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「会社のため」がしっくりこないあなたへ──組織より人を選ぶのは、冷めたのではなく成熟である

正直に言う。

私は「組織のため」という言葉が、昔から少し苦手だった。

五十を過ぎた今でも、そうだ。

会議で「これは組織として重要だ」と言われるたび、心のどこかで小さく身構える自分がいる。

だからもし、あなたが同じ感覚を持っているなら。

そして、それを「自分は協調性がないのではないか」と密かに責めているなら。

先に言っておきたい。

それは欠陥ではない。

ただの仕様の違いである。


それは性格の問題ではなく、観測対象の問題である

人は時々、自分の価値観を「人格の良し悪し」で裁いてしまう。

組織への帰属意識が薄い自分を、薄情だと思う。

会社への忠誠心が湧かない自分を、冷たいと思う。

でも、これは温度の問題ではない。

何を観測対象に選んでいるか、という問題である。

組織を中心に置いて世界を見る人がいる。

人を中心に置いて世界を見る人がいる。

どちらが正しいという話ではない。

ただ、見ているレイヤーが違うだけだ。

組織に忠誠を誓う人は、組織という抽象を信じている。

人を大切にする人は、目の前の具体を信じている。

そして二十年、組織の中にいて分かったことがある。

抽象は、驚くほど簡単に書き換わる。

冷めたのではない。観測対象が、人だっただけである。


組織は揮発し、人は残留する

考えてみてほしい。

組織とは、何でできているのか。

会社名は変わる。合併すれば、昨日の社名は登記簿の中だけになる。

事業も変わる。主力商品が三年後に消えていることなど、珍しくもない。

上司も変わる。あなたを評価した人は、来期にはいないかもしれない。

部署も変わる。制度も変わる。

昨日まで「会社として最重要」と全員が連呼していた方針が、半年後には誰も口にしなくなる。

組織とは、絶え間なく書き換わり続ける、揮発性の高い変数の集合体だ。

メモリ上のデータのようなもので、電源が切れれば消える。

ところが、人との縁は違う。

炎上案件を、深夜まで一緒に乗り切った人。

自分が潰れかけたとき、黙って仕事を引き取ってくれた人。

顧客先で、何年もかけて信頼を積み上げた相手。

そういう縁は、会社が消えても、部署が解体されても、意外なほど長く残る。

転職しても、定年後でも、連絡が来る。

つまり、こういうことだ。

組織はフロー型注目であり、人はストック型信頼である。

組織は短期評価の単位であり、人は長期残存価値の単位である。

組織は会社の都合で消去できるが、人との縁は、誰の決裁も必要としない。

組織への帰属は財産ではない。人との縁こそが、消えない財産である。


「早く帰る」は怠惰ではなく、ポートフォリオの再配分である

もう一つ、しばしば誤解される感覚がある。

「仕事が終わったなら、早く帰ればいい」という感覚だ。

これを口にすると、若い頃は白い目で見られた。

やる気がない。組織に貢献する気がない。そう受け取られた。

でも、これも仕様の話である。

若い頃は、可処分時間のほぼ全量を仕事に投下していた。

それでよかった。資産が少ない時期は、一点集中で積み上げるのが合理的だからだ。

だが五十を過ぎると、人生のポートフォリオに気づく。

家族がいる。健康という、減価していく資産がある。

趣味があり、音楽があり、本があり、散歩があり、朝のコーヒーがある。

人によっては、推し活という、何より大切な投資先がある。

これらはすべて、仕事と並ぶ独立した資産クラスだ。

そして資産運用の鉄則は、一極集中を避けることである。

仕事という単一の銘柄に全資源を張り続けるのは、ポートフォリオとして危険だ。

仕事が終わったのに会社に居続けるのは、機会損失でしかない。

帰るのは、サボりではない。

人生という長期運用において、配分を最適化しているだけである。

「早く帰る」は逃げではない。人生全体の負荷分散である。


リモートかオンサイトか、という問いの立て方が間違っている

働き方の議論も、同じ構造の罠にはまっている。

「出社こそ正義」と言う人がいる。

「フルリモートこそ正義」と言う人がいる。

両者は延々と戦っている。

だが、二十年現場を見てきた人間からすると、この論争はどこかずれている。

本当に大事なのは、三つしかない。

成果が出ること。信頼関係が築けること。働く人が壊れずに続けられること。

リモートかオンサイトかは、そのための手段にすぎない。

ところが人間は、放っておくと手段を目的化する。

これは脳の省エネ仕様だ。

抽象的な目的を毎回考えるより、「出社か在宅か」という単純な二択に還元したほうが、考えるコストが低い。

だから本来の目的が忘れられ、手段の旗の取り合いになる。

正直に言えば、私はもうこの論争にあまり関心がない。

「この人たちが気持ちよく成果を出せるなら、場所はどっちでもいい」

その一点に尽きる。

ここで切り分けが要る。

手段にこだわるのと、目的にこだわるのは、まったく別の作業である。

目的にこだわる人ほど、手段には柔軟になる。

出社か在宅かは目的ではない。人が壊れずに成果を出すための、ただの設定値である。


組織人ではなく、職業人という生き方

ここまで読んで、気づいたかもしれない。

あなたは、組織人ではないのだ。

職業人なのだ。

組織人は、会社という器に忠誠を誓う。器が変われば、拠り所を失う。

職業人は、仕事への誠実さと、人との関係に拠って立つ。器が変わっても、軸はぶれない。

会社に尽くしたいのではない。

仕事に対して、誠実でありたい。

肩書のためではなく、一緒に働く人を裏切りたくない。

だから組織が揺れても、職業人はそれほど揺れない。

依存している対象が、会社ではないからだ。

そして職業人にとって、仕事は人生の一部門であって、人生そのものではない。

これは無責任なのではない。

むしろ、最も壊れにくい依存設計である。

組織という単一障害点に人生を預けないからこそ、組織が倒れても、その人は立っていられる。

組織人は会社と運命を共にする。職業人は、会社が沈んでも沈まない。


それは冷めたのではなく、何が残るかを学んだのである

面白いのは、価値観が年代で変遷してきたことだ。

二十代の私は、本気で「会社を良くしたい」と思っていた。

四十代の私は、少しすれて「会社なんてそんなもの」と思っていた。

そして五十代の今は、もう少し静かな場所に着地した。

組織より、人。

仕事より、人生。

正しさより、関係。

これを冷めたと評する人もいるだろう。

たしかに、若い頃の熱は失われた。

だが、ここでも切り分けが要る。

情熱を失ったのか、それとも、情熱を注ぐ対象を選び直したのか。

私の場合は、後者だった。

長い現場で、いくつもの組織が変わり、消え、生まれ変わるのを見てきた。

そのたびに「最後まで手元に残るのは何か」を、少しずつ学んだ。

残ったのは、組織ではなかった。

人だった。

冷めたのではない。

何が長期残存価値を持つのかを、二十年かけて測定し終えただけである。


ここで、念のため二重否定で締めておきたい。

組織を大切にする人を、責める必要はない。

組織への帰属に幸福を見出す人もいて、それは立派な生き方だ。

だが同時に、自分の「人を選ぶ」感覚を、過剰に正当化しすぎてもいけない。

人を中心に置く生き方にも、弱点はある。

合う人がいない環境では、急に拠り所を失う。

だから人に依存しきるのでもなく、組織に依存しきるのでもなく。

どちらも構造として把握し、運用する。

そこに、気合や根性ではなく構造として自分を運用するという中核がある。

「組織のために頑張れない自分」を責めるより、その構造を見ればいい。

あなたは薄情なのではない。

ただ、消えやすいものより、残るものを大切にしているだけだ。

それは欠陥ではない。

二十年、組織の理想と現実を往復してきた人間が、静かにたどり着く、一つの成熟である。

組織のために生きるのではない。

人を大切にしながら、優しいまま、壊れないこと。

それが、組織を選ばなかった人の、もう一つの誠実さである。


次回は、この「職業人」という生き方が、いざ組織を離れるときにどう効いてくるのか――会社という器を出ても立っていられる人と、器ごと崩れてしまう人を分ける構造について、書いてみたい。

気合や根性ではなく構造として自分を運用する。人を責めるより、構造を見る。自分を責めるより、構造を見る。優しいまま、壊れないこと。誰かに勝つ輝きではなく、自分を壊さず誰かを少し安心させられる光。短期評価ではなく長期残存価値である。

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