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SNSで人が去る理由は「文章の拙さ」ではない——立ち話を飛ばして玄関を開けようとする「誘導の構造」を解き明かす

この記事はこんな人へ

  • SNSのフォロワーは増えたのに、商品や記事が売れない

  • 毎日投稿しているのに、誘導すると人が去っていく

  • SNSを「集客の入口」として使っている

  • 「バズったのに、意味がなかった」と感じたことがある

フォロワーが増えるほど、売れなくなる——「集客」だと思っていたものの正体


プロローグ

正直に言う。

僕は昔、SNSを「集客の道具」だと思っていた。

noteを始めた頃。

戦略は、明快だった。

SNSで、人を集める。
そして、noteへ、誘導する。

シンプルな、じょうごの発想だ。

だから僕は、毎日、投稿した。

投稿の最後には、必ず、こう書いた。

「詳しくは、noteで」
「続きは、こちら」

フォロワーは、少しずつ、増えていった。

「よし、順調だ」

そう思っていた。

でも、あるとき、気づいた。

フォロワーは、増えている。

なのに、noteは、
ほとんど、読まれていなかった。

「なんで、だ」

こんなに、人を集めているのに。

まだ、答えは分からなかった。


第一章 「続きはnoteで」と、書き続けた僕

まず、僕自身の話をする。

僕は、投稿のたびに、誘導していた。

いい気付きを、少しだけ書いて、
「続きは、noteで」で、締める。

我ながら、うまい導線だと思っていた。

でも、ある日、フォロワーの一人が、
コメントで、こう書いてきた。

悪気は、なかったと思う。

「毎回、いいところで切れるんですね」

僕は、ドキッとした。

その人は、続けて、こう書いた。

「なんか、じらされてる感じがして」

僕は、何も、返せなかった。

僕は、価値を、渡していたつもりだった。

でも、相手からは、
「じらして、誘導してくる人」に、
見えていたのだ。


第二章 いきなり「家に来て」と言う人

まったく違う話をする。

昔、こんな人がいた。

知り合って、まだ間もないのに、
やたらと、距離を詰めてくる人。

一度、少し話しただけで、
「今度、うちに遊びに来てよ!」

悪い人では、なかった。

むしろ、親切だった。

でも、僕は、少し、引いてしまった。

「いや、まだ、そんなに知らないし……」

正直、警戒した。

一方で。

別の知り合いは、そうじゃなかった。

会うたびに、少しだけ、立ち話をする。

天気の話。
最近あったこと。
ちょっとした、失敗談。

それを、何度も、重ねた。

そして、半年くらい経った、ある日。

「今度、よかったら、うちで飲まない?」

僕は、迷わず、「行きます」と答えた。

同じ誘いなのに。

なぜ、一人には引いて、
もう一人には、すぐ頷いたんだろう。


第三章 売り込みの、電話

もう一つ、別の話をする。

以前、ある営業の電話を受けた。

相手は、名乗るなり、
いきなり、商品の説明を始めた。

「今なら、お得で」
「ぜひ、この機会に」

僕は、話を、ほとんど聞かなかった。

丁重に、断って、切った。

でも、同じ頃。

前の職場の、ある先輩から、連絡が来た。

先輩は、何も、売らなかった。

ただ、近況を聞いて、
僕の悩みに、少し、付き合ってくれた。

その、数ヶ月後。

先輩が、こう言った。

「そういえば、こういうの、あるんだけど」

僕は、即決で、頼んだ。

売り込んだ人からは、買わなかった。
何も売らなかった人から、僕は、買った。


ここまで、三つの話をした。

「続きはnoteで」を連発した、僕。
いきなり「家に来て」と言う人。
売り込みの、電話。

バラバラに見えると思う。

でも、僕はある日、気づいた。

全部、同じ、間違いをしていた。


第四章 「集客」だと、思い込んでいた

多くの人は、こう考える。

SNSは、集客の入口。
本命へ、誘導する、じょうご。

だから、とにかく、人を集めて、
本命へ、流し込めばいい、と。

僕も、そう信じていた。

でも、それは違った。

いや、正確に言おう。

SNSと本命は、
「集客」と「販売」の関係では、なかった。

人を「流し込む」対象だと思った瞬間、
相手は、それを、感じ取る。

「あ、この人、私を、誘導しようとしてる」

そして、心の扉を、閉じる。

じゃあ、SNSと本命は、
本当は、どういう関係だったのか。

まだ、核心には触れない。


第五章 立ち話を、重ねた先にしか、玄関はない

ここで、一つの比喩を出したい。

立ち話と、家に招くこと。

人間関係には、飛ばせない、距離の段階がある。

初対面の人を、いきなり、家には、上げない。

まず、道端で、立ち話をする。

天気の話。
ちょっとした、失敗談。

それを、何度も、重ねる。

そのうちに、
「この人は、こういう人か」と、人柄が、伝わる。

信用が、少しずつ、積み上がる。

そして——

信用が、ある高さを超えたとき、初めて、
「今度、家においでよ」が、成立する。

この順番は、飛ばせない。

立ち話をすっ飛ばして、
いきなり「家に来て」と言えば、
相手は、警戒して、去っていく。

そういうことだったのか、と僕は思った。

SNSは、集客の道具じゃなかった。

SNSは——立ち話をする場所だった。

人柄を、知ってもらう場所。
信用を、積み立てる場所。

そして、本命(note)は——家に招く場所だった。

じっくり、思想を、伝える場所。

僕が、読まれなかったのは、
立ち話の途中で、
毎回「うちに来て」と、言っていたからだ。

まだ、信用が、積み上がる前に。

だから、あの人は「じらされてる」と感じ、
あの営業電話を、僕は、切ったのだ。

そして——

あなたのSNSで、人が去っていくのは、
あなたの投稿が、つまらないからじゃない。

立ち話を、飛ばして、
玄関のドアを、開けようとしていたからだ。

売ろうとする、その気持ちが、
にじみ出て、いただけだ。

それは、あなたのせいじゃない。

「SNS=集客」と、
みんなが、教えてくるのだから。


第六章 構造は、一つだった

ここまで来ると、見えてくる。

これは、SNSだけの話ではない。

人間関係も、そうだった。
営業も、そうだった。

そして——AIの時代に、この構造は、もっと重くなる。

なぜか。

AIによって、「うまい文章」は、
誰でも、量産できるからだ。

立ち話の「内容」だけなら、
AIが、いくらでも、作ってくれる。

だから、これからは、
「何を言うか」だけでは、信用は、積み上がらない。

積み上がるのは、
「同じ人が、時間をかけて、言い続けたこと」だ。

昨日も、今日も、明日も。
同じまなざしで、立ち話を、重ねる。

その、時間の厚みだけが、信用になる。

これは、AIには、肩代わりできない。

信用は、コンテンツの量ではなく、
「関係を続けた時間」に、宿るからだ。

PMの現場でも、同じだった。

いきなり正論を言う人の話は、誰も聞かない。

でも、日々、小さな約束を守り続けた人の一言は、
みんなが、聞く。

半径五メートルの信用は、
毎日の、小さな立ち話の、積み重ねだった。

足し算で、フォロワーを増やすより、
一人ひとりとの、立ち話を、丁寧に重ねる。

売り込みを、引き算する。

急がなくていい。
巡航速度で、いい。

なぜなら、信用は、
急いで積むと、必ず、崩れるからだ。

でも、ゆっくり積んだ信用は、
一生の、長期残存価値になる。

構造は、一つだった。

SNSは、売る場所ではない。
人柄を知ってもらい、信用を積む場所だった。

売れなかったのは、
フォロワーが少ないからでも、
文章が下手だからでもない。

立ち話の場所で、
売ろうと、していたからだ。

順番を、飛ばしていた。
ただ、それだけだった。


第七章 じゃあ、自分ならどうする?

ここまで読んで、こう思ったかもしれない。

「わかった。じゃあ、売り込まずに、立ち話をしよう」

でも、待ってほしい。

ここに、最後の落とし穴がある。

「売り込まない立ち話」を、やろうとすると、
多くの人は、こう悩む。

「じゃあ、毎日、何を話せばいいんだ」

そして、
「役に立つ、いい話をしなきゃ」と、力んでしまう。

でも、立ち話は、
「役に立つ話」を、するところじゃない。

「人柄が、伝わる話」を、するところだ。

今日、気づいた、小さなこと。
うまくいかなかった、ちょっとした話。
ふと、心が動いた、瞬間。

立派じゃなくていい。

むしろ、少しの弱さや、日常のほうが、
人柄は、伝わる。

じゃあ、その「人柄が伝わる立ち話」を、
どうやって、毎日、続ければいいのか。

そして、どうやって、
それを、自然に「家(本命)」へ、繋げばいいのか。


最後の、一つのピース

ここまでで、90%は伝えられたと思う。

SNSは集客ではなく、立ち話の場所であること。
信用を積んだ先にしか、玄関はないこと。
立ち話は、立派さより、人柄であること。

でも、最後の一つ。

「あなたの人柄が伝わる、毎日の立ち話をどう設計するか」——
この一点だけは、あなたの日常からしか、生まれない。

  • 自分の投稿が「売り込み臭」を出していないか見るセルフ診断チェックリスト

  • 「立ち話(SNS)」と「家(本命)」の役割を仕分けるマトリクス

  • 毎日ネタに困らない、Shiraco式立ち話ネタの型(今日見つけた構造・小さな失敗など6種)

  • 売り込まずに本命へ繋ぐ動線フレーム(信用が積み上がってから招く設計)

答えは渡さない。

渡すのは、あなたが自分の立ち話を、
自分の言葉で続けるための、最後のピースだ。


エピローグ

あの、コメントを、今でも思い出す。

「毎回、いいところで切れるんですね」
「なんか、じらされてる感じがして」

あのとき、僕は、何も返せなかった。

今なら、分かる。

僕は、立ち話の途中で、
何度も、玄関のドアを、指差していた。

「うちに来て」「うちに来て」と。

まだ、名前も、覚えてもらう前に。

先日、僕は、やり方を、変えてみた。

SNSでは、もう、誘導しない。

ただ、毎日、
その日、気づいた、小さな構造を、
ぽつり、ぽつりと、つぶやくだけにした。

売り込みは、一切、やめた。

しばらくして。

ある人が、コメントもなしに、
そっと、僕のnoteを、買ってくれていた。

そして、こう、書いてくれた。

「毎日読んでたら、ちゃんと聞いてみたくなって」

僕は、その一言で、
ようやく、玄関の意味が、分かった気がした。

あなたが今、SNSでやっているのは、
立ち話だろうか。

それとも、まだ知らない相手の家の、
ドアを、叩いていないだろうか。

答えは、急がなくていい。

信用は、今日、一回の立ち話から、
ゆっくり、積み上がっていくのだから。

本記事を含む一連の記事は、書籍化を視野に入れながら執筆を続けている。

人を責めるより、構造を見る。

そうすれば、今日も少し、優しくなれる。


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