善意で部下を潰しかけたPMの告白。ハラスメントを「悪人論」ではなく「構造論」で解き明かす
プロローグ
正直に言う。
私はかつて、良かれと思って、若手を一人、潰しかけた。
彼は、真面目な新人だった。
提出してくる資料は、荒削りだが、伸びしろがあった。
私は、彼を育てたかった。
だから、彼の資料に、びっしり赤を入れた。
ここの論理が飛んでいる。
この数字の根拠は。
この表現は誤解を招く。
一枚の資料が、真っ赤になって返っていく。
私は、それを愛情だと思っていた。
私は、彼を怒鳴ったことは一度もない。
人格を否定したことも、ない。
残業を強要したことも、ない。
私は、いわゆる「悪い上司」ではなかった。
そう、断言できるつもりだった。
だが、ある朝。
彼は、会社に来なくなった。
診断書には、こう書いてあった。
適応障害。
私は、呆然とした。
私は、悪いことなど、何一つしていないはずだった。
一 私は「悪意がなければ加害にならない」と信じていた
Before の私を、正直に描写する。
私は、ハラスメントというものを、単純に捉えていた。
悪い人が、悪意を持って、弱い人をいじめる。
それが、ハラスメントだ。
だから、自分は関係ないと思っていた。
私には、悪意がない。
むしろ、部下を育てたいという善意しかない。
私は、こうも思っていた。
ハラスメントが起きる職場は、モラルの低い人間がいるからだ。
性根の腐った上司が、一人いるからだ。
その一人を排除すれば、問題は解決する、と。
つまり私は、ハラスメントを「悪人の問題」として見ていた。
これは、感情論だ。
悪い奴がいる、という物語だ。
だから、彼が潰れたとき、私は理解できなかった。
ここには、悪い奴などいない。
私も、周りも、みんな善良に働いている。
なのに、一人の若者が、壊れた。
悪人がいないのに、被害者だけが生まれた。
この不可解な現実を、私は、説明できなかった。
二 私は「善意」と「構造」を、混同していた
なぜ、悪意のない私が、人を追い詰めたのか。
人ではなく、構造を見てみたい。
私は、二つのものを、混同していた。
一つは「個人の善意」だ。
私は、彼を育てたかった。これは、本当だ。
もう一つは「置かれた構造」だ。
そのとき私が、どんなシステムの中にいたか。
当時、私のチームは、慢性的に人が足りなかった。
私は、上から無理な納期を背負わされていた。
そのプレッシャーを、私は自覚していなかった。
だから、私は焦っていた。
早く、彼を一人前にしなければ。
この赤ペンは、育成であると同時に、
私自身の焦りの、はけ口でもあった。
そして、彼には、逃げ場がなかった。
相談できる先輩もいない。
評価は減点方式で、失敗が許されない空気だった。
私の赤ペンだらけの資料は、
善意で書かれていた。
だが、逃げ場のない構造の中に置かれた瞬間、
それは、彼にとって「終わりのないダメ出し」になった。
同じ赤ペンが、余裕のある構造なら「指導」に、
追い詰められた構造なら「攻撃」に変わる。
ハラスメントは、悪意から生まれるのではなかった。
善意ですら、歪んだ構造を通ると、加害に化ける。
そういう、システムの問題だったのだ。
三 転機は、辞めた彼が最後に残した一言だった
転機は、彼が去るときにやってきた。
退職の挨拶に来た彼に、私は謝った。
私の指導が、厳しすぎたのだ、と。
彼は、力なく首を振って、こう言った。
「Shiracoさんの赤ペンは、正しかったです。
ただ、僕には、それを直す時間も、余裕も、なかっただけで」
その一言が、私の胸を貫いた。
彼は、私を「悪い人」だとは言わなかった。
私の指摘は正しいと、認めてくれた。
だが、正しい指摘を、直す余裕がない構造に放り込まれれば、
正しさそのものが、人を殺しにかかる。
私が悪かったのではない。
彼が弱かったのでもない。
私たち二人を挟み込んでいた、
逃げ場のない構造が、彼を追い詰めた。
このとき私は、二十年のPM人生で、
一度も直視してこなかった真実に、行き当たった。
現場を壊すのは、悪人ではない。
善人を加害者に変えてしまう、構造だ。
私は、ちょうどその頃、
ある海外の組織心理の研究に触れていた。
そこには、こう書かれていた。
人が非人道的な行動を取る最大の要因は、性格ではなく、状況である、と。
彼の一言と、その研究が、私の中でつながった。
四 私は、赤ペンを置いて、構造を見るようになった
After の話をする。
その日から、私は、人を責めるのをやめた。
正確に言えば、問題が起きたとき、
まず人を疑うのを、やめた。
若手のミスが続いたとき。
昔の私なら、その若手の資質を疑った。
今の私は、まず、こう問う。
この人が、こうならざるを得なかった構造は、何か。
情報が足りていなかったのではないか。
逃げ場のないスケジュールだったのではないか。
相談できる相手が、いなかったのではないか。
すると、驚くほど、見え方が変わった。
かつて「使えない部下」に見えた人が、
実は「壊れた構造の犠牲者」だと、わかるようになった。
そして、私は自分のやり方も変えた。
赤ペンを入れる前に、まず、余白を作った。
直す時間を、スケジュールに組み込んだ。
一人で抱えないよう、相談できる導線を作った。
指摘の内容は、昔と同じだ。
だが、指摘を受け止められる構造を、先に整えた。
すると、若手が、潰れなくなった。
それどころか、伸びるようになった。
変えたのは、私の善意の量ではない。
善意が通り抜ける、構造のほうだった。
五 これは、あらゆる「善良な現場」の話だ
ここから、視野を広げたい。
私が犯しかけた失敗は、
実は、あらゆる職場で、日々起きている。
ハラスメントが起きると、人はまず、犯人を探す。
あの上司が悪い。あの人の性格が問題だ。
そして、その一人を排除すれば、解決すると信じる。
だが、その一人を排除しても、
半年後、別の誰かが、同じ加害者になる。
なぜか。
悪いのは、個人の性格ではなく、
善人を加害者に変える、構造のほうだからだ。
無理な納期。逃げ場のない評価。相談できない空気。
この構造が残る限り、誰が座っても、同じことが起きる。
人を責めても何も始まらない。
人を責めると、そこで終わる。
構造を見ると、そこから始まる。
これは、加害者を免罪する話ではない。
加害を、個人の資質の問題として矮小化してはいけない、
という話だ。
犯人探しは、感情的には、すっきりする。
だが、それは、次の被害者を生む構造を、温存する。
そして、これはAI時代の話でもある。
効率化の圧力は、これからますます強くなる。
テキストだけの冷たいやり取りが増え、
善意ですら、より加害に転じやすい構造になっていく。
だからこそ、これからの時代に本当に必要なのは、
悪人を裁く目ではない。
善人が壊れる構造を、見抜く目だ。
本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。
六 私が本当に守りたかったのは、善良な人が壊れない現場だった
家庭に、話を戻す。
あの一件のあと、私は娘に、この話をした。
良かれと思って、若手を潰しかけた、と。
娘は、しばらく考えて、こう言った。
「お父さんが悪い人じゃないのは、わかるよ。
でも、悪い人じゃなくても、人を傷つけることは、あるんだね」
その通りだった。
そして、それこそが、いちばん恐ろしいことだった。
明確な悪人なら、まだ対処しやすい。
だが、善良な人が、追い詰められて加害者になる構造は、
誰の目にも見えず、静かに人を壊していく。
私が本当に守りたかったのは、
自分が善人であるという安心でもなければ、
悪人を裁く正義感でもなかった。
善良な人が、善良なまま働ける現場だった。
誰も、生存本能として攻撃的にならずに済む構造だった。
推しのアイドルのグループを見ていても、思う。
長く続くグループは、メンバーの性格がいいだけではない。
誰か一人に負荷が集中しない、構造が作られている。
だから、誰も潰れずに、笑っていられる。
統合 構造で読み解く、ハラスメントという現象
ここまでの話を、私の思想の骨格で束ねておきたい。
若手を潰しかけたあの経験は、私の一生の傷だ。
だが、あの痛みがあったから、構造を見る目を得た。
失敗も、遠回りも、あとから価値になる。
経験は資産である。
あの赤ペンだらけの資料すら、今の私の土台だ。
私は、善意を足せば人は育つと思っていた。
だが本当に必要だったのは、過剰なダメ出しを削り、
受け止められる余白を残すことだった。
足し算より引き算とは、そういうことだ。
そして、一気に人を変えようと焦るのではなく、
壊れない構造を、一層ずつ整えること。
それが、組織における巡航速度だ。
今日、誰かを厳しく詰めて出す成果より、
十年後も、善良な人が笑って働いている現場。
それこそが、長期残存価値である。
犯人探しで個人を裁き続ける組織は、必ず摩耗する。
構造を見る目を持てたとき、
組織も、そこで働く人も、優しいまま、壊れない。
そして私が最後に守りたかったのは、
自分の潔白でも、正しい指導の実績でもなかった。
善良な誰かが、明日も潰れずに出社できること。
その半径五メートルの、当たり前の朝だったのだ。
エピローグ
今も、私の机の引き出しには、あの赤ペンだらけの資料が、一枚だけ残っている。
彼が最後に提出し、私が真っ赤にして返し、
そして彼が、二度と会社に来なくなった、あの資料だ。
捨てられなかった。
これは、私の戒めだからだ。
あのとき私は、勘違いしていた。
悪意がなければ、人を傷つけないのだと。
自分は善人だから、加害者にはならないのだと。
違った。
ハラスメントは、悪人がいるから起きるのではない。
善人ですら加害者に変えてしまう、歪んだ構造があるから起きる。
だから、悪人を探しても、なくならない。
構造を見なければ、次の善人が、また潰される。
私は、悪い上司ではなかった。
それでも、一人の若者を、壊しかけた。
その事実だけが、
組織を構造で読む、という私の出発点になっている。
本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。
今日からやること、一つだけ。
あなたの職場で、誰かが「使えない」「困った人だ」と評されているなら、
その人を責める前に、一度だけ問い直してみてほしい。
「この人が、こうならざるを得なかった構造は、何か」と。
その問いが、犯人探しを、構造改善へと変える最初の一歩になる。
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