尾崎さんは魔法少女 第六話 尾崎さん、ごめんね…

 放課後になり、二人並んで尾崎さんちへと向かう道を歩いていた。
 尾崎さんちは住宅街の外れの方にあるみたいで周りには売り家と空き地が増え、人気があまりないさみしい景色になってきた。
 
「この先だよ」

「えっ、この先って…」

 愛実が指差したのは山へと続く坂道で、その先には心霊スポットとして語られている墓地しかない。無縁仏が集まっているそこは行くと呪われるらしい。
 なんの冗談だと思っているうちに愛実は足早に進んでしまい、あたしは息を切らせながらやっと追いついた。
 山の裾野に拓かれた墓地は夕陽に照らされ、朽ちかけた墓石から飛び立ったカラスが円を描くように頭上を飛び回り、不吉な鳴き声をこだまさせている。

「ちょっと、戻ろうよ愛実。こんなとこに家なんかあるわけないじゃん。鬼太郎じゃないんだし」

 崩れかけた墓石の群れを背にした愛実は口が耳元まで裂けたような笑みを浮かべて高笑いし、その後ろから巨大な女がムクリと起き上がった。
 純白のワンピース、足には花飾りのついたサンダル、頭には顔の大半を隠す麦わら帽子。絵に描いたような夏のお嬢さん。その格好だけなら。
 女の背丈は愛実の倍近くあり、千歳飴みたいに引き伸ばされた胴だけが異様に長い。それが普通の長さの顔と手足とアンバランスで、幼児の落書きみたいな不気味さがある。
 その姿をあたしは、ネットで見た都市伝説で知っていた。

「八尺(はっしゃく)様…?」

 やたらとデカい。白のワンピース。大きな帽子。特徴はだいたい合っている。だけどあれって、ただの創作物じゃないの。
 八尺様はこちらに顔を向けておらず空を見上げている。カラスの鳴き声に反応しているかのように。
 今なら逃げられそうだ。
 抜き足差し足忍び足で後退りしたものの、虚ろな目をして棒立ちしている愛実に気がついて足を止めた。
 ダメだ、愛実がどうしてこんなところにあたしを連れてきたのかわからないけど、ほうっておくわけにはいかない。
 
「愛実、逃げよう」

 足音を立てないようににじり寄り、小声で呼びかけて手を掴む。すると操り人形の糸が切れたかのように、愛実はドサッと音を立ててその場に倒れてしまった。

「愛実…!?」

「くうー…」

 慌てて抱き起こすと耳に安らかな寝息が聞こえ、目には天使の寝顔が飛び込んできた。愛実は見た目だけで言えば王道を往く黒髪ロングの清楚系美少女だ。眼福と呼ぶ他ない。
 平素ならじっくりねっとり眺めていたいところだか、今はとてもそんな余裕がない。
 なんせ八尺様のすぐ足元にあたしたちはいるのだから。
 八尺様は音に反応するおもちゃみたいに忙しなく顔を動かして愛実とあたしを向いた。麦わら帽子の下は影に塗りつぶされたみたいに顔がよく見えないのに、充血した目だけがギョロリと浮かび上がり、目と目が合った。
 凍りつく背筋。固まる足。震える体。
 黒いのっぺらぼうみたいな女の顔から真っ赤な唇が輪郭を現し、ゆっくりと弧を描き笑みの形に結ばれると奇怪な声を発した。

「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ」

 狂ったみたいに半濁音を発しながら、八尺様は背筋を折り曲げて迫ってくる。ヨガのポーズでもとるかのように、ゆっくりとした動きで。
 赤く濡れた手を真っ直ぐにあたしたちに伸ばしながら、死刑台のように迫ってくる。
 
「愛実!愛実起きて!早く起きないとヤバいって!」

 倒れた愛実の肩をガクガクと揺すり、頬をパンパンと容赦なく何度も張る。だけどだめだ、全然起きる気配がない。
 むしろちょっとよだれを垂らして頬を赤らめて、気持ちよさそうに見えるのは気のせいだろうか。小さく寝言でありがとうございますって言ってるのは、ぽぽぽを聞きすぎて気が狂いかけているあたしの幻聴だろうか。
 
「ねえ、マジで死んじゃうって愛実!お願いだから起きてよ!」

 八尺様の手はもう間近に迫っている。赤黒い爪の先がいびつに欠けているのがわかるほどの間近に。
 こうなったらあたしだけでも逃げ、いや、そんなことできるわけない。愛実を放っておけるわけがない。
 あたしは愛実の前に立って、両手を大きく広げた。こんなので守れるわけがないとわかっていても、何もしないでいられなかった。
 ああでも、怖い。思わず目を閉じてしまう。あの手に掴まれたらどうなっちゃうんだろう。絞られるのかな。レモンでも絞るみたいに、ギュッて。あげは100%ジュースになっちゃうのかな。って、最後に何をバカみたいなこと考えてるんだ、あたしは。
 ああどうしよう、手足の震えが止まんない。ああ、いやだ、いやだよ。
 言わなきゃいけないこと、あったのに。会って謝って仲直り、したかったのに。
 遠くからあの子の声が聞こえた気がして目を開くと、ぐしゃぐしゃに濡れた視界いっぱいに真っ赤な手と、影の中に浮かぶ歪んだ笑顔が見えた。
 どうせ最後なら、あの子の笑顔が、見たかったのに。

「尾崎さん、ごめんね…」

 最後の言葉をつぶやいた瞬間、ゴウと音を立てて桃の香りを引き連れた旋風が吹き抜けた。
 香りを目で辿ると魔法少女が茜空に舞い、矢のように真っ直ぐに八尺様に向かって飛んでいくのがスローモーションのように見えた。

「うおおおおぉぉぉ!」

 ビリビリと体が震えるくらいの咆哮が轟き、魔法少女は八尺様を思いっきりぶん殴った。

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