休むことに罪悪感があるあなたへ——20年PMが教える「何もしない場所」の構造化
こんな方に読んでいただきたい
仕事や家庭でずっと役割を背負い続け、「何もしない時間」にまで罪悪感を持ってしまう人。特に、PM・管理職・コンサルとして責任を背負い、「もっと頑張らなければ」と考えてしまう人、休んでいても仕事のことを考えてしまう人、50代になりこれからの働き方・生き方を考え始めた人。
発信すればするほど疲れる。頑張れば頑張るほど、休み方が分からなくなる。
そんな人に、深夜の喫茶店の話をしたい。
24時間営業の喫茶店は、なぜ人を救うのか——20年PMが考えた「居場所」の構造
プロローグ
正直に言う。
最近、24時間営業の喫茶店が気になっている。
別に、夜中にコーヒーを飲み歩きたいわけではない。むしろ逆だ。
「なぜ、そこに人がいるのだろう」
ということが気になった。
深夜1時。街は少し静かになっている。会社は閉まっている。普通のカフェも閉まっている。家に帰っている人も多い。
それでも、明かりがついている喫茶店がある。
そこには、一人で新聞を読んでいる人がいる。スマホを眺めている人がいる。誰かと話している人がいる。仕事をしている人もいる。そして、たぶん何もしていない人もいる。コーヒーを一杯頼んで、ただ座っている。
私は、この「ただ座っていられる」ということが、実はものすごく大切なのではないかと思うようになった。
今は違う。
20年、プロジェクトを管理し、成果と期限に追われてきたからこそ、この「何もしなくていい時間」の価値に、逆に気づかされた。
20年現場にいて、結局そこに戻ってくるのである。
第一章 24時間営業の喫茶店は、コーヒーを売っているだけではない
新宿には「珈琲貴族エジンバラ」という老舗喫茶店がある。
公式サイトによれば、新宿三丁目駅から徒歩30秒ほどの場所で、年中無休・24時間営業。サイフォン式のコーヒーを提供し、店内には本棚があり、無料Wi-Fiや電源も用意されている。
つまり、単に「夜中でもコーヒーが飲めます」という店ではない。そこには、
「少しここにいていい」
という空間がある。
名古屋にも、24時間営業で知られる「喫茶レストランかかし」がある。こちらは北区金城にあり、現在の案内では火曜から日曜が24時間営業、月曜は午前7時まで営業して火曜午前6時から再開する形になっている。昭和の喫茶店らしい雰囲気を残しながら、深夜にも人が訪れる店だ。
大阪のアメリカ村にも、24時間営業の喫茶店「とまと」がある。こちらも、深夜の街で過ごす人たちにとって、一つの居場所になっている。
もちろん、営業時間や営業形態は変更される可能性がある。だから、ここでは「24時間営業の店を紹介したい」のではない。私が考えたいのは、
なぜ、24時間営業という仕組みが、これほど長く必要とされているのか。
ということだ。
第二章 夜中にコーヒーを飲む必要なんて、本当にあるのか
冷静に考えてみる。
コーヒーならコンビニでも買える。自宅でも飲める。スマホもある。動画もある。音楽もある。オンラインで誰かと話すことだってできる。
それなのに、人はわざわざ喫茶店に行く。しかも深夜に。なぜだろう。
私は、「人間には、自宅でも職場でもない第三の場所が必要だから」なのではないかと思っている。
家には家の役割がある。職場には職場の役割がある。でも、そのどちらにも当てはまらない時間がある。
仕事が終わった。でも、まだ家に帰りたくない。誰かと話したい。でも、居酒屋に行くほどではない。一人になりたい。でも、部屋に閉じこもりたいわけではない。考え事をしたい。でも、仕事として考えたいわけではない。
こういう、名前のつかない時間がある。24時間営業の喫茶店は、その時間を受け止めてくれる。
第三章 「何もしなくていい場所」は、実は贅沢なのかもしれない
私たちは、何かをしないと落ち着かなくなっている。
仕事をする。勉強する。情報収集する。SNSを見る。本を読む。資格を取る。副業をする。AIを使う。生産性を上げる。そして、「今日は何を達成した?」と自分に聞く。
これは、PMを20年やってきた私には特に身近な感覚だ。
プロジェクトには目的がある。成果物がある。期限がある。課題がある。リスクがある。アクションアイテムがある。会議をすれば議事録を残す。問題が出れば課題管理表に登録する。何かを決めれば意思決定ログに残す。
つまり、何をしたかを説明できることが、仕事では重要になる。
ところが人生まで、それをやってしまうと疲れる。「今日は何を生産した?」「何を学んだ?」「何を成長させた?」「何時間を有効活用した?」そんなことばかり考えていたら、休んでいるのに休めない。
だから私は最近、「何もしなくてもいい場所」には、それ自体に価値があるのではないかと思っている。
第四章 24時間営業という「構造」がすごい
ここで、PMの悪い癖が出る。私はどうしても「構造」で見てしまう。
24時間営業の喫茶店を、サービスとして考えてみる。普通の店は、「営業時間」という制約を設ける。朝から夜まで。それが一般的だ。ところが24時間営業の店は、その制約を一つ外す。すると何が起きるか。
利用者が、「この時間に行っても大丈夫かな」と考えなくてよくなる。ここが大きい。
普通のサービスでは、「営業時間に合わせてください」となる。でも24時間営業は、「あなたの時間に合わせます」に近い。
夜勤の人。早朝に動く人。終電後の人。夜行バスを待つ人。仕事が遅くなった人。朝まで眠れない人。誰かと話したい人。一人になりたい人。それぞれ生活時間が違う。でも店側は、「あなたは何時の人ですか?」と聞かない。ただ開いている。これがいい。
社会には、暗黙の標準時間がある。朝起きる。会社へ行く。昼休み。夕方帰る。夜ご飯。寝る。もちろん、これは多くの人にとって便利なリズムだ。でも、全員がそうではない。
夜勤の人もいる。交代勤務の人もいる。クリエイターもいる。経営者もいる。医療関係者もいる。運送業の人もいる。飲食店で働く人もいる。そして、単純に夜型の人もいる。
人生には、いろんな時間軸がある。だから、「普通の時間に生きられない人」のための場所が必要になる。24時間営業の喫茶店は、そんな人たちを静かに受け入れている。
第五章 「誰にも説明しなくていい」という価値
そして、もう一つ大事なことがある。「誰にも説明しなくていい」ということだ。これが私は好きだ。
喫茶店では、「なぜここにいるんですか?」と聞かれない。「何をしているんですか?」とも聞かれない。「もっと頑張った方がいいですよ」とも言われない。
コーヒーを注文すれば、それでいい。あとは座っていればいい。本を読んでもいい。スマホを見てもいい。仕事をしてもいい。ぼーっとしてもいい。誰かと話してもいい。そして、帰りたくなったら帰ればいい。
最近、「心理的安全性」という言葉をよく聞く。でも私は、少し難しく考えすぎているような気がする。
心理的安全性というと、「会議で自由に発言できる」「失敗を責められない」「上司に意見を言える」などを想像する。もちろん、それは大切だ。でも、そのもっと手前に、「ここにいても怒られない」という感覚があるのではないか。
24時間営業の喫茶店には、それがある。もちろん、店にはルールがある。料金も払う。他のお客さんへの配慮も必要だ。何をしてもいいわけではない。でも、「ここにいていい」という基本的な安心感がある。
私は、これが「居場所」の最小単位なのではないかと思う。
第六章 PMを20年やってきて分かった「居場所」の重要性
プロジェクトには、必ず人がいる。PMとして長く仕事をしていると、いろんな人を見る。
ものすごく優秀な人。仕事はできるけれど、疲れ切っている人。何でも抱えてしまう人。会議で一言も話さない人。いつも怒っている人。何を言っても否定される人。逆に、何を言っても受け止めてくれる人。
そして、不思議なのは、人は「能力」だけでは動かないということだ。
同じ人でも、安心できる場所ではよく話す。安心できない場所では黙る。任せてもらえると動く。監視されると萎縮する。失敗してもいいと思えると挑戦する。失敗したら怒られると思うと、何もしなくなる。
つまり、人間の行動は、本人の能力だけでは決まらない。環境によって変わる。だからPMの仕事は、タスクを管理することだけではない。人が動ける構造をつくることだ。
ここで、今回の話がShiracoのテーマにつながる。私はこれまで、「人を責めるより、構造を見る。」と何度も書いてきた。
上司がやばい。部下が動かない。会議が長い。AIが使えない。仕事が終わらない。そういうとき、「この人が悪い」で終わらせない。なぜ、そうなっているのかを見る。
今回も同じだ。「寂しい人がいる」と考えるだけではなく、「なぜ、この人は安心していられる場所を必要としているのか」を見る。
すると、家でもない。職場でもない。飲み屋でもない。図書館でもない。ホテルでもない。でも、確かに必要な場所が見えてくる。それが、深夜の喫茶店なのかもしれない。
第七章 「居場所」は、人生のバッファなのかもしれない
PMには「バッファ」という考え方がある。予定どおり進めば、何も問題はない。でも現実には、必ず何か起きる。だから余白を持つ。時間のバッファ。予算のバッファ。リソースのバッファ。
人間も同じなのではないか。ずっと、仕事。家庭。責任。成果。成長。という本番環境だけで生きていたら、どこかで壊れる。だから、「何もしなくていい時間」というバッファが必要になる。そして、「何もしなくていい場所」も必要になる。
24時間営業の喫茶店は、そのバッファになっているのかもしれない。
私はこう考えるようになった。喫茶店は、コーヒーを飲む場所。それだけではない。誰かと話す場所。それだけでもない。仕事をする場所。それだけでもない。
喫茶店とは、「自分の時間を取り戻す場所」なのではないか。
会社にいるときは会社員。家庭に帰れば家族の一員。会議に入ればPM。顧客の前ではコンサルタント。でも、喫茶店に一人で座ったときだけは、ただの自分でいられる。何者でもなくていい。成果もいらない。役職もいらない。肩書きもいらない。コーヒー一杯分のお金を払って、「今日はここにいる」それだけでいい。
第八章 50代になって、少し分かってきたこと
若い頃は、「どこへ行くか」ばかり考えていた。昇進したい。仕事ができるようになりたい。資格を取りたい。経験を増やしたい。もっと大きな仕事をしたい。それはそれで必要だった。20代、30代なら、どんどん増やせばいい。経験を増やす。知識を増やす。人脈を増やす。仕事を増やす。できることを増やす。
でも、50代になって少し違ってきた。今は、「どこへ行くか」だけではなく、「どこで休むか」も大事だと思う。
何をするか。だけではなく、何もしない時間をどこにつくるか。誰と付き合うか。だけではなく、誰とも付き合わない時間をどう持つか。何を学ぶか。だけではなく、情報を入れない時間をどう確保するか。成長する。だけではなく、壊れない。これも、立派な戦略なのだと思う。
もし最近、少し疲れているなら。以前ほど頑張れないなら。昔ほど仕事に燃えないなら。それをすぐ、「自分が衰えた」と考えなくてもいいと思う。
もしかすると、今までずっと本番環境で走ってきたから、バッファが必要になっただけかもしれない。
人間だって、サーバーと同じだ。ずっとCPU使用率100%で動かしていたら、いつか止まる。なのに私たちは、「もっと頑張れ」と言ってしまう。
いやいや。まず負荷を下げよう。ログを見よう。不要なプロセスを止めよう。メモリを解放しよう。そして、再起動しよう。……PMを20年やっていると、人生までIT用語で考えるようになる。これは職業病である。
第九章 今日、あなたの「24時間営業の喫茶店」を一つ持ってほしい
別に本当に24時間営業の喫茶店でなくてもいい。大事なのは、「ここに行けば、自分に戻れる」という場所を一つ持つことだ。
近所の喫茶店でもいい。公園でもいい。図書館でもいい。散歩道でもいい。車の中でもいい。お気に入りのベンチでもいい。
そして、そこで何かを達成しようとしない。本を読まなくてもいい。勉強しなくてもいい。仕事をしなくてもいい。AIを使わなくてもいい。SNSを投稿しなくてもいい。ただ座る。コーヒーを飲む。外を見る。それでいい。
今日の5分実験
Shiracoの記事は、読んで終わりにしたくない。だから、今日できることを一つだけ。
スマホのメモを開く。そして、「自分の居場所はどこだろう?」と書いてみる。次に、「そこでは、何をしなくていい?」と書く。
仕事をしなくていい。誰かに気を遣わなくていい。成果を出さなくていい。説明しなくていい。そんな答えが出てきたら、それは結構大事な場所かもしれない。
もし、そんな場所がなければ。今週、一つ探してみればいい。完璧な場所じゃなくていい。「なんとなく落ち着く」くらいでいい。
今回、24時間営業の喫茶店について調べていて思った。人は、ずっと走り続けるから前に進めるわけではない。戻れる場所があるから、また走れる。
これは仕事でも同じだ。失敗したときに戻れる場所。弱音を吐ける場所。何者でもなくていい場所。「今日はもういいや」と言える場所。そういう場所がある人は、意外と強い。
だから、「強くなろう」としなくてもいい。むしろ、「戻れる場所をつくろう」と考えた方がいい。
エピローグ──コーヒー一杯分の余白
24時間営業の喫茶店には、いろんな人がいる。
夜中に仕事を終えた人。これから仕事に向かう人。友達と話している人。一人で新聞を読む人。スマホを見ている人。何かを書いている人。そして、何もしていない人。
きっと、店員さんから見れば、「いろんなお客さんがいるな」くらいなのだろう。でも、その人にとっては、その一杯のコーヒーが、一日の切り替えだったりする。仕事から自分に戻る時間。孤独から少し離れる時間。誰かと話す時間。何も考えない時間。また明日を迎えるための時間。
そう考えると、たった一杯のコーヒーも、少し違って見える。
私は20年間、プロジェクトを管理してきた。計画を立てた。課題を潰した。リスクを管理した。人を動かした。問題を解決した。
でも、最近思う。人生には、管理しなくていい時間も必要なのだ。何かを達成しなくていい。誰かに勝たなくていい。成長しなくてもいい。ただ、「ここにいていい」と思える時間があればいい。
そして、少し休んだら。また歩けばいい。また仕事をすればいい。また挑戦すればいい。また失敗すればいい。また直せばいい。その繰り返しでいい。
だから私は、24時間営業の喫茶店を見ると、少し安心する。世の中にはまだ、「急がなくていい場所」が残っている。それは、思っている以上に大切なことなのかもしれない。
コーヒー一杯分の余白。その余白があるから、人はまた前を向ける。
優しいまま、壊れない。それもまた、人生の立派な構造なのだと思う。
参考にした店舗情報について 本稿では、24時間営業の「居場所」というテーマを考える具体例として、新宿の珈琲貴族エジンバラ、名古屋の喫茶レストランかかし、大阪・アメリカ村の「とまと」を参照した。営業時間・設備などは変更される可能性があるため、実際に訪問する場合は各店舗の最新情報を確認してほしい。
Shiraco|構造学。 人を責めるより、構造を見る。 仕事も。家庭関係も。AIも。人生も。 問題が起きたとき、誰かを責める前に、「なぜ、そうなる構造になっているのか」を考えてみる。そして、必要なら一つだけ構造を変える。それでいい。 優しいまま、壊れない。
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構造学。──人を責めず、構造を見る。
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