見出し画像

AIエージェントを入れたのに、なぜ仕事は減らないのか? 20年PMが見た「渡せない仕事」の構造

プロローグ

正直に言う。

私は一度、AIエージェント導入プロジェクトで、盛大に失敗したことがある。

「これで現場の工数は半分になります」

そう言って、導入を推進した。

導入して1か月後、現場から聞こえてきたのは、「楽になった」ではなく「AIの出力を直す時間が増えた」という声だった。

「あれ、仕事、減っていない」

「むしろAIを管理する仕事が増えていませんか」

そして全部、現場をさらに悪くした。ツールは入った。誰も幸せにならなかった。

今は違う。

今は、AIエージェントを入れる前に、必ず一つだけ聞くようにしている。

「この仕事を、人に説明できますか」

説明できない仕事は、AIにも渡せない。当たり前のことだが、これに気づくまで、私は結構な時間を無駄にした。

20年現場にいて、結局そこに戻ってくるのである。仕事の曖昧さは、道具を変えても消えない。



第一章 AIを入れたのに、仕事は減らないという矛盾

「これからはAIが自律的に仕事をしてくれる」

「人間は指示を出すだけになる」

そう聞くたびに、私は少し違和感を覚える。

実際、技術の進化は速い。だが会社員の現場に降りると、景色は少し違う。AIを使う。出力を見る。間違っていないか確認する。社内フォーマットに直す。上司に説明する。最後に自分の名前で提出する。工程が減るどころか、確認という工程が一つ増えている。

パーソルキャリアが2026年に行った調査では、AIエージェントを本番運用している大手企業は48.3%にのぼる一方、活用を推進する人材や体制に不足を感じている割合は73.1%だったという。導入・活用に取り組む企業が挙げた最大の課題は「AIエージェントを設計・評価できる人材の不足」だった。

PMの世界には、QCD(品質・コスト・納期)のトレードオフという考え方がある。何かを速くしようとすれば、品質か管理コストのどちらかにしわ寄せが行く。AIエージェント導入も同じで、処理速度は上がっても、確認・修正・責任の所在という「管理コスト」は消えていない。むしろ、誰も設計していなかった分、表に出てくる。

AIは入った。だが、誰が仕事を設計するのかは、まだ決まっていない。

PMとしての教訓:速くなった部分と、重くなった部分は、必ずセットで生まれる。

第二章 「AI担当者」という役職に隠れている、本当の動機

AIエージェントの導入がうまくいかない現場を見ていると、ある共通点に気づく。

経営層が本当に欲しいのは、業務改革そのものより、「AIを導入した」という実績であることが多い。現場は現場で、AIのせいにできれば、自分の判断の重さを少し減らせると感じている。誰も悪気はない。ただ、双方の動機が、実は「仕事を良くすること」からわずかにずれている。

そして、AI担当という役職が一人に集中しやすい。若手の詳しい人、DX部門、生成AIが好きな人。そこに、業務理解・設計・システム連携・セキュリティ・評価・運用のすべてが集まってしまう。

これは新しい属人化である。かつて「あの人に聞けば分かる」という属人化があったのと同じ構造が、AIの看板をかぶって再生産されている。

先ほどの調査で73.1%が体制不足を感じていたのは、ここにつながっているように私には見える。

PMとしての教訓:役職を一つ作ることと、役割を分担することは、まったく別の仕事である。

第三章 現場が本当に恐れていること

20年やってきて、AI導入で一番厄介だと思ったのは、技術的な壁ではなかった。

現場の人が、口に出しにくい本音をたくさん抱えていることだった。

「情報が漏れたら、誰が責任を取るのか」

「AIが間違った判断をしたとき、自分のせいにされないか」

「この仕事が自動化されたら、自分の役割はどうなるのか」

「今のやり方を変えるのは、正直しんどい」

これらは、わがままでも抵抗勢力でもない。ある調査でも、AIエージェント利用者の約9割が何らかの課題を感じており、上位には機密情報の扱いへの不安や、思ったような回答が得られないことへの不安が挙がっていた。

数字の裏には、こうした一つひとつの本音がある。この本音を無視して「便利だから使いましょう」と進めても、現場は動かない。

PMとしての教訓:抵抗は、感情の問題ではなく、多くの場合、聞かれなかった不安である。

第四章 AIに仕事を渡すときのNGとOK

NGの対応がある。

「営業業務をAI化してください」のように、巨大な仕事をそのまま渡すことだ。これをやると、AIは競合企業を調べ、価格をまとめ、レポートまで作る。一見完璧に見える。だが、この会社は競合に含めるのか、価格は定価か実勢価格か、誰がレビューするのか、間違っていた場合誰が責任を持つのか。決めるべきことが後から山のように出てくる。任せたつもりが、判断すべきことを増やしただけになる。

もう一つのNGは、PoCが「動いた」ことをゴールにすることだ。デモは動く。拍手も起きる。だが本番には進まない。動いたかどうかではなく、人間を含めた工程全体の時間が本当に短くなったかを見ていないからだ。

OKの対応は、この逆をやる。

まず、「目的は何か」を言う。次に、「入力と出力は何か」を言う。そして、「どこまでの権限を持たせるか」を言う。最後に、「どんな条件で人間に戻すか」を言う。たとえば、契約や金額や個人情報が絡む場合は、必ず人間に戻す、と決めておく。

これだけで、AIエージェントは急に扱いやすくなる。自律性より先に、境界線が要る。

PMとしての教訓:任せるとは、丸投げすることではなく、境界線を渡すことである。

第五章 人を変えるのではなく、仕事の構造を変える

個人でも会社でも、明日からできることがある。

仕事を分解する。 一つの仕事を、情報収集・整理・判断・承認・実行・記録・例外対応に分けてみる。分けられると、どこがAI向きで、どこが人間向きかが見えてくる。

権限を渡す。 AIに仕事を渡すときは、目的・入力・出力・権限・停止条件の五つを決める。「自由にやっておいて」は、AIにも人にも通用しない。

危ないものだけ人間へ戻す。 全部を人間が確認する設計は、自動化した意味を消してしまう。信頼度が低い、金額が大きい、個人情報を含む。そうした条件のときだけ人間に戻す設計に変える。

AIが使う二割だけ整える。 社内のナレッジを全部整えようとすると終わらない。まずは、一つの業務に必要なFAQ・判断基準・例外条件だけを整える。

役割を分担する。 AI担当を一人に背負わせない。業務を知る人、設計する人、セキュリティを見る人、評価する人。役割を分けておく。

これは全部、昔から優秀なPMや管理職がやってきたことでもある。AI時代に突然現れた能力ではない。AIによって、仕事のできる人が暗黙にやっていたことが、可視化されただけなのだと思う。

PMとしての教訓:構造を変える方が、人に気合を入れさせるより、ずっと再現性が高い。

エピローグ|渡せる仕事だけが、残る

AIエージェントは、人間の代わりに仕事をしてくれる。たぶん、それは本当だ。

だが、どの仕事を、どこまで、何を見て、どこで止まり、誰に戻すのか。これを決める仕事は残る。むしろ増えるかもしれない。

あのとき、失敗したプロジェクトで、現場の誰かにこう聞かれたことを覚えている。

「この仕事、AIに任せていいんですか」

あの日、私は答えられなかった。今なら、こう聞き返すと思う。

「その仕事、私に説明できますか」

説明できる仕事だけが、AIにも、人にも渡せる。

曖昧なままの仕事は、便利な道具が増えても、曖昧なままだ。

優しいまま、壊れない。

関連記事

▼ AI担当者一人への孤立・属人化を防ぎ、現場・設計・セキュリティの仲間と連携するために
仲間がいないと、たどり着けない世界がある
https://note.com/quiet_emu2080/n/n7f82e4d646bb

▼ ツールに使われず、「目的と境界線を決める編集長」としてAIと向き合い続けるために
AIを使い続けた3年間の正直な記録
https://note.com/quiet_emu2080/n/n8a9843349c9a

▼ 丸投げではなく、境界線と役割を設計して成果を最大化するプロデュース論
PMおじさんが,指原莉乃から学んだマネジメント論
https://note.com/quiet_emu2080/n/n6f7b6c4c7c67

▼ マガジン|現場PMの実践ノート(無料記事・思考法)
https://note.com/quiet_emu2080/m/mb3eda5b30688

▼ マガジン|AI活用実験室
https://note.com/quiet_emu2080/m/m79242a34a2cb

▼ マガジン|人物で読む、長期残存価値シリーズ
https://note.com/quiet_emu2080/m/me8d794a161df

問題は、人ではない。
構造が、人をそう動かしている。
だから構造が見えた瞬間、人は少しだけ、自分を許せる。
人を責めるより、構造を見る。今日も、少し優しくなれる。

©shiraco|PMPおじさんの実践ノート @NoteCcm42090

いいなと思ったら応援しよう!

shiraco よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!

この記事が参加している募集