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なぜ「トラブルゼロ」の仕事は評価されないのか?——20年PMが辿り着いた「防火マネジメント」と組織の構造

プロローグ

正直に言う。

私は先日、自分のキャリアで最も誇らしいプロジェクトの打ち上げで、一人だけ、空気を読めずにぽつんと座っていた。


そのプロジェクトは、一年間、何も起きなかった。

炎上ゼロ。徹夜ゼロ。休日出勤ゼロ。社長への謝罪報告ゼロ。

すべてが、予定通りに、静かに終わった。


私にとって、これは二十年の集大成だった。

問題が起きないように、あらゆる先手を打った。

見えないところで、何十回も火種を消してきた。

その結果としての、この「何も起きなかった一年」だったのだ。


だが、打ち上げの席で、上司はこう言った。

「まあ、今回は平和な案件だったね。」


平和な、案件。

私は、乾杯のビールを手に持ったまま、固まった。


隣のテーブルでは、別の案件のPMが、英雄のように囲まれていた。

彼のプロジェクトは、大炎上した。

彼は、三か月間、徹夜で消火に走り回った。

そして、なんとか収束させた。

みんなが、彼に拍手を送っていた。「本当によく頑張った」と。


情けない話だが、私はそのとき、ほんの少しだけ、こう思ってしまった。

ちゃんとやった私より、燃やした彼のほうが、評価されるのか、と。

そして、その卑屈な感情を抱いた自分に、もっと落ち込んだ。


結論から先に言う。

私は長いあいだ、仕事の評価というものを、勘違いしていた。

頑張った量と、生み出した価値は、比例すると思っていた。

だが違った。

最も価値の高い仕事は、たいてい、最も見えない。

何も起きなかった、というその静けさこそが、実は、最高の成果なのだ。



第一章 Before――私も昔は「火を消す英雄」だった

告白すると、若い頃の私は、あの囲まれていたPMと、同じだった。

いや、それを目指していた。


炎上案件に飛び込む。

徹夜で対応する。

顧客に頭を下げに走る。

そして、なんとか火を消す。


火が消えたあと、私は、正直、少しだけ気持ちよかった。

みんなが「Shiracoさん、ありがとう」と言ってくれる。

上司が「よくやった」と肩を叩いてくれる。

顧客が「Shiracoさんがいてくれて助かった」と感謝してくれる。


私は、ヒーローだった。

そして、ヒーローであることに、酔っていた。


だが、あるとき、ふと気づいた。

私が火を消した案件は、そもそも、なぜ燃えたのか。


たどってみると、原因は、初期の設計にあった。

期待値の調整が甘かった。

リスクの洗い出しが足りなかった。

要件の握りが、あいまいだった。


つまり、私が英雄的に消した火は、私自身の準備不足が生んだ火だった。

私は、自分でつけた火を、自分で消して、拍手をもらっていたのだ。


これは、マッチポンプである。

情けない話だが、私はしばらく、そのことに気づかなかった。

火を消す快感が、あまりに気持ちよかったからだ。


第二章 なぜ、予防は評価されないのか

ここで少し、構造の話をする。

なぜ、火を消す人は評価され、火を出さない人は評価されないのか。

答えは、人間の認識の、根本的な限界にある。


人は、起きたことしか、見えない。

起きなかったことは、見えない。


事故は、ニュースになる。

事故が起きなかったことは、ニュースにならない。

「今日、東京で一件も飛行機事故が起きませんでした」

こんなニュースは、流れない。

だが、それは、無数の人々の見えない努力の結果である。


PMも、まったく同じだ。

炎上は、見える。

だから、消火は、評価される。


だが、予防は、見えない。

問題が起きなかったことを、人は、当たり前だと思う。

その裏に、どれだけの先回りがあったかを、想像できない。


ここに、決定的な非対称がある。

火を消す人は、「火」という目に見える成果物を持っている。

火を出さない人は、「何もない」という、見えない成果物しか持っていない。


そして、人は、見えるものしか評価できない。

だから、成功とは、見えない成果なのだ。

見えないがゆえに、最も価値が高く、最も評価されにくい。


私が二十年かけて気づいたのは、この残酷な構造だった。


第三章 転機――「暇そうですね」と言われた日

これは、少し悔しい話だ。

英雄をやめ、予防に徹するようになってから、数年が経ったある日。

若手が、私のところに来て、悪気なく、こう言った。


「Shiracoさんって、いつも余裕そうですよね。暇なんですか?」


カチンときた。

私は、暇なわけがない。

むしろ、誰よりも先を読み、誰よりも早く手を打っている。

その結果として、余裕があるように見えているだけだ。


だが、若手にそれを説明しようとして、私は、はたと気づいた。

説明できないのだ。


「私は、まだ起きていない問題を、三か月先まで潰している」

そう言っても、若手には、その問題が見えない。

見えない問題を潰した証拠を、私は、何一つ提示できない。


その瞬間、私は、深く理解した。

予防という仕事は、本質的に、証拠が残らない。

火事が起きなかったことを、写真に撮ることはできない。


そして、もう一つ、恐ろしいことに気づいた。

かつて英雄だった頃の私のほうが、この若手には、優秀に見えていただろう。

走り回り、汗をかき、火を消す私のほうが。

静かに先回りしている今の私は、ただの「暇そうな人」なのだ。


「暇なんですか」という一言は、私の仕事が、成功すればするほど、見えなくなるという皮肉を、突きつけてきた。


第四章 After――「評価されない成功」を選ぶという覚悟

この経験のあと、私は、一つの覚悟を決めた。

評価されなくてもいい。

それでも、予防を選ぶ、と。


これは、負け惜しみではない。

構造を理解した上での、戦略的な選択だ。


私は、火を消す英雄であることを、完全に手放した。

代わりに、火が出ない設計に、すべてを注いだ。


プロジェクトの初期に、期待値を徹底的に握る。

リスクを、まだ小さいうちに、静かに潰す。

ステークホルダーの不満を、爆発する前に、吸い上げる。

意思決定が滞る場所に、先回りして、レールを敷く。


これらは、すべて、事件になる前に終わる仕事だ。

だから、誰も気づかない。

拍手も、感謝も、ない。


だが、変化は、静かに現れた。

私のプロジェクトは、炎上しなくなった。

チームは、疲弊しなくなった。

顧客とのトラブルが、消えていった。


そして、面白いことが起きた。

短期的には「平和な案件だったね」で終わっていた私の評価が、長期的に、じわじわと変わりはじめたのだ。


三年、五年と時間が経つと、顧客が気づきはじめた。

「Shiracoさんの案件は、なぜかいつも、揉めない」

「Shiracoさんに任せると、なぜか安心できる」


理由は説明できないが、結果は残る。

火を消す英雄は、その案件では拍手されるが、次の案件でまた火を出す。

火を出さない私は、拍手はされないが、どの案件でも、静かに信頼を積み上げていた。


Beforeの私は、目に見える火を消して、その場の拍手を得ていた。

Afterの私は、見えない火を消して、消えない信頼を得ている。

同じ人間が、まったく逆の評価のされ方をしている。


第五章 構造で読み解く――「ヒーロー症候群」が組織を弱くする

ここで、構造を一段、抽象化する。

すると、これは個人の評価だけの話ではないことが見えてくる。


多くの組織は、評価しやすいものを、評価する。

炎上対応の件数。

緊急対応の回数。

残業時間。

休日出勤。

これらは、数字になる。だから、評価できる。


一方、予防活動は、数字になりにくい。

「起きなかった問題」を、どうやって数えるのか。

数えられないから、評価されない。


すると、何が起きるか。

人は、評価される方向に、動く。

予防より、消火に、力を注ぐようになる。


つまり、組織が消火を評価すればするほど、組織の中に、火が増えていく。

火を出す人が英雄になり、火を出さない人が軽視される。

これを、私は「ヒーロー症候群」と呼んでいる。


ヒーロー症候群に陥った組織は、常に、どこかが燃えている。

そして、その火を消す英雄が、次々と生まれる。

一見、活気があるように見える。

だが、これは、燃え続けているだけだ。


ここで、私の思想の根っこにある考え方を持ち出したい。

人を責めるより、構造を見る。


火を出す人を、責めても意味がない。

彼らは、火を出せば評価される、という構造に、正直に反応しているだけだ。

責めるべきは、人ではない。

消火を評価し、予防を無視する、評価の構造のほうだ。


構造を見た瞬間、責める相手は消える。

代わりに、直すべき仕組みが見えてくる。

評価すべきは、火を消した数ではない。

火を出さなかった、その静けさなのだ。


第六章 これは、人生そのものの話でもある

ここまで、仕事の話をしてきた。

だが、これは仕事だけの話ではない。

人生そのものの話だ。


私たちは、劇的なものばかりを、価値だと思う。

大きな成功。派手な逆転。感動的な挽回。

物語になるのは、いつも、事件のほうだ。


だが、人生の本当の豊かさは、たいてい、事件のないところにある。

家族が、健康で、何事もなく一日を終える。

大きな喧嘩もなく、静かに食卓を囲む。

これは、ニュースにならない。物語にもならない。

だが、これこそが、最も守るべきものだ。


私は昔、劇的なものばかりを追いかけていた。

家庭でも、何か問題が起きたときだけ、必死に対応した。

だが、何も起きていない平穏な日々を、当たり前だと思って、味わっていなかった。


娘と過ごす、何でもない夕方。

特別なイベントもない、ただ一緒にいるだけの時間。

かつての私は、その価値に気づいていなかった。

半径五メートルの平穏は、事件がないがゆえに、見過ごされる。

だが、それこそが、人生で最も評価すべき成果なのだ。


何も起きなかった、ということは、偶然ではない。

誰かが、見えないところで、静かに守り続けた結果なのだ。


なお、本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。


統合章 「静けさ」を、運ではなく設計にする

ここまでを、一本の線でつなぎたい。


私が伝えたいのは、何も起きない静けさは、幸運ではない、ということだ。

それは、高度に設計された、成果である。


まず、火を消す速さを、競わなくていい。

英雄的な瞬発力は、目立つ。だが、続かない。

大切なのは、巡航速度だ。

速さは才能だが、続けることは設計である。

火事場の馬力は続かない。だが、静かな予防は、十年続く。


次に、その場の拍手ではなく、あとに残る信頼を選ぶ。

火を消した英雄は、その日、拍手される。だが、翌年には忘れられる。

火を出さなかった人は、拍手されないが、静かに信頼を積む。

これが、長期残存価値だ。今日の拍手より、十年後の信頼を選ぶ。


そして、目に見える手柄を、引き算する。

予防とは、手柄を足すことではない。

自分の功績が見えなくなることを、受け入れることだ。

足し算より、引き算。

手柄を手放した先に、本物の成果が残る。


かつての私は、自分でつけた火を消して、英雄気取りだった。

だが今は思う。

あのマッチポンプの日々も、経験は資産である。

火を消す快感の空しさを知ったから、火を出さない価値がわかった。

失敗も、遠回りも、あとから価値になる。


そして最後に、これだけは言いたい。

評価されなくても予防を選べる人は、他人の拍手に依存しない人だ。

「平和な案件だったね」と言われても、揺らがない。

自分の仕事の価値を、自分で知っているから、静かでいられる。

そういう人は、折れない。

優しいまま、壊れない。

強さとは、火を消して喝采を浴びることではなく、火を出さずに、誰にも気づかれず立ち続けることだ。


これらはすべて、人生を構造で読む、という一つの幹から伸びている。

静けさを、運ではなく、設計の問題として見る。

それだけで、仕事の景色も、人生の景色も、静かに変わる。


エピローグ

あの打ち上げの席で、私は「平和な案件だったね」と言われて、固まった。

隣で英雄が拍手されるのを、卑屈な気持ちで眺めていた。


だが、あれから数年が経った今、私の景色は変わった。

あのとき囲まれていた英雄PMは、その後も、いくつもの案件で火を出し続けた。

そのたびに走り回り、そのたびに拍手をもらい、そして、少しずつ、疲れていった。


一方の私は、あいかわらず「平和な案件」ばかりを、静かに積み重ねている。

拍手はない。

だが、私を指名してくる顧客は、年々、増えている。


先日、その中の一人が、ぽつりと言った。

「Shiracoさんの案件って、いつも何も起きないんですよね。あれ、本当はすごいことなんじゃないかって、最近気づいたんです。」


私は、危うく泣きそうになった。

二十年、誰にも気づかれなかった仕事の価値を、初めて、言葉にしてもらえた。

「平和な案件だったね」から「あれはすごいことだ」へ。

同じ静けさへの評価が、時間をかけて、逆転していた。


何も起きなかった一年が、一番評価されなかった。

だが、何も起きなかった十年は、誰よりも深く信頼された。

短期では評価されない静けさが、長期では、最も価値になる。


だから私は、今日も、静かに火種を消し続ける。

誰にも気づかれなくていい。

短期評価ではなく長期残存価値とは、トラブルを解決した数ではなく、トラブルそのものを減らした数なのだから。


本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。あの「平和な案件だったね」の話も、いつか一冊の中の一章になればいいと思っている。


今日からやること、一つだけ。

今日、自分のまわりで「何も起きていないこと」を、一つだけ見つけて、心の中で評価してみる。

無事に回っているチーム。揉めていない関係。平穏な一日。

それは、当たり前ではない。誰かが、静かに設計した成果である。

その一つに気づいた瞬間から、あなたの見る世界は、静かに深くなる。


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