昔の曲を聴きたくなる理由とは?「過去に浸る罪悪感」を整える思考の構造
土曜の夜、Spotifyを開いた。
とくに理由はなかった。ただ、なぜか無性に、昔好きだった曲が聴きたくなった。
Queen。Billy Joel。Guns N' Roses。Yngwie Malmsteen。Eric Carmen。
指が、勝手に検索窓を打っていた。
イントロが流れた瞬間、あの頃の空気が、部屋の中にふわっと戻ってくる。
不思議だった。曲は何も変わっていないのに、聴いた瞬間、当時の匂いや温度まで思い出せる気がした。
でも、3曲目くらいで、ふと手が止まった。
「また、昔に浸ってる」
そう思った瞬間、少しだけ嫌な気分になった。
懐かしむということは、今が、昔ほど楽しくないと認めることなんじゃないか。そんな気がして、プレイリストを閉じかけた。
第一章:テスト期間の後の、カラオケ
思い出していたのは、学生時代のことだった。
テスト期間は、勉強だけに集中する。終われば、友達とカラオケに直行する。
お金もなかった。将来のことも、何一つ決まっていなかった。
それでも、毎日が単純に楽しかった。
当時付き合っていた相手には、「もっと大人になってね」と、よく笑われていた。
今思えば、本当にただのアホな青年だったと思う。
でも、それでよかった、とも思う。
第二章:最近、胃が痛い
一方で、今の自分は、少し疲れている。
夕方になると、頭が回らない日が増えた。理由は、はっきりしない。夏の暑さなのか、単純に年齢なのか。
以前なら、徹夜明けでも平気だった仕事が、今は無理をすると翌日にしっかり響く。
そういう自分の身体の変化を感じるたびに、「もう若くないんだな」という事実を、静かに突きつけられる。
第三章:同期との、久しぶりの電話
先週、大学時代の同期と、久しぶりに電話で話した。
彼も似たようなことを言っていた。
「最近、なぜか昔の曲ばっかり聴いてるんだよね。でも、なんか、これでいいのかなって思う時あるよ。前向いてないみたいでさ」
自分とまったく同じことを考えている人がいる、と知って、少し安心した。同時に、その違和感の正体は、まだ誰にも言語化できていなかった。
第四章:バラバラに見えるが、共通しているもの
昔の曲を聴いて、後ろめたくなった夜。
体調の変化を感じて、若さの喪失を意識した瞬間。
同期の、「前を向いてないみたい」という言葉。
一見バラバラだが、並べてみると共通点がある。
「懐かしむこと」と「今を否定すること」を、無意識のうちに、同じ意味だと思い込んでいた、ということだ。
第五章:振り返り地点は、下山するための場所じゃない
先月、久しぶりに山登りをした。
途中、開けた展望スポットがあった。そこに立つと、自分がどこから登ってきたのか、麓の景色までよく見える。
面白いことに気づいた。
その場所に立ち止まる登山者は、誰も下山しようとはしていなかった。
みんな、しばらく景色を眺めたあと、また上を向いて、山頂の方へ歩き出していた。
振り返り地点は、戻るための場所ではない。
「自分が、ここまで歩いてきたのか」と確認して、また前を向いて歩き出すための場所だった。
そういうことだったのか。
自分が昔の曲を聴いていたのは、あの頃に戻りたかったからじゃない。
ただ、自分が今、どこまで歩いてきたのかを、確かめたかっただけだったのかもしれない。
同じ曲を聴きながら、当時は「夢」を重ねて聴いていた。今は、「人生」を重ねて聴いている。
歌は何も変わっていない。変わったのは、聴いている自分の方だった。
だから、あの曲は、何度聴いても、少しずつ違って聞こえる。
懐かしさに後ろめたさを感じる必要はなかった。それは「戻りたい」という感情ではなく、「ここまで歩いてきた」という、静かな確認作業だったのだ。
体調の変化に落ち込む必要もなかった。それもまた、今の自分の現在地を教えてくれる、一つの目盛りだった。
第六章:この構造は、音楽だけの話ではない
仕事へ
昔の炎上案件を振り返るとき、「あの頃は無我夢中だったな」と懐かしむことがある。それは過去に戻りたいのではなく、そこからどれだけ自分の判断基準が育ったかを確認する作業だ。振り返りを恥じる必要はない。
AIへ
AIが過去のデータを学習するのも、過去に留まるためではなく、今の判断精度を上げるためだ。人間の懐かしさも、本質的には同じ機能を持っているのかもしれない。
PMへ
長期残存価値のあるPMは、過去のプロジェクトの失敗を定期的に振り返る。それは過去に囚われているのではなく、現在地を測るために、意図的に振り返り地点に立っているだけだ。
人間関係へ
昔の友人と会って、当時の話で盛り上がることがある。それは、今の関係が薄いからではない。半径五メートルの中で、お互いがどれだけ歩いてきたかを、確認し合う時間なのだと思う。
キャリアへ
「昔はもっとがむしゃらだった」と感じることがあっても、それを劣化だと捉える必要はない。足し算より引き算という考え方に辿り着けたこと自体が、歩いてきた証拠だ。
人生へ
人生は編集である、という視点に立つと、懐かしさは「過去のシーン」を単に再生することではなく、「今の自分が、そのシーンをどう編集し直しているか」を確かめる作業だと分かる。
じゃあ、どうするか
今度、昔好きだった曲を聴くとき、こう自分に聞いてみてほしい。
「この曲を聴いて、"戻りたい"と思っているか。それとも、"ここまで来たんだな"と思っているか」
前者なら、それは今、少し休みたいというサインかもしれない。それはそれで、悪いことではない。
後者なら、それはもう、後ろめたく思う必要のない、健全な振り返りだ。
自分は今も、土曜の夜になると、あの頃の曲を聴く。
でも、もう手を止めて、プレイリストを閉じたりはしない。
同じ曲を、今の自分の耳で、最後まで聴く。
音楽は、過去へ戻るために聴くものじゃない。
今の自分が、どこまで歩いてきたのかを確かめるために聴くものなのかもしれない。
あなたが最近、無性に聴きたくなった曲はあるだろうか。
その曲は、あなたをどこへ連れ戻そうとしているのだろうか。それとも、どこまで来たかを、教えてくれているのだろうか。
人を責めるより、構造を見る。
今日も、少し優しくなれる。
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