#366 これからはお楽しみを一緒に
僕は、伯母のことが長いこと苦手だった。
子どもの頃、何かにつけて僕に意地悪をしてきたからだ。そのときの記憶がなかなか頭から離れなかったのだ。
伯母との距離が近づいたのは、図書館司書になった頃のことだった。
仕事で活かしたいと思い、英語を独学で勉強していたことがあった。だけどどうにも受験勉強のようになってしまい、気力が上がらない。そう思ったときに、頼りたいと思ったのが伯母だった。伯母はかつてアメリカで働いていたこともあり、英語に長けていたからだ。
最初は相談しようか迷ったけれど、背に腹は代えられない。思い切って相談すると、伯母はこう言った。
「もちろんいいわよ。来年の春、一緒にアメリカに行きましょう。
英語を学ぶなら、現地に行くのが一番だから」
僕の真剣な相談を真摯に聞いてくれる伯母。そんな伯母の顔を見るのは、僕は初めてだった。
ただ残念ながらその次の春に新型コロナウイルスが発生。アメリカ行きは結局白紙になってしまい、今も実現できていない。
だけどその機会から、伯母と話す機会が多くなっていった。
伯母はとにかくいつでも元気だった。元気すぎるくらいだった。
会うたびに旅行に行ってきた、だとか、最新型のPCを買った、だとか。
少々鬱陶しいと思うところもあるけれど、元気に色々な体験を話す伯母の姿から、僕は元気をもらっていたところはある。
きっとこの人は、これからも快活に人生を楽しんでいくのだろうなと思っていた。
そんな伯母から、日帰り旅行のお誘いをいただいた。
行き先は山梨。伯母の知り合いがやっている桃のカフェへ行くのが目的だ。カフェへ行くまでの道中で、とある神社でお参りをしたときのこと。
神社から車へと戻る。その道中の階段の前で、伯母が困り切った表情で僕にこう言ってきた。
「ちょっと、肩を貸してくれるかい?」
もちろん、と僕は伯母に近づき、一緒にゆっくり階段を降りていると、伯母は言った。
「去年、階段を降りてるときに転んじゃってさ。それから階段を降りるのが怖くなっちゃったんだよ」
そんな不安げな顔をする伯母を見るのは、初めてだった。
なんだか寂しさがこみ上げてきた。車へと歩く伯母の後ろ姿を見ると、その寂しさはなおのこと強くなった。
伯母は元気だ。元気だけれど、その背中から時の流れを感じた。
僕と伯母がこうして出かけられる時間も、無限ではないということを悟らせる背中だった。
それからいよいよメインとなる桃のカフェへ。
カフェの隣には農園が広がっており、そこで栽培された新鮮な桃を使った料理が人気らしい。特に桃のピザが有名で、伯母夫婦はそれを目当てに毎年来ているのだという。
「こいつを食べないと、私の夏は終わらないからね」
鼻息荒く伯母は言う。この人、やっぱり元気だな、とどこかしみじみと思ってしまう。
桃のピザ、というと味が全く想像できなかったけれど、一口食べれば舌鼓を打った。甘すぎない桃と、チーズの塩味と酸味がこんなにも合うのか。
夢中で食べる僕に、伯母はこう尋ねてくる。
「美味しいかい?」
「うん、めちゃくちゃ美味しい」
伯母は心底嬉しそうな、満面の笑顔を浮かべていた。
そんな表情を見て、思った。
意地悪していたあの時から今の今まで、伯母はたった一人の甥である僕のことを、愛してくれていたのだな、と。
ピザを食べ終わり、大満足する中で伯母はこう言葉を漏らしていた。
「これが1年に1度のお楽しみなんだ、私にとっては」
来年も仕事を休みにしてねと言われ、僕は頷いた。頷かざるを得なかった。
伯母は元気だ。70を超えても、まだまだ元気だ。だけど、神社で見たあの後ろ姿は、それが永遠ではないということを思い出させてくれる。
これからは、この1年に1度のお楽しみを一緒に過ごしていこう。
そう思ったある夏の日、農園の桃は元気に実っていた。

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