『よねさんと妖精〜1億円をゴミ箱に捨てるおばあちゃん〜』第8話「あの日の幸せ」
「真由がいない……⁉️」
屋敷中に、悲鳴のような声が響き渡った。
庭。
子供部屋。
ガレージ。
隅から隅まで探しても──
どこにもいなかった。
「そんな……そんなはずない……!」
祖母・山内貴子は、震える手で電話を握りしめた。
(さっきまで……確かに、あの子はここにいたのに……)
──遡る。
◇ ◇ ◇
「な、なんですか、これは……!」
貴子の怒声が、屋敷中に響いていた。
手には、丸められたクレヨンの絵。
ゴミ箱から拾い上げたそれは、ところどころ破れ、汚れていた。
「これは……真由が、私に描いてくれた絵じゃないの!?」
震える指先が、絵の端をなぞる。
そこに描かれていたのは──
まだ息子夫婦が生きていた頃の、家族の姿。
息子と、その妻。
幼い真由。
そして、自分。
四人で笑っている。
真由が描いた、たった一枚の家族の絵。
貴子にとっては、亡くなった息子夫婦と過ごした「あの日の幸せ」を閉じ込めた、大切な一枚だった。
「も、申し訳ございません……!」
メイドのカヨは、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「私、中身を確認せず……」
「模様替えで不用品が多くて……いつものように、片づけてしまって……」
豪邸の模様替え。
ロビーには、大量の書類に紙クズ、空になった容器などが山のように積まれていた。
不用品置き場に運ぶものを、誰も一つひとつ確認することなどなかった。
カヨにも、家で待つ我が子がいた。
迎えの時間に間に合わせようと、いつもの習慣でゴミをまとめて捨てただけだった。
まさか、その中に──
真由にとっても、貴子にとっても、大切な絵が紛れているとは思いもしなかった。
「言い訳は結構よ!」
貴子の目は、真っ赤に燃えていた。
大切な家族の、たった一つの証。
それを失ったかもしれないという恐怖が、怒りとなって溢れ出す。
「あなたはクビよ!」
「今すぐこの家から出て行きなさい!」
「そんな……! お待ちください、奥様……!」
修羅場の真っ只中──
パタパタパタッ。
小さな足音が近づいてきた。
「カヨー! どうしたのー?」
真由だった。
怒鳴り合う二人を見て、きょとんと首をかしげる。
そして──
にっこり笑うと、こう言った。
「わかった! 絵、また描いてあげる!」
「……」
場が、凍りついた。
真由は構わず、貴子とカヨの手を無理やり引き寄せた。
「はい! 仲直り!!」
「あーくーしゅ! しゅっ!」
二人の手を握らせる。
そして──
「汽車だぞー!! シュッシュッポッポッ!!」
部屋の隅で控えていた家庭教師が──
「ぷっ……」
思わず、吹き出した。
真由が、ハッと振り返る。
「プー!! プップッ💨」
「あはははは!!」
一人で、大ウケしている。
真由以外、皆が凍りついていた。
そのとき──
「うぐっ!?」
秘書の菅谷が、後ろから真由の指を食らい、身体をくの字に折った。
カンチョーだった。
その場が、さらに凍りついた。
(次は……誰がやられるんだ……)
誰もが、息を潜めた。
──それでも。
その日、貴子の怒りは、収まらなかった。
「カヨ、今日中に荷物をまとめて出て行きなさい」
「……かしこまりました」
カヨは深く頭を下げた。
その場に居合わせた誰も、口を挟めなかった。
「はうっ!!」
その声の主に──
青ざめた顔で、皆の視線が集中した。
「おばあちゃん!!」
真由だった。
「カヨいじめたら、ダメ!!」
小さな指が、ピストルの形になっている。
──えええっ!?
まさか……?
こめかみをひきつらせながら、貴子が静かに言った。
「真由、人にカンチョーしてはいけません」
「マナーですよ?」
「は──い」
真由は素直に返事をすると、何事もなかったように笑った。
大人たちは、誰一人として笑えなかった。
ざわついたまま、誰も動けずにいる部屋へ──
コツ、コツ、コツ。
杖をついた足音が、廊下の向こうから近づいてくる。
その足音だけで、部屋の空気が変わった。
──メイド長だ。
古株のメイド長が、部屋へ入ってきた。
「みんな、何サボってるんだい」
よく通る声で、皆を見渡す。
「持ち場にお戻り」
その一言で、皆がようやく動き出した。
家庭教師も、秘書も、逃げるように、それぞれの持ち場へ散っていく。
メイド長は、去っていくカヨの背中を、静かに見送っていた。
何も、言わなかった。
ただ、その目は──
少しだけ、切なそうに細められていた。
◇ ◇ ◇
カヨが去ったあと。
メイド長は、貴子のもとへ静かに歩み寄った。
「貴子お嬢様。お時間です」
「……時間?」
「城之内様と、神谷恒一様が、お部屋でお待ちになっています」
「……ああ、そうだったわね」
貴子は、乱れた息を整えながら頷いた。
(あの二人が、わざわざ……)
少しだけ、気が重かった。
冷酷な二人。
けれど、今日という日を、ただ塞ぎ込んで終わらせるわけにもいかない。
貴子は鏡の前で身なりを整え、応接間へと向かった。
まだ、このときの貴子は知らなかった。
この日、応接間で聞くことになる──
「ある店」の話が
やがて、自分自身を救うことになるとは。
(つづく)
次回予告|第9話
真由が消えた──。
警察を前に、取り乱す貴子。
そして、ふと思い出す。
城之内と神谷から聞いた、夕陽の向こうの不思議な店。
その名は──
『よね店』。
第9話
「夕陽の向こうの、よね店」
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