見出し画像

石瓦を被った古城

群馬県を最後に全都道府県を制覇した。
ちょうど1年前のことである。
毎年のように訪れる土地もあれば、
随分と訪れていない土地もある。

2026年は過去3年で行っていない県に積極的に行こうと思い至った。
大分県、高知県、徳島県、福井県、茨城県の5県が対象となる。

さて、今回訪れたのは「福井県」である。小学生のキャンプで来たとき以来、およそ20年ぶりの訪問になる。

訪問先に迷ったら、城か寺社と決めているので、「丸岡城」に行ってみた。
北陸唯一の現存十二天守である「丸岡城」は、私にとっては10個目の現存天守だ。
バスを降りると、形の不揃いな石を積上げた石垣の上に建つ小さな城が目に入ってきた。

丸岡城の最大の特徴は地元の石を加工した石瓦で葺かれた天守を持つことであろう。
現存十二天守で2番目の小ささだが、天守に120トンの石瓦が乗っている。
何故、建物を圧迫するような重たい石瓦を小さな天守に乗せようとしたのだろう?

築城当初は板葺だったという。
しかし板葺は雨や雪で腐りやすいので、頻繁なメンテナンスを要求した。
丸岡藩は小藩であり、財政は常に逼迫していた。

そこで葺いてしまえば腐ることの無い重い石を天守に乗せるべく、笏谷石(しゃくだにいし)を採用した。
この石は耐寒性が高く割れにくい特徴を持ち、地元で採石可能だったために輸送コストが安く済んだ。

城内部は石瓦を支えるための柱が多く、階段もロープが無ければ登れない急勾配であり、長居をしたいと思えない程の圧を天井から感じた。
天守から外の景色を眺めてみると、城より高い建物は殆ど無く、市中がよく見渡せた。

天守から見た高い建物の見当たらない長閑な風景

1948年の福井地震で城は、揺れと瓦の重さに耐えきれず400年の歴史が崩れてしまった。藩の財政は支えたが自然の脅威には勝てなかったのである。
しかし地元の方々が、地震から7年後に倒壊してバラバラになった部材を集めて再建した。

城から出て振り返ってみる。
生活感を感じれない実戦向けの城のため、派手さは無く古風なデザインの城である。
だが400年以上をこの地でシンボルとして存在していた。

野面積みの石垣と質素な城

どこか五重塔に似ている気がした。塔の上に登るものでも、塔内部でくつろぐ訳でもない象徴的な建物。最大の違いは地震に耐えられる構造をしていたかどうかである。

残る現存十二天守は宇和島と高知のみとなった。残り2城、四国平定の時も近い。

いいなと思ったら応援しよう!