継続ができないダメ人間の私が、40代で「継続」の定義をリブートした話
私は、継続、が苦手です。
始めたことが3日も続けば、大成功。
集中力が持続しなくて、30代のころは、子育ても相まって家中がてんやわんや、仕事も、てんやわんや(笑)
でもそんなわたしが、続けられていることがあります。
それはSNSでの発信。丸6年。すごい。3日ですら継続できないのに。
そして、ノートに書く、ということ。これまた3年続いています。スマホを持ち始めてから早18年、PCやスマホで記録することが増えてましたが、最近あえての「手書き」を選択するようになって、3年です。一見、面倒そうなのに。
若いころから意識高く「継続」なんてできたことがなくて、それを「自分の意思が弱い」と責めてましたが、そうじゃなかった。「継続」って考え方自体に、その人の個性や特性を組み合わせることが重要。
継続とは「毎日コツコツ同じことを続けること」だと思っていました。
でも本当は、人によって続け方は違う。私みたいなタイプには、私なりの継続の仕組みが必要だったんです。
継続の定義を変えたら人生が変わった。そういっても過言ではありません。
「飽き」を防ぐ「ごほうび」に気づけるかどうか
なんて自分は「飽きっぽいんだろ」って、継続できない自分を卑下するというか、「私はダメ人間なんだ」と本気で思っていました。
資格の勉強を始めても途中でやめる。手帳を買っても三日坊主。ダイエットするぞーなんて24時間も持たない(笑)
よく「継続は力なり」と言うけれど、その言葉を聞くたびに胸がチクッと痛かったんです。だって、私にはその「継続」がどうしてもできなかったから。
でもね、思い出したんです。実は、私にも継続できた時期がありました。
高校生の頃です。私は高校受験で失敗して、公立高校に落ちました。入学したのは、私立の新興進学校。
しかも、同じように受験で失敗した子たちを集めたクラスに入れられました。今思うとすごい教育方針なんですが、
「お前たちは失敗組だ」
みたいな空気があったんですよ(笑)
だからこそ、
「ここから這い上がれ」
という圧もすごかった。
毎週テスト。毎週順位発表。
偏差値。模試。
校内順位。クラス順位。
とにかく数字。
数字。
数字。
当時は大変だったと思うんですが、今振り返ると不思議なことがあります。
あんなに継続が苦手な私が、受験勉強だけは続いたんです。
毎日勉強していました。なぜだろう。
40代になってやっと分かりました。目の前に、ずっと「にんじん」があったからです。頑張ったら順位が上がる。勉強したら偏差値が上がる。先週の自分より良くなったかが分かる。
つまり、成果が見えていた。私は将来のために頑張っていたんじゃない。大学に入りたいから頑張っていたんじゃない。もっと手前にある、「今週の順位」を追いかけていたんです(笑)
そして気づきました。継続が苦手だと思っている人にとっては意志の強さじゃなく、目の前に、どんなにんじんを置いているかが重要なんだ、ということに。
私の場合、そのにんじんが1年後じゃ遠すぎる。1カ月後でも遠い。
できれば今日。なんなら1時間後(笑)
だから私は、小さなご褒美をたくさん置くようになりました。
たとえば小さいごほうびだと、タスクを終えたら、推しのトレカを撫でる(キモイ)、シール貼っていい(子どもか)、アマゾンで買い物していい(散財)など。
継続の正体は根性じゃない。自分専用の「目の前のにんじん」を見つけることだったんです。
だからフォロワーが増える、リプがくる、なんていうSNSの仕組みはとっても合ってるんでした…
さらに言うと、飛行機に乗るのが大好きなので、飛行機に乗れるもご褒美。いまの仕事はとても合っているんですね…!
完璧主義を実現できる「仕組み」をつくる
私、手帳とかノートとか、子どものころから集めるのが大好きなんです。新しいノートを買うとワクワクするし、「今度こそちゃんと使うぞ!」って思う。
でも、1ページ目で字を間違えたり、なんかレイアウトが気に入らなかったりすると、一気にテンションが下がる。すると、そのページだけじゃなくて、ノート全部がイヤになる(笑)
とはいえ捨てるのももったいない。
だから放置。
そしてまた新しいノートを買う。
このループ。
バケットリストもそうでした。100個書いて、夢や目標を並べてみる。
書いているときは楽しいんです。でも100個全部なんて実現できないじゃないですか。
すると今度は、
「なんで私は続かないんだろう」
「なんて意思の弱い人間なんだろう」
と、自分を責め始める。
継続できない。
だらしない。
飽きっぽい。
そんな自分なのに、なぜか完璧だけは目指している。
そのギャップがまた苦しい。
ダメな奴のくせに完璧を求めてんじゃねーよ、って(笑)
でも…私が変わる必要はなかった。
完璧主義を受け入れられる仕組みを作ればよかったんです。
例えば手帳。
普通のノートだと、一度書いたページは消えません。でもシステム手帳なら、気に入らないページを丸ごと抜ける。たったそれだけなのに、気持ちが全然違う。
目の前から消えるだけで、モヤモヤも消えるんです。
SNS発信も同じでした。
「毎日投稿しなきゃ」「こういう発信をしなきゃ」
をやめたら続くようになった。
そして一番大きかったのは、バケットリストをやめたこと。
代わりに作ったのが、「初めてやったことリスト」でした。
やりたいことを書くのではなく、
初めてできたこと・初めてやったことを書く。
未来の自分を評価するのではなく、今日までの自分を認める。たったそれだけで、自分との付き合い方が変わりました。
自由にやっていい。失敗してもいい。完璧だと思えるまで、何度やり直してもいい。
自分がやりたいと思っていたけど継続できずに続けられなかったことも、システムを見直すだけでいい。
完璧な状態を作れるような、そんな自由度の高い「枠」を作ってあげるだけで、私は思っていた以上に頑張れる人間だったんだな、と初めて思えたんです。
タスクを超細分化する
夏休みの宿題は、8月31日の21時から始めていた私。
高校受験の勉強は、私立受験の2日前から始めた私。(だから失敗するんですよね~笑)
就職活動期間が長すぎて、飽きて、準備ができずに重要な最終面接3回ぐらい飛んだ私。(ひどいなw)
とにかく、締切直前にならないと動けない。
やらなきゃいけないのは分かっている。
やる気も、ないわけじゃない。
でも気づいたら全然違うことをしている。
机に向かったのに、なぜか部屋の片づけを始めたり。メールを書こうと思ったのに、気づいたらネットで旅行に行きたい場所調べてたり。
そんなことばかりでした。でも3年前から、これは劇的に改善しました。
きっかけは、
「タスクをできる限り小さくする」
ことでした。
いや、小さくするというより、
笑っちゃうぐらい細かくする。
例えば、
「セミナー資料を作る」
じゃなくて、
・パソコンを開く
・資料フォルダを開く
・タイトルだけ入力する
・1ページ目だけ作る
みたいな感じ。
1分で終わるレベルまで分解するんです。
そして、それを大きな方眼ノートに書き出していく。
私の場合は、ストラックアウト方式。
タスクをマス目に書いて、終わったらバッテンをつける。ただそれだけ。
でもこれが気持ちいい。
一個消えた。
また一個消えた。
また一個終わった。
その小さな達成感が、前の章で話した「ごほうび」になるんです。
だから、「ここまで終わったらお昼ご飯にしよう」
とか「ここまで終わったら今日は飲んでヨシ」
とか(笑)
そんな感じで進めていく。
昔の私は、継続できる人って、気合いや根性がある人だと思っていました。
でも違った。継続できる人は、スタートするためのハードルを下げるのが上手い人だったんです。
そしてもうひとつ。
興味が持てないことは、やっぱり続かない。
若い頃は、向いていなくても頑張ろうとしていました。好きじゃなくても努力しようとしていました。
でも人生の折り返し地点を過ぎた今は、
「これは私の人生には必要ないな」
と思ったら、以前よりずっとじゃカンタンに、躊躇なく手放せるようになりました。
必要なものに、時間を割きたいから。
続けるためには、増やすことも大事。でもそれ以上に、
捨てることも大事。振り返ってみると私は、
頑張ったから継続できるようになったんじゃなくて、続かない仕組みを捨てたから、続けられるようになったのかもしれません。
さいごに
読んでくださった一部の人には伝わるお話かもしれませんが
最近になって、
「私はADHD傾向の特性をかなり持っているんだろうな」
と感じることがあります。
でも私は、このまま、自分にラベルを貼らずに生きていってみようと思ってます。
ADHDだからできる。
ADHDだからできない。
そう決めてしまうと、
いつの間にか自分で自分の可能性を狭めてしまう気がするから。
(もし、病的な症状が生まれたときは、また考えます)
大事なのは診断名より、
「自分はどうすれば動けるのか」を知ること。
私はこれからも、
自分の取扱説明書を更新しながら生きていこうと思っています。
おすすめの記事
9月に「自分の時間を取り戻すワークショップ」
Myタイムデザインワークショップをやります!
開催日程はメルマガでお知らせしてます!
https://raccoclub.net/p/r/m2V8CXBd
いいなと思ったら応援しよう!
サポートいただければ…倍返しだ!!!👹