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チキン南蛮に正解はあるのだろうか|あたためますか?#260

私は藤堂みのり。内科医である。

なだらかなカーブが続く西環状道路。

緩やかな坂道がどこまでも続いている。

車で走れば気持ちがいいのだろう。

アクセルを踏めば、ついついスピードを出したくなるような道である。

しかし今の私にアクセルなどない。

自分の脚だけである。

「きつい……」

私は西環状道路の坂道を、スローペースで這い上がっていた。

荒くなった呼吸を、着地のリズムに合わせて何度も整える。

吸って。

吐いて。

吸って。

吐いて。

それでも苦しい。

ペースは決して速くない。

むしろ遅い。

それなのに坂道というだけで、平地を走るより何倍もきつく感じる。

なぜ私はこんな苦しいことをしているのだろう。

ふと思う。

大会で少しでも良い結果を出したいから。

最後までしっかり走れる脚を作りたいから。

健康のため。

体型維持のため。

理由ならいくらでも思いつく。

この苦しさも、いつか大会で役に立つのかもしれない。

そう自分に言い聞かせながら、一歩ずつ坂道を上っていく。

そして、ようやく坂道を走り終えた頃。

私の頭の中に浮かんだものがある。

達成感でもない。

大会でもない。

健康でもない。

チキン南蛮だった。

「チキン南蛮が食べたい」

なぜだろう。

猛烈に食べたい。

身体を鍛えるために苦しい坂道を走った直後に、頭の中を占領したのがチキン南蛮。

人間とは矛盾した生き物である。

いや。

私が食いしん坊なだけかもしれない。

帰宅する途中、私の頭の中はすでにチキン南蛮でいっぱいになっていた。

チキン南蛮。

この料理を嫌いな人は、あまりいないのではないだろうか。

弁当屋。

定食屋。

レストラン。

メニューを見ながら何を食べようか迷ったとき、とりあえずチキン南蛮を選んでおけば大きく外すことはない。

私はそう信じている。

もちろん私も大好物である。

これまで、それなりにいろいろな店のチキン南蛮を食べてきた。

衣が薄いもの。

厚いもの。

鶏もも肉。

鶏むね肉。

甘酢が強いもの。

酸味が控えめなもの。

タルタルソースがこれでもかとかかっているもの。

どれもそれぞれ美味しかった。

それでも好みはある。

私は断然、鶏むね肉派である。

そして衣は厚めがいい。

カリッと揚がった衣に甘酸っぱいタレが染み込み、その上からたっぷりのタルタルソース。

それを大きな口で頬張る。

想像しただけで幸せになれる。

では、もも肉のチキン南蛮は間違っているのだろうか。

もちろん、そんなことはない。

もも肉にはもも肉の美味しさがある。

柔らかくてジューシー。

もも肉派の人からすれば、

「チキン南蛮はもも肉だろう」

と言いたくなるかもしれない。

では、どちらが正しいのか。

むね肉か。

もも肉か。

私は走りながら真剣に考えた。

そして気づいた。

どうでもいい。

美味しければいいのである。

食べ物の好みに正解などない。

むね肉が好きなら、むね肉を食べればいい。

もも肉が好きなら、もも肉を食べればいい。

タルタルソースを山ほどかけてもいい。

甘酢だけで食べてもいい。

誰にも迷惑をかけない。

好きなように食べればいいのである。

そんな当たり前の結論にたどり着いた。

それなのに私は、さらに考える。

チキン南蛮をどこから食べるか。

これも重要な問題である。

私は迷わない。

ど真ん中である。

端から順番に食べるなどという上品なことはしない。

一番肉厚で、一番美味しそうなところから食べる。

私は好きなものを最初に食べる人間だ。

子どもの頃には、好きなものを最後まで残しておく人もいた。

気持ちは分かる。

最後のお楽しみなのだろう。

しかし私は違う。

最後まで残しておいて、何かあったらどうする。

突然お腹いっぱいになるかもしれない。

誰かに食べられるかもしれない。

箸から落としてしまうかもしれない。

人生、何が起こるか分からない。

だったら、一番美味しいものは一番美味しい状態で食べた方がいい。

我ながら完璧な理論である。

もっとも、チキン南蛮の食べ方から人生論を語っている時点で、だいぶ疲れているのかもしれない。

走り終えた私は、帰宅する前に近くの定食屋へ寄った。

注文するものは決まっている。

チキン南蛮。


料理が運ばれてくる。

目の前に置かれた瞬間、私は少し嬉しくなった。

こんがり揚がった鶏肉。

その上には甘酢。

タルタルソース。

玉ねぎと野菜も添えられている。

「これだ」

私は箸を持った。

さて。

どこから攻めるか。

もちろん決まっている。

ど真ん中。

一番肉厚で、一番美味しそうな一切れをつかむ。

甘酢をまとった衣。

鶏肉。

そこにタルタルソースを少し絡める。

口へ運ぶ。

「うまい」

これである。

甘酸っぱいタレが染み込んだ衣。

その中から鶏肉の旨味が出てくる。

そこへ濃厚なタルタルソース。

坂道を走った後ということもあり、いつも以上に美味しく感じる。

私は白米を口へ運んだ。

最高である。

世の中には、正解を求められることがたくさんある。

私も医者として働いていれば、判断を求められることがある。

曖昧では済まされないことだってある。

大人になれば、仕事だけではない。

お金。

人間関係。

家族。

将来。

あれは正しかったのだろうか。

別の選択をした方が良かったのではないか。

私たちは何かあるたびに、正解を探そうとする。

でも、すべてのものに正解が必要なのだろうか。

少なくともチキン南蛮には必要ない。

むね肉でもいい。

もも肉でもいい。

衣が厚くてもいい。

薄くてもいい。

タルタルソースをたっぷりかけてもいい。

真ん中から食べてもいい。

端から食べてもいい。

自分が美味しいと思ったものを、美味しいと思える。

好きなものを、好きだと言える。

案外、そんな単純なことが幸せなのかもしれない。

私は残ったチキン南蛮を眺めた。

次はどれを食べよう。

少し考える。

そして、また真ん中に近い肉厚な一切れをつかんだ。

人生について考えるのは、もういい。

今はチキン南蛮に集中しよう。

少なくとも、それだけは間違いなく正解だった。
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