「我慢しすぎる人」が壊れる前に、聞いてほしいわたしの話

仕事を辞めて、少し時間が経ちました。
いま振り返ると、あの職場での毎日は「つらかった」と一言で言い切れるものではなかった気がします。

大きなトラブルがあったわけでも、誰かに強く責められたわけでもない。
だからこそ、どこが苦しかったのか、自分でも長いあいだ分かりませんでした。

ただ、気づいたときには、心も身体も、ずいぶん疲れていました。


職場で積み重なっていたもの

仕事の中で、私はずっと「我慢」をしていました。

・空気を読むこと
・相手の機嫌を先回りして考えること
・自分のペースより、周囲に合わせること
・違和感があっても、波風を立てない選択をすること
・メンタルケアの資格保有者の私が、弱音を吐けないという思い込み

一つ一つは、小さなことです。
でも、それが毎日、毎日、少しずつ積み重なっていく。

「これくらい普通」
「私が気にしすぎなだけ」

そうやって自分に言い聞かせながら、本当は無理をしている感覚を、何度も押し込めていました。


身体の変化は、ある日突然やってきた

ある時期から、体に変化が出始めました。

理由もなくイライラしたり、疲れているのに眠れなかったり、
家族との会話が、急にしんどくなったり。

「気のせいだろう」
「もう少し休めば大丈夫」

そう思おうとしましたが、身体は正直で、だんだん言うことを聞かなくなっていきました。

いま思えば、あれは身体からの、かなり分かりやすいサインだったのだと思います。


辞めてから分かったこと

仕事を辞めて、ようやく気づきました。

私は怠けたかったわけでも、逃げたかったわけでもなく、
ただ 「これ以上、自分をすり減らし続けられなかった」 だけだったのだと。

長いあいだ我慢してきた人ほど、辞めたあとに一気に疲れが出ることがあります。

何もする気が起きなかったり、自由な時間があっても、ぼんやり過ごしてしまったり。

それは後退ではなく、やっと安全な場所で力を抜けた証拠なのかもしれません。


いま、回復の途中にいます

いまの私は、以前のようにバリバリ動けるわけではありません。
でも、少しずつ、自分の身体と心の声を聞く練習をしています。

・5分だけストレッチをする。
・温かい味噌汁を作る。
・今日はこれで十分だと、自分にOKを出す。

以前なら「そんなことで?」と思っていたことが、いまはとても大切なことに感じられます。


同じように感じている人へ

もしこの文章を読んで、「自分も同じかもしれない」と感じた人がいたら・・・。

あなたが感じている疲れや違和感は、決して気のせいではありません。

我慢し続けた結果、動けなくなることはあります。
それは弱さではなく、人として自然な反応です。

立ち止まることにも、意味があります。
意味は、あとから静かにやってくるものかもしれません。


最後に

いまはまだ、先のことは分かりません。
でも、少なくとも私は、「自分を壊さない選択」を一つ、選ぶことができました。

それだけで、今日は十分だと思っています。