森に還った駅-標津線・光進駅跡
北見から津別峠を越え、左手に屈斜路湖を見送りながら、弟子屈の街を抜けて別海町に入る。西春別が近くなった頃、ふと、このあたりは標津線の廃線跡があったのではないか、と思った。Google マップを開くと、光進駅跡、という小さな地点が見つかった。
光進駅は1962年(昭和37年)に仮乗降場として開業し、1967年に駅へ昇格した、泉川駅と西春別駅の間にあった小さな無人駅である。駅員は配置されず、単式ホームが一面あるだけの簡素な造りだったという。1989年(平成元年)4月30日、国鉄分割民営化を経て JR 北海道に引き継がれていた標津線が全線廃止となり、光進駅もそのまま姿を消した。駅名は、この土地の集落名「泉川光進」から取られたものだ。現在は別海町の歴史文化遺産に指定され、ホームと駅名標が当時の姿のまま残されている。

国道から細い未舗装路に入り、防風林に挟まれた道をしばらく進むと、白い駅名標がぽつんと立っているのが見えた。鉄道の駅というより、林の中の道標のような佇まいだった。

駅名標には、こうしん、と平仮名で書かれ、その下に「光進」と漢字、さらに下に「KŌSHIN」とローマ字。両隣の駅名は「にししゅんべつ」と「いずみかわ」。どちらも今はもう、駅としては存在しない。
駅名標の足元から、ホームがまっすぐ奥へ伸びていた。鉄骨に支えられたコンクリートの簡素な造りで、線路側には錆びついた手すりが残っている。簡素なつくりの割にホームは長く、林の奥までまっすぐ伸びていた。
ホームの反対側には、トドマツの防風雪林がまっすぐに整列していた。守るべき線路はもうないのに、列車を雪と風から守るために植えられた林だけが、当時のままの姿勢で並んでいる。線路があったはずの場所は、落ち葉と下草に覆われた一筋の通路になり、緑のトンネルのように奥へ続いていた。
ホームの上は、苔とクローバーが一面に広がり、白樺の若木がコンクリートの縁にすり抜けるように生えていた。人工物がゆっくりと森に呑まれていく、その途中の姿だった。

「光進」という前向きな名前と、森に還りつつある姿は、本来なら正反対のはずだ。それなのに、この場所に立っても悲壮感はなく、むしろ、ここに駅をつくり、この名前をつけた当時の人たちの優しさのほうが、林の奥から静かに伝わってくるように感じられた。光進駅は廃駅になったけれど、「光進」という気持ちのほうは、たぶんまだ廃れていない。
📍 北海道野付郡別海町泉川
🚗 西春別から車で約6分
🅿️ なし
⚠️ ヒグマ出没に注意
