スピリチュアルが、ふわふわしてしまう理由。
最近、ひとつ気づいたことがある。
日本のスピリチュアルって、
どうしてこんなに「ふわふわ」しやすいんだろう。
ってのは最近どこでも見る話題だ。
もっとナチュラルに日常に染み付いてる国だってある。
信じる、信じないとかの次元じゃなくね。
「宇宙に委ねる」
「高次元からのメッセージ」
「愛と光」
「引き寄せ」
「あなたはライトワーカー」
もちろん、
これらが間違っていると言いたいわけじゃない。
私自身、そういう世界に触れてきたし、
オラクルカードから気づきをもらったこともある。
でも、最近になって、ふと疑問が生まれた。
そもそも私たちは、
どこの文化から生まれた精神性を、
自分たちのものとして受け取っているんだろう?
空前のスピリチュアルブームで、たくさんの「世界観」が日本に入ってきた
例を挙げると、ここ数年
オラクルカードはとても身近な存在になった。

カードを一枚引くだけで、
「今のあなたへのメッセージ」
「宇宙からのサイン」
「高次元存在からの導き」
そんな言葉を受け取ることができる。
難しい宗教書を読まなくてもいい。
専門的な知識がなくてもいい。
カードを引けば、自分に必要な言葉が返ってくる。
これは、とても魅力的なものだと思う。
だからこそ、
オラクルカードがここまで広がったのも、
わかる気がする。
そして、オラクルカードを通して、
日本には海外のさまざまな
スピリチュアル思想が一気に入ってきた。
天使。
女神。
アセンデッドマスター。
ライトワーカー。
宇宙。
高次元。
魂の使命。
日本語に翻訳された言葉として、
私たちはそれらを受け取る。
でも、ここで少し考えてみたい。
言葉を翻訳することと、
その思想の背景まで理解することは、
同じではない。
思想には、その土地の歴史と宗教観が染み込んでいる

私たちは普段、言葉だけを受け取っている。
でも、その言葉が生まれた背景には、
その国の宗教、
歴史、
神話、
自然観、
人間観、
死生観、
そういうものがある。
たとえば「神」という言葉ひとつをとっても、
日本人が古くから感じてきた神と、
他の宗教文化における神は、
必ずしも同じではない。
日本には、山や海、岩、木、土地などに
神聖さを感じる文化があった。
自然と人間を完全に切り離さず、
「祓う」
「清める」
「鎮める」
「結ぶ」
といった感覚の中で、
見えないものと共に生きてきた。
つまり、
日本人には日本人なりの
「見えない世界との付き合い方」が、
もともとあった。
それなのに、
海外から入ってきた思想をそのまま日本語に訳し、
背景を知らないまま
「スピリチュアルとはこういうもの」
と受け取ってしまったら。
なんとなく言葉だけが浮いてしまうのも、
無理はないのかもしれない。
「海外だからダメ」ではない

ここは、誤解してほしくない。
海外の思想が悪いわけではない。
オラクルカードが悪いわけでもない。
むしろ、異なる文化の思想に触れることには
大きな価値がある。
問題なのは、
その思想がどこから来たのかを知らないまま、
表面的な言葉だけを自分の精神性として
浅いまま取り込んでしまうこと。
「宇宙に委ねる」と言っても、
その「宇宙」とは何なのか。
「魂の使命」と言っても、
その「魂」とは何なのか。
「高次元からのメッセージ」と言っても、
自分はそれをどう受け取り、
どう現実に落とし込むのか。
そこを考えないまま、
カードに答えを求め続ける。
そうすると、いつの間にか、
自分の人生を生きるための
スピリチュアルではなく、
答えを外からもらうためのスピリチュアル
になってしまっている場合も多い。
オラクルカードは「答えをくれるもの」ではない
私は、オラクルカードを否定したいわけではない。
むしろ、カードはとても面白い。
一枚の絵や言葉が、
自分でも気づいていなかった感情を
引き出してくれる。
「なぜ、このカードが気になったんだろう?」
「この言葉に、どうして反応したんだろう?」
そうやって自分の内側を見つめるきっかけになる。
だから、
カードが答えを持っているのではなく、
カードをきっかけに自分の中にある答えに気づく。
これが自立した使い方だ。
カードを「依存するもの」にするのではなく、
自分の感覚を取り戻すための鏡にする。
そのくらいの距離感が、私は好きだ。
日本人にとってのスピリチュアルって、なんだったんだろう
ここにきて私は今、
「日本人にとってのスピリチュアルって、
本来なんだったんだろう?」
というところに興味が向いている。
神社に行く。
土地を感じる。
自然の中に身を置く。
水で清める。
お祓いをする。
先祖を敬う。
季節の移ろいを感じる。
目に見えないものに畏敬の念を持つ.....
これは、海外のスピリチュアル用語を
知らなくても、
私たちの中にずっと存在してきた
感覚なんじゃないだろうか。
「宇宙」という言葉を使わなくても、
自然とつながる。
土地とつながる。
自分の身体の感覚を感じる。
目に見えないものを敬う。
そして、自分の役割を生きる。
そういう精神性は、
もっと昔から私たちの中にあった。
精神性=スピリチュアル

「もっとスピリチュアルになろう」
ということではない。
むしろ逆だ。
もっと現実に降ろしたい。
見えない世界を信じるなら、
それをどう生きるのか。
自分の感覚をどう使うのか。
自分の人生をどう選ぶのか。
人や土地から受け取ったものを、
どう整えるのか。
自分の使命を、
どう現実にしていくのか。
そこまで含めて初めて、
スピリチュアル/精神性は
人生に根づくのだと思う。
私は、海外のスピリチュアルを
捨てる必要はないと思っている。
オラクルカードも使っていい。
海外の思想や歴史から学んでもいい。
ただ、
「これはどこから来た考え方なんだろう?」
と、一度立ち止まってみる。
そして最後は、
自分の文化。
自分の身体。
自分の土地。
自分の感覚。
自分の人生。
ここへ戻ってくる。
借り物の世界観を
そのまま自分に貼り付けるのではなく、
いろいろな思想や考え方を知った上で、
自分にとっての
「見えない世界との付き合い方」を、
自分で見つけていく。
それが、本当の意味での
スピリチュアルなのかもしれないのではないかと。
そしてもしかしたら、
現代の日本人のスピリチュアルが
「ふわふわしている」のではなく、
私たち自身の国の文化に根ざした精神性を、
ちゃんと理解できていないだけなのかもしれない。
これまで一度も植民地にならず、
先人や英霊たちのおかげで
ここまで守り抜かれてきた
世界で唯一の国、日本。
私たちが、
日本の精神性を思い出したり
学び直したりするために
今、日本中で大変なことが
怒っているんじゃないかな、と。
あ。起こっている、か。
