと、「記憶に残します」「忘れないようにします」ばかりが繰り返されている。
TwitterがSNSとしてではなく、完全に彼の外部記憶として存在していた事実に胸が締め付けられる。

Appleのマスタリングエンジニアにも日本で初めて認定されている中野さんが、執念でほぼ怒鳴りつけながら、ひと音づつ川島さんに「音」を歌わせて繋ぎ合わせたものが、ラストシングルの「LAY YOUR HANDS ON ME」。
それだけでも忘れることができない楽曲。

話は少し脱線する。
今年の6月に、私達は13年間何よりも大事にしていた兄猫を見送った。
今後はこまめな点滴が必要、と医師から告げられた。
どれほどの金額とどれほどの時間が掛かるのかを、過去のさまざまな経験で理解していた。
「初めての子だから出来ることは全てしよう」と、夫婦で人間の保険の解約の話まで一瞬で決めたくらいの存在。
息子の初めての言葉は「にぃに(兄猫)」だった。
それくらい、私達も愛していたし、彼も私達を愛してくれていた。
私が息子にヒステリックに叱っていると、走り込んできて私を威嚇したり、風呂場の外で息子が溺れないのか真剣な顔で見張り、夜は息子の足元で丸まって寝ていた。
私と2人になると「本当は寂しかった」と言いたげに額をぶつけて甘えてきたり、怒った顔で膝に乗ってくる本当に威張ってて愛おしい存在だった。
今でも私の最初の子だと思っている。
兄猫が亡くなってから不必要に泣かないように気を張っていた夫が「LAY YOUR HANDS ON ME」のPVを観て「だめだわ、兄猫からの息子の視線に見える」と声を抑えて泣いていた。
私達にとって、「LAY YOUR HANDS ON ME」は本当に特別な一曲にまたなってしまった。

参加した歌舞伎町のライブの後、中野雅之さんに、どうしてもお伝えしたい衝動が抑えきれず、8月24日の深夜(つまり、25日)、彼の個人事務所のブッキングという項目からメールをしてしまった。

「昨夜(8月24日)の歌舞伎町での野外ライブ、本当に素晴らしい時間を心からありがとうございました。

歌舞伎町で爆音で流れる、川島さんが亡くなってから10回目のお誕生日の日にブンブンサテライツ、言いようのない感激と高揚感に包まれました。

私は、昨日のライブで4~5列目のミキサー卓横で、夫に抱っこされながら、中野さんに強く手を握っていただいた9歳の息子の母親です。

どうしても中野さんにお伝えしたい感謝とご報告があり、メッセージを送らせていただきました。

実は、この息子の命がこの世に存在しているのは、ブンブンサテライツという存在があったからです。

私は自身が育った環境の影響を恐れ、子どもを持つことをとても悩んだまま、結婚5年が過ぎていました。

しかし、夫と二人でずっと聴き続けてきたブンブンサテライツの『LAY YOUR HANDS ON ME』のMVを観たとき、「残っていくものと消えていくもの」に向き合う勇気をもらい、子供を持つことを決意しました。

川島さんの娘さんの笑顔
誰もいないけれど「彼女を愛している誰か」が見ている暖かく柔らかい目線
最後に映る娘さんが大きくなって妊婦さんになったと想像させる女性
朝焼けから夕焼け
そして、この曲に全ての希望を託したお二人。

本当にたくさんのメッセージをあの曲から受け取らせて頂きました。

妊娠が判明したのは2016年の末でした。

初期の頃、2017年冬のCDお渡し会で中野さんに「川島さんのお誕生日くらいの予定日の妊婦です。安産を祈っていてください」とお渡し会で中野さんにお伝えした際、穏やかに「わかりました」と言っていただいた言葉は、時の私の大きな支えでした。

参加した2017年6月のラストライブでお腹の中で一緒にブンブンサテライツを聞いていた息子は、川島さんのお誕生日の翌日である本日、8月25日に9歳を迎えました。

ブンブンサテライツが今後も活動して頂くために、また、13年間共に暮らし、今年6月に旅立った愛猫の供養も込め、今回のクラウドファンディングに参加させていただきました。
兄猫•息子•弟猫
という名前は、夫婦で「私達の世界一可愛い猫と人間の三兄弟の名前を、ブンブンサテライツの作品に残して頂けるなんてこんなに素敵なことはない」と参加させていただいたものです。

昨夜、クラファンの優先エリアで音を全身に浴びて笑顔で息子は飛び跳ね続けていました。
息子は「他にも好きなミュージシャンはたくさんいるんだけど、ブンブンは『知ってる!』になるの!どれもかっこいいけど、なんか安心する!!」とよく言います。
体内記憶なのかな、不思議だね、けれどあなたを産むきっかけになったのはブンブンサテライツだからね、とよく話していました。

あんなに子供という存在を待つかどうか悩んだのに、私たちにとってはもう、息子は言葉に出来ないほどのかけがえのない存在です。

出会わせてくださったのは、ブンブンサテライツのおふたりです。

終演後、混雑する客席の中で中野さんがまっすぐに息子を見つめ、ぐっと手を引き寄せて力強く握手をしてくださったこと。
帰宅後、息子は「中野さんは僕だけを見て、すごく強い力で手を握ってくれた。ずっとずーっと僕もパパもママも大好きな中野さんだよ?!すっごくかっこよかった!これ以上ないお誕生日プレゼントだった!!」と目を輝かせてニコニコで話していました。

中野さんがあの日祈ってくださった命が、こうして9歳になり、自らの足で立ち、真夏の夜の歌舞伎町でブンブンサテライツの音楽で腕を振り上げてジャンプし続けていました。
私たちの家族を救い、この命をこの世に繋ぎ止めてくださり、本当にありがとうございました。
これからも家族全員で、BOOM BOOM SATELLITESSの音楽と共に生きていきます」

中野さんに知ってほしい。
あなた達が極限の状態で世に送り出した希望を、私達は受け取って、命をこの世に生み出せた。

あなたは目立つとは言えない場所にいた、息子を見つけてくれた。

たくさんの大人達の中で、息子の瞳を見つめながら柵から乗り出してまで力強く手を握ってくれたあの男の子は、あなたと川島さんがいないと産まれていません。

最期の楽曲
『LAY YOUR HANDS ON ME』

「私の手に触れて、あなたの温もりや命(光)を届けてほしい」という意味。

中野さんがその手で握りしめた3000人の中の1人の男の子の手が、川島さんの願ったこの「手」の中のひとつだったんだと私は傲慢でも思ってしまう。
信じてしまう。
中野さんはブンブンサテライツは終わらせると過去に言いながらも、ずっと言っていた「次世代に川島道行をつなぎたい、川島が生きていた意味を遺したい、記憶に残して欲しい」。
あの夜に、その願いが、9歳の男の子の汗だくで笑顔の実態となって現れたのでは、と勝手に思っている。
思い上がりなのも傲慢なのもわかってるけれど、思っちゃうよ。

だから、中野さんは何も知らなくても、息子に引き寄せられるようにあんなにも必死に手を伸ばしてくれた。

そう信じている。
メールでは淡々と書いたけれど、夫は息子が中野さんに握手をしてもらった瞬間にメガネを外して号泣していた。
私もうずくまって顔を覆って号泣した。
まだブンブンサテライツは転がっていく、小林さんの声とともにこれからも最高にカッコよく鳴らしていってくれるだろう。
息子と私達の人生も続いていく。
けれど、私達にとっては、中野さんと息子がお互い腕を精一杯伸ばして手を握りあっているあの瞬間は10年越しの物語が完結したような嘘のような時間だった。

中野さんが、私が初めてお送りしたメールを読んでくださったら本当に嬉しい、ただただそれだけ。

あなた達から、私達家族は受け取りすぎた。

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