【実体験】今、ワーホリに行こうか悩んでいるあなたへ
前回の記事では、お金も留学経験もなかった私が、往復6時間の各駅停車に揺られながらワーホリ資金を貯め、カナダ・トロントへ飛び出すまでをお話ししました。
「自分の選択は間違っていなかった」
——そう確信したい一心で掴み取ったのが、このカナダでの生活でした。
しかし、いざ現地での暮らしが始まると、理想と現実のギャップや、言葉の壁という大きな試練が待ち受けていました。
今回は、私が現地で直面した葛藤と、そこで得た「一生モノの気づき」についてお話ししていこうと思います。
「日本人の友達は作らない方がいい」という呪縛を解く
ワーホリ界隈でよく耳にするのが、
「日本人とはつるむな」
「英語環境にどっぷり浸かるべきだ」
という言葉です。
確かに一理あるのかもしれませんが、実際に現地で生活した私の経験から言うと、これは必ずしも正解ではないと思っています。
もちろん、英語力を伸ばすことは大切です。
ですが、慣れない異国での生活、どれだけ頑張っても思い通りに言葉が通じないもどかしさ……。
人間の精神なんて、自分で思っているよりもずっと簡単に、ポキッと折れてしまうものです。
私にも、何度も「英語イヤイヤ期」が訪れました。
そんなとき、母国語で「寂しい」「辛い」「これ、美味しいね」と心から言い合える日本人の友人の存在は、何物にも代えがたい最高の精神安定剤でした。
極限の孤独の中で、自分の弱さをさらけ出し、支え合えた当時の友人は、7年経った今でも私にとってかけがえのない親友です。
ワーホリは、ただ英語を学びに行くだけの場所ではありません。
一生をかけて大切にしたい「生涯の友」を見つけに行く場所でもあったのです。
無理に孤独を突き進んで心を壊す必要はありません。
「寂しいときは、寂しいと言っていい」。
そう思えるだけで、海外生活のハードルは少しだけ優しくなるはずです。
雪の中のレジュメ配りと、乾杯から始まった不思議な面接
私は「絶対に現地のローカルな職場で働きたい」という目標を立てていました。
とはいえ、現実はそう甘くはありません。
まずは生活を支えるための「繋ぎ」として、友人の紹介でラーメン屋さんで働き始めることに。
※ちなみに、このラーメン屋さんでの体験もかなり強烈でネタの宝庫なのですが……それはまた別の機会に「番外編」としてお話ししますね!
ラーメン屋さんで働きながらも、私は諦めずにローカルの職場を探し続けていました。
そんなある雪の激しい日、家の近くで一軒の素敵なBrewery(ビール醸造所)を見つけたんです。
「ここだ」
そう直感した私は、勇気を振り絞って重いドアを開けました。
英語で書いたレジュメ(履歴書)を差し出し、受付のお姉さんが優しく受け取ってくれたときは、
震える手を見られないようにごまかすので精一杯でした。
数日後、一通のメールが届きました。
「面接をしたいので、指定の場所に来てほしい」という内容です。
心臓の鼓動を感じながら向かった先は、一軒のバー。
「本当にここで合ってる?騙されてないかな?」
と、一抹の不安を抱えながら、恐る恐る入店。
数分後、目の前に現れたオーナーらしき男性は、座るなりこう言いました。
「インタビューっていうより、まずは軽くチャットしよう!」
そして、私の目の前にドン!と置かれたのは、なんとなみなみと注がれた1杯のビールでした。
「え、これ本当に面接? オーナーは本物……だよね?」
と頭の中はパニック。でも、せっかくの好意を無下にはできません。
少しずつお酒が入ると、不思議なことが起きました。
あんなに不安だった英語のミスがどうでもよくなり、自分でも驚くほど饒舌になれたんです。
結局、その場で意気投合し、念願だったローカルショップでの採用が決定しました。
そこは、退勤後に毎日1杯無料でビールが飲めるだけでなく、お客さんが少ない日はなんと「飲みながら働いてもいいよ」と言われるほど、最高に自由で温かい職場でした。
そんな自由で楽しい職場でしたが、そこで得たものは美味しいビールや給料だけではありませんでした。
現地の生活に溶け込む中で、私の心に一生残り続ける『宝物のような言葉』に出会うことになります。
「そのままの自分でいてね」
マダムがくれた宝物の言葉
念願叶って働き始めたローカルの職場。
そこで出会った同僚やお客さんとの思い出は、7年経った今でも、時々くじけそうになる私の心をやさしく守ってくれています。
カナディアンの同僚たちは、本当に温かい人ばかりでした。
英語が完璧ではない私を仲間として受け入れ、
毎朝のように「朝ごはん食べた?これ食べなよ!」
と、焼きたてのデニッシュやコーヒーを差し入れしてくれたんです。
そんな何気ない日常の優しさが、異国で踏ん張る私にとってどれほどの活力になったか分かりません。
そして迎えた、私の最終出勤日。
忘れられない出来事が起こりました。
いつもお店に来てくれていた常連のマダムが、わざわざお家から、彼女が愛してやまない猫ちゃんを連れて会いに来てくれたのです。
別れを惜しんでくれる彼女は、私の手を握り、真っ直ぐ目を見てこう言ってくれました。
「あなたの笑顔が大好きよ。日本に帰っても、ありのままの、そのままのあなたでいてね」
その言葉を聞いた瞬間、堪えていた感情が溢れ出しました。
「ワーホリに来て、本当によかった」
心からそう思えた瞬間でした。
「新卒」という安定したレールを外れ、往復6時間の各駅停車に揺られて資金を貯め、雪の中で震えながらレジュメを配り歩いたあの日。
もし、あの時勇気を振り絞って一歩を踏み出していなければ、私はこの温かい言葉に出会うことはありませんでした。
マダムがくれたのは、単なる別れの挨拶ではなく、「私は私のままでいいんだ」という、これからの人生を歩んでいくための大きな自信だったのです。
「新卒カード」を捨てた孤独と、7年後の答え
「卒業してすぐにワーホリへ行く」
それは当時の私にとって、いわゆる「新卒カード」を自ら手放すことでした。
周りに同じ道を選ぶ人は一人もいなかったし、ネットを見れば「キャリアの空白になる」なんて言葉も目に入ってくる。
不安がなかったと言えば嘘になります。
「帰国後のキャリアはどうなってしまうんだろう?」
「一度レールを外れた人間を、社会は受け入れてくれるのかな?」
そんな風に、一人でぐるぐると考えてしまう夜もありました。
でも、他に選択肢がなかったからこそ、自分で選んだ道を正解にするしかないと腹を括るしかありませんでした。
そして、あれから7年。
今だからはっきり言えることですが、
新卒を選ばなかったことがデメリットになったことは、一度もありませんでした。
むしろ帰国後の就職活動では、行きたいと思った企業の面接に落ちたことはありません。
企業が見ていたのは「新卒かどうか」という形式的なことではなく、「なぜその選択をし、現地でどう考え、どう動いたのか」という、私自身の経験そのものだったからです。
ここで一つ伝えたいのは、どんな選択をしても最後は「自分次第」だということです。
よく「なんとかなるよ」という言葉を耳にしますが、私の実感は少し違います。
正しくは、「なんとかなる」ではなく「なんとかする」。
その気持ちさえあれば、新卒だろうがワーホリだろうが、どんな道を選んでも大丈夫です。
往復6時間の各駅停車に揺られていたあの頃の私も、雪の中でレジュメを配り歩いたあの時も、
私は必死に、自分を信じて「自分の力でなんとかしよう」としていました。
そして実際に、「自分でなんとかした」という経験こそが、帰国後の私を支える本当の自信になっています。
レールの上を歩いているだけでは、決して手に入らなかった宝物です。
最後に:今、ワーホリに行こうか悩んでいるあなたへ
ここまで私の長い自分語りに付き合っていただき、ありがとうございました。
最後に、今かつての私と同じように、行くか行かないかで足踏みしているあなたへ伝えたいことがあります。
正直に言って、ワーキングホリデーは「人生の正解」をくれるような魔法ではありません。
行けば何かが劇的に解決するわけでも、自動的に人生がバラ色になるわけでもない。
でも、「行く前の自分には二度と戻れなくなる」ほどの大きな変化と、自分の足で人生を歩いているという確かな実感をくれる場所です。
現地に行けば、同じように悩み、迷い、葛藤しながらも「自分らしく生きよう」ともがいている仲間たちがたくさんいます。
日本にいた時はあんなに孤独だったのに、そこには「ああ、私と同じ人たちがこんなにいたんだ」という不思議な安心感と居心地の良さがありました。
もし今、あなたが帰国後のキャリアや、将来への不安で動けなくなっているなら、どうか考えすぎないでください。
考えていても、答えは見つかりません。
だって、答えは「行動した先」にしかないからです。
友達もいない。土地勘もゼロ。
仕事も、住む場所も、すべて自分の力で見つける。
真っ白なキャンバスに絵を描くように、すべてが白紙の状態から自分の生活をひとつずつ組み立てていく。
これって、ものすごくクリエイティブで、ものすごく強さが必要なことだと、私は思います。
こんなにすごい挑戦をするのに、ワーキングホリデーが「ただの遊び」だなんてなめられていい理由なんて、どこにもありません。
もしあなたがその一歩を踏み出したなら、あるいは踏み出そうとしているなら、どうかその勇気を誇ってください。
そして、これは私の経験から言えることですが、一度「海外へ行きたい」と思ってしまったら、
その想いは行くまでずっと、あなたの心の中に居座り続けます。
どれだけ蓋をしようとしても、消えることはありません。
「なんとかなる」ではなく「なんとかする」。
その覚悟さえあれば、どこへ行っても、
どんな道を選んでも、あなたは大丈夫です。
.....と、まあ7年前の記憶を辿りながらざっとまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか。
当時の泥臭い経験が、今これを読んでいる誰かの一歩を後押しするきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
もっと具体的な現地の生活など、知りたいことがあればぜひコメントで教えてくださいね!
(7年前の情報にはなりますが、できる限り誠実にお答えします!)
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回は、今回少しだけ触れた「専門学校を諦めたことが、どうアートに繋がったのか」についても書いてみようかなと思っています。
また次の記事でお会いしましょう!🫶
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