『サイコロジー・オブ・マネー』を読んで、唯一引っかかったこと|アラフォーゲイのお金の違和感
こんにちは。にじFIRE🏳️🌈です。
前回は、FIREに向けて
「どこまで我慢するべきか」について書きました。
今回はその延長線として、
僕が影響を受けたお金の本について書いてみたいと思います。
それが、モーガン・ハウセルの
『サイコロジー・オブ・マネー』です。
お金の本としてかなり有名なので、
すでに読んだことがある方も多いかと思います。
結論から言うと、僕はこの本は好きです。
投資や資産形成の本でありながら、
テクニックや正攻法よりも、
マインドにかなり重心が置かれていて、
腑に落ちる部分が多かったからです。
ただ、そんな中でひとつだけ、
どうしても引っかかった考え方がありました。
それが、
「貯めるのに、特別な理由は必要ない」
という考え方です。
大前提として、かなりおすすめ
まず前提として、この本自体はかなりおすすめです。
僕自身、この本を読んで改めて感じたのは、
お金の問題は、知識や計算よりも、
かなりの部分が「感情」や「行動」で決まるということでした。
どれだけ正しい知識を持っていても、
不安になれば売るし、
焦れば飛びつくし、
比較すれば苦しくなる。
結局、お金の話はかなりの部分、
「人間の話」なんだと思います。
これは、にじFIRE🏳️🌈のnoteで
ずっと書いてきたことともかなり重なります。
また、特に印象的だったのは、
「お金は、選択肢を増やすためのもの」
という考え方です。
これは、僕がFIREを考える理由そのものでもあります。
お金そのものが欲しいというより、
「嫌なものから離れられること」
「自分で選べる余白があること」
の方が、ずっと大事です。
特にゲイとして生きていると、
人生の前提が「自動で用意されていない」感覚があります。
結婚、家族、老後、居場所。
異性愛者のように制度や慣習のレールに
自然に乗れるわけではないからこそ、
「自分で選べる余白」を持つことの意味はかなり大きい。
だからこの本の根底にある
「お金は自由度を増やすためのもの」という考え方には、
かなり強く共感しました。
唯一、どうしても引っかかったこと
ただ、この本の中で
どうしても引っかかった一節があります。
それが、
「貯めるのに、特別な理由は必要ない」
という考え方です。
文脈としては、
「お金を貯めるのに、明確な目標や大義名分がなくてもいい」
「将来何が起こるかわからないからこそ、貯めておくこと自体に意味がある」
という話です。
これは、かなり正しいと思います。
実際、人生は想定外の連続ですし、
余白としてのお金は、間違いなく人生を助けます。
だから、理屈としては本当にその通りです。
でも、どうしても引っかかりました。
なぜなら「理由なく貯める」を経験してきた僕にとって、
合理ではあっても、必ずしも健全ではなかったからです。
「不足」「備える」が、生き方になっていた
僕は、生活保護を受ける母子家庭で育ちました。
子どもの頃から、
お金は「あるのが普通」ではなく、
「なくなるもの」でした。
英語では”scarcity mindset”という言葉がありますが、
まさに「不足」を前提にした思考です。
例えば、結構極端なのですが、
節約のためにトイレ(小)を流さないなど、
一生忘れることのできない生い立ちがあります。
だから、お金に対する感覚の出発点が、
僕にとっては、そもそも違います。
お金は、
あれば安心
なくなれば終わる
あるうちに備えるべきもの
という感覚がかなり強くありました。
つまり、「お金を増やしたい」よりも先に、
「お金がない状態に戻りたくない」
という感覚の方が強かったんだと思います。
しかも、ゲイとして生きていると、
社会制度や構造上のセーフティーネットが薄い分、
この感覚はさらに強くなると、過去に書いてきました。
だから「備える」は、
ただの金銭感覚や目的ではなく、
「生き方」になりやすい。
これは、今でも僕の中に残っている感覚があります。
「将来のため」は、時に終わらない
もちろん、
不安に備える
将来のために貯める
選択肢を増やすために持つ
こと自体は悪くありません。
むしろ必要です。
ただ、それが「明確な出口のない備え」になると、
話は少し変わってきます。
なぜなら、「将来のため」は、
永遠に更新できてしまうからです。
もっと必要かもしれない
まだ足りないかもしれない
もう少しあれば安心かもしれない
この感覚は、かなり簡単に終わらなくなります。
しかも外から見ると、それは「堅実」に見えてしまう。
でも内側では、不安が永続になっていることもある。
ここが、僕は少し怖いと思っています。
だからこそ僕にとっては、
漠然とした「将来のため」よりも、
FIREという一つの明確な出口があった方が、
しっくりきたのかもしれません。
貯める理由がないと、使う理由もなくなる
これは、前回の記事にも少しつながる話ですが、
「貯める理由」が曖昧なままだと、
「使う理由」も曖昧になっていきます。
結果として、
使っても不安
貯めても不安
増えても安心しない
という状態になりやすい。
これは、かなりしんどいです。
特に、不安を起点にお金を貯めてきた人ほど、
この感覚は強い気がしています。
僕自身も、「お金を使うのが下手」というより、
「安心して使う理由を持てなかった」
のだと思っています。
ゲイバーで飲む一杯、
パートナーとの旅行、
体調を守るための出費、
自分の居場所を維持するためのお金。
こういうものは、
ただの「浪費」ではないはずなのに、
不安が強いと全部「削れるもの」に見えてしまう。
正しい。でも、誰にでも健全ではない
だから、今のところの自分の結論は…
「貯めるのに理由はなくていい」は正しい。
でも、誰にとっても健全とは限らない。
ということです。
繰り返しになりますが、
原則としては良いアドバイスです。
一方で、
お金の不安が深く染みついている人
ずっと戦闘モードで「備える側」で生きてきた人
制度の外側を意識して生きてきた人
にとっては、「理由なく貯める」は、
合理性と引き換えに、
不安と向き合わない人生を延長することにもなる。
そう感じています。
まとめ
『サイコロジー・オブ・マネー』は、
かなり好きな一冊です。
お金の話でありながら、
結局は「人は何に安心し、何を恐れるのか」
という話でもあるからです。
だからこそ、
この本にほとんど共感した上で、
ひとつだけ引っかかったことがありました。
それは、「貯める理由が曖昧なままだと、不安も継続しやすい」
ということです。
お金は、確かに自由を増やしてくれます。
でも、何のために持つのかを考えないと、
ただ不安を囲い込むだけにもなる。
特に、「制度の外側」を意識して生きてきた人ほど、
その線引きは大事なのかもしれません。
最近はそんなことを、改めて考えています。
しかし、次の記事では、
今日の内容に少し反する内容も書きたいと思います。
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