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「いつかやろう」で30年過ぎた人へ|20年PMが教える「人生の優先順位」構造学

先月、実家の片付けを手伝っていたとき、押し入れの奥から、古いバイオリンのケースが出てきた。

中学の頃、少しだけ習っていた楽器だった。「いつかまた弾こう」と思いながら、東京に出てきて、そのまま30年が経っていた。

弦は緩みきり、弓の毛も茶色く変色していた。

「いつか」は、結局、一度も来なかった。

その帰りの新幹線で、ここ数週間、自分が考えてきたことが、急につながった気がした。

夏になって、なぜか無性に昔の洋楽を聴き返した夜。

昔読んだ本を読み返して、変わったのは本ではなく自分だったと気づいた日。

『モモ』を読み返して、時間泥棒の正体が、外からやってくる何かではなく、自分から差し出してしまう構造だと気づいた夜。

バラバラに考えてきたつもりだった。

でも、新幹線の窓に流れる景色を見ながら、それが全部、一つの問いに向かっていたことに気づいた。

自分は、限られた時間の中で、何を先に積んできたのか。

そして、何を「いつか」の箱に入れたまま、30年、放置してきたのか。



第一章:27歳、初めての大炎上案件で覚えた優先順位の重さ

思い出すのは、20代の頃に担当した、初めての炎上案件だった。

要件がまとまらないまま、スケジュールだけが先に決まっていた。全部やろうとすれば、確実に沈む状況だった。

先輩PMに泣きついたとき、こう言われた。

「全部積もうとするな。まず、船が沈まないために、何を土台に置くか決めろ」

当時は、その意味がよく分からなかった。とにかく全部こなさなければ、と思っていた。

結局そのとき、自分は優先順位をつけられないまま、全部を中途半端に進めた。案件は炎上したまま、なんとか着地はしたが、チームの何人かは疲弊しきって、翌年、会社を去った。

あのとき、自分がもっと早く「何を積まないか」を決められていたら、と今でも思う。

第二章:息子の入学式に出られなかった日

もう一つ、思い出す出来事がある。

10年前、大きな案件のカットオーバーと、息子の小学校の入学式が、同じ日に重なった。

「仕事は今この瞬間しかない。入学式はビデオで見ればいい」

そう自分に言い聞かせて、現場に残った。

案件は、無事にカットオーバーした。

でも、その夜、妻から送られてきた入学式の写真を見たとき、何とも言えない感覚があった。

案件は、その後もいくつも続いた。似たようなカットオーバーは、これから何度でもやってくる。

でも、息子の入学式は、あの日、あの一回きりだった。

「いつでもできること」と「今しかできないこと」を、あのとき、自分は取り違えていた。

第三章:『モモ』を読み返して分かったこと

数週間前、『モモ』を読み返したときのことだ。

作中の灰色の男たちは、人々に「時間を貯蓄しよう」と勧める。人々は効率よく働くほど、忙しくなり、会話や遊びを失っていく。

若い頃は、「時間は大切だ」という、それだけの教訓として読んでいた。

今読み返すと、違う箇所が引っかかった。

灰色の男たちに時間を差し出した人々は、誰も「奪われた」とは自覚していない。むしろ、自分から進んで、効率化に励んでいる。

これは、まさに自分がやってきたことだった。

炎上案件を効率よくこなすこと。会議を減らすこと。無駄を削ること。

そのすべてが、悪いことではなかった。ただ、削って浮いた時間を、「今しかできないこと」に積み直す作業を、自分はずっとサボっていた。


第四章:バラバラに見えるが、共通しているもの

昔のバイオリンを、30年放置していたこと。

炎上案件で、優先順位をつけられずに、チームを疲弊させたこと。

息子の入学式より、案件を選んでしまった日。

『モモ』を読み返して気づいた、時間の差し出し方。

一見バラバラに見えるが、並べてみると、共通点が一つある。

「いつでもできること」を優先し、「今しかできないこと」を後回しにし続けてきた、という構造だ。

第五章:船は、届いた順番で荷物を積まない

港で、貨物船に荷物が積み込まれる様子を見たことがあるだろうか。

船には、積める量に限りがある。喫水線を超えて積み込めば、船は沈む。

だからベテランの積み荷担当者は、届いた順番に積んでいくことは絶対にしない。

まず、船が沈まずにバランスを保つために、何を船底に据えるべきかを決める。それから、その上に、他の荷物を積んでいく。

順番を間違えると、たとえ全部の荷物が同じ船に乗ったとしても、航海の途中でバランスを崩し、転覆する。

そういうことだったのか。

自分がやってきたのは、「届いた順番」で人生に荷物を積み続けることだった。

目の前の案件、目の前の締め切り、目の前の忙しさ。それらは、届いた順に積まれていく。

でも、息子の入学式や、バイオリンを弾く時間のような、「今しかできないもの」は、届く順番が決まっていない。だから、いつも後回しにされ、結局、一度も船に積まれないまま終わっていく。

先輩PMが言った「まず何を土台に置くか決めろ」という言葉は、20年越しに、ようやく本当の意味で理解できた。

自分を責めなくていい。目の前の忙しさに対応すること自体は、間違っていなかった。ただ、船底に何を据えるかを、一度も真剣に決めてこなかっただけだ。


第六章:この構造は、時間だけの話ではない

仕事へ

炎上案件では、全部を同じ優先度で扱おうとするほど、船は沈みやすくなる。長期残存価値を左右するのは、何を船底に据えるかという最初の一手だ。

AIへ

AIは、届いた仕事を高速に処理することは得意だ。でも、「何を船底に据えるべきか」という優先順位の判断は、今のところ、人間が引き受けるしかない領域として残っている。

PMへ

WBSを組むとき、多くの人はタスクを時系列で並べる。でも本当に優れたPMは、まず「これが崩れたらプロジェクト全体が沈む」という土台のタスクから逆算して組んでいる。

人間関係へ

半径五メートルの中の大切な人との時間も、「いつでも会える」と思っているうちは、届いた順番の一番後ろに回され続ける。優しいまま壊れないためには、意識的に船底に据える必要がある。

キャリアへ

足し算より引き算、というのは、荷物を減らすことだけを指すのではない。何を船底に据え、何をその上に積むかという、順番の設計そのものを指している。

人生へ

人生は編集である。編集とは、何を先頭に置き、何を後回しにするかを決める作業だ。そしてその配置こそが、その人の人生の輪郭になる。


じゃあ、どうするか

「いつでもできること」と「今しかできないこと」を、月に一度でいいので、書き出してみてほしい。

多くの場合、「今しかできないこと」のリストは、驚くほど短い。子どもの成長する姿、親が元気なうちに交わせる会話、今のこの体調で挑戦できること。

その短いリストこそが、船底に据えるべき積み荷だ。

自分は今、手帳の一番上に、その短いリストを書くようにしている。案件のタスクは、その下に積む。

順番を変えただけで、不思議と、焦りが減った。

先月、実家から持ち帰った古いバイオリンは、今、自宅の壁に立てかけてある。

まだ弾いていない。でも今度こそ、「いつか」ではなく、来月の予定表に、その時間をもう書き込んだ。


時間は誰にでも平等に24時間ある。

違うのは、その24時間の、何を船底に据えるかだ。

そして、その積み荷の順番こそが、人生そのものになる。

あなたの船には今、何が土台として積まれているだろうか。

そして、まだ「いつか」の箱に入れたままの荷物は、何だろうか。

人を責めるより、構造を見る。

今日も、少し優しくなれる。


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