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ヨルシカ LIVE TOUR 2026 「一人称」 ライブレポート

2026年3月から9月にかけての半年間で行われた、ヨルシカ LIVE TOUR 2026 「一人称」のライブレポートです。
例によって筆者には音楽知識がゼロなので、演奏法などの解説はほぼなく、主にスクリーン映像の内容と、小説「二人称」の物語との関係性などについて纏めています。
またヨルシカのライブでは初めての試みとして公演ごとにセトリが変わっていたので、全公演のセトリも記載しています。


ライブの概要と特徴

概要

これまでのヨルシカのライブとは異なる試みがいくつもある、試験的ともいえるライブ内容(毎回そうではあるが)。
一般的なライブにおけるMCの代わりに行われていたn-bunaによる朗読は一切なく、ライブ「月と猫のダンス」のような演劇も無い。
MCも朗読も行わず楽曲の演奏だけが淡々と続く構成のため、公演時間は非常に短く1時間強程度。
途中で歌唱なしの楽器隊のみによるセッションが3回ほど行われるが、それでもMCも朗読もないライブによるボーカルのsuisさんへの負担は大きいようで、ライブ後半の歌唱からそれを感じさせられる公演が多くあった。
そのためか横浜以降の後半の公演では、一部楽曲のイントロを長く演奏するように変更が加えられたりした。

セトリ

これまでのヨルシカのライブと異なり、公演ごとのセトリ変更が導入されている。※同会場の1,2日目でも異なる
楽曲はアルバム「二人称」に収録されている曲の、Instである2曲を除く全20曲の中から選ばれていたが、「ルバート」と「ポスト春」は公演ごとにいずれか片方だけが演奏され、「太陽」「忘れてください」「うめき」「月光浴」は4曲のうちいずれか1曲だけが演奏された。それ以外の曲は全公演で共通して演奏された。※公演ごとのセトリは次項で詳細記載
途中で演奏されるオリジナルのセッション曲を除き、「二人称」に収録されていない楽曲の演奏はない。

演者

ライブ「前世」ではないアルバムコンセプトライブとしては初めて、通常のサポメン以外の演奏隊が参加している。
トランペット2名とサックス・トロンボーン・パーカッションが各1名ずつで、楽曲により総勢11名での演奏となる。参加されているのはパーカッションの鈴木ヨシロー氏やトロンボーンの前田大輔氏など、「二人称」の音源でも演奏されている方々。
演者の立ち位置は前後二列に分かれており、前列は下手側からMasak氏、キタニ、下鶴氏、suisさん、n-buna、平畑氏、パーカッションの鈴木氏と並び、後列にはトランペット・サックス・トロンボーンの4名が並ぶ。
「火星人」「ヒッチコック」などの通常メンバーだけで演奏する楽曲の際には、追加メンバーは一時的に退場する。

映像

舞台中央背面のスクリーンにはこれまでどおりライブオリジナルのMVが、各曲の歌詞とともに映し出される。
映像は小説「二人称」の主人公の少年と思われる人物の、いわゆる"一人称"視点の風景で一貫している。そのため実写映像ばかりでアニメーション映像はほぼ無い。
一部の楽曲では実写映像にフィクショナブルな加工が施されているが、それは少年が頭の中で空想したものを映像に投影した演出なのではないかと思われる。

物語

Poetry・朗読・演劇などが一切ないが、小説「一人称」のストーリー中の「少年」の様子を映像で表現している。
開演前のスクリーンには少年の部屋がベッドの上から見たアングルで映されているが、開演と同時に視点の主が起き上がり窓際の机へと歩いて行き、「先生は僕になにをしたかったのでしょうか」という手紙を書く場面となる。
あくまでも映像は少年の目線であるため、作中で一度も会うことのなかった「先生」は一切登場しない。
朝に仕事へ向かう前の台所の場面で「母親」と、過去の事件について尋ねるために会いに行った場面で「祖父」は登場する。
映像・物語共に「二人称」の物語が「少年」のみの視点で展開されるため、ライブのタイトルが「一人称」なのかと思われる。

雰囲気

これまでのような演者が一方的にパフォーマンスを行うライブよりも、観客と一緒にライブを盛り上げたいという意識が講演前のメンバーの発言等からも強く感じられ、昨年のライブのような着座指定日はなくsuisさんが手拍子を煽る頻度も多め。
とにかくsuisさんが楽しそうで、最前の席からは曲によりニッコニコで踊る様子が窺えてなんとも微笑ましい。
朗読などの区切りがないため観客が終始立ったままになる点については、ファンの間で賛否が分かれている。

配布物

入場時ではなく退場時に出口でポストカードを手渡される。
「一人称」ライブのキービジュアルとロゴが印刷されたデザインで、これまでのような詩や物語の記載はない。
これまでの配布物とは異なり、公演ごとに日付と会場名が印字されている。

全公演のセトリ一覧

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曲ごとの演出や特徴(主に映像について)

開演前

開演前、舞台背後のスクリーンには静止画のように一切動きのない映像で、小説「二人称」の主人公である「少年」の部屋と思われる場所がずっと映されている。
カメラの視点は部屋の手前側にあるベッドの枕元から部屋の奥にある窓と勉強机のほうをずっと向いており、時間帯は昼前頃のように見える。
映像に動きはないが、乗り物の走行音や人の話し声、犬の鳴き声や踏切の音などが微かに聞こえてくる。
日中から学校に通わず部屋で過ごしているという「少年」が、普段から見聞きしている風景の表現ではないかと思われる。

開演

開演前の注意事項アナウンスを終えて開演を告げるブザーが鳴り少し経つと、それまで静止画のように定点でスクリーンへ「少年」の部屋を映していたカメラの視点が、ベッドの上から起き上がって動き出す。
これにより、この映像はそのまま誰かの視点となっていることが判る。
そしてその視点の主とは言うまでもなく小説「二人称」の主人公の「少年」であり、このライブで映される映像は一貫してこの「少年」が見ている景色となっている。ただし「少年」の感情の変化や頭の中で想像したものの表現として、様々な映像加工が行われている。
また、ライブ用の映像なので画面内に各曲の歌詞も当然表示される。
ベッドから起き上がった「少年」は窓際の勉強机へと向かい、そこに置かれた封筒から手紙を取り出して中の原稿用紙を何枚か開かずにめくる。
手紙をもとに戻し、机の上に広げられた新しい原稿用紙に鉛筆で書き物を始める。
書かれるのは「先生は僕になにをしたかったのでしょうか」という言葉であり、そこからこの場面が小説の物語の後半にある「先生」の過去を知った後の手紙を書く様子であることがわかる。
そしてこのあたりでメンバーが舞台に出てくる。
書いた手紙を入れた封筒を手に「少年」が席を立ち、部屋の扉を開けたところで画面が真っ暗になる。
Inst曲「海へ」がBGMとして流れ始め、スクリーンに表示された文字とn-bunaのコールで当日の日付とライブ名が告げられる。

① 晴る

(演奏:サポメンのみ)   (歌詞字幕:原稿用紙風の白字)
映像は朝の台所の風景で、「母親」が出勤前の支度をしながら少年に朝食のトーストと目玉焼き、オレンジジュースを出す。
曲の序盤で眺める曇りガラスの向こうには雨が降っている。
散らかった机の上には新聞や手紙、ガラスの灰皿に吸い殻。
「母親」が出掛けた後に朝食を食べながら新聞を手に取る「少年」。新聞の日付は「1997年11月」。
新聞の下に図書カード(小説でも触れられていた)と本。
トーストの完食スピードが異様に早いのはみんな気になる点。
テレビに目をやると異国の戦争の風景が映っており、小説で「少年」が「晴る」という詩の着想を得たという場面に思える。
曲の終盤で再度眺めた曇りガラスの向こうがいつの間にか晴れている点が、「晴る」という曲とリンクしている。
食後に食器を流しへ持っていき、図書カードを乗せた本を手に廊下へ出たところで曲と映像が終わる。

② 花も騒めく

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:原稿用紙風の白字)
一曲目の「晴る」はヨルシカとサポメンのみの演奏であったが、「花も騒めく」からは追加メンバーが演奏に参加する。
映像の場面は朝の住宅街に映り、映像の中央には常に少年が手にする横長のメモ帳と鉛筆が映される。
「雲」「カーテン」「ポスト」「犬」「止まれ」「ゾウ」など、歩きながら目についたものの名前を淡々とメモに書き連ねていく。
曲の終わりの伴奏でメモを下ろし、線路の上にある架線をしばらく眺め、最後に住宅街の中を走り出したところで映像が終わる。

③ 魔性

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:原稿用紙風の白字)
前曲に食い気味にn-bunaの「はぁ~」が来る。「は、は、はぁ~」とか「はぁ~、ん、はぁ~」など公演ごとに無駄にバリエーションが豊富。
口笛もちゃんとn-bunaが吹く(これもバリエーション豊富)。
曲終わりに後ろを向いてぴょんぴょん跳ねるsuisさんがかわいい。
スクリーンには実写映像を加工して、赤と青の油絵で描いたような住宅街の風景。建物の窓の内側は燃え盛る炎のようになっている。
最後の伴奏では炎のように燃え盛って見える赤い花畑の前で立ち止まりしばらくそれを眺め、曲が終わる最後の数秒だけなにも加工されていない実写映像になる。その景色は丘の上から見下ろした夕暮れの住宅街。

④-a ルバート

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕 :原稿用紙風の白字)
歩道橋の上から見下ろした深夜の街の景色で始まる。それまでの住宅街の風景よりもやや拓けた都会の街中に見える。
夜の街を散歩している景色だが、その映像の中で橙に縁取られた白いシルエットの女が踊り続ける。
ライブ「前世」と同様に「お前のずれたセンスを…」のところでsuisさんがn-bunaを指差すが、今回はリアクションが薄め。
suisさんのタンバリンも今回は無く、ダンスも「前世」とは振付が異なる。

④-b ポスト春

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:原稿用紙風の白字)
映像自体は「ルバート」と同じものだが、そこに表示される歌詞はちゃんと「ポスト春」のものになっている。
前曲「魔性」の後半らへんでスタッフの手により下手側へ用意された、小さな台にsuisさんは座って歌う。そしてラスサビの直前にその台から立ち上がり、舞台中央あたりへと走っていく。

⑤ プレイシック

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:原稿用紙風の白字)
朝霧の中で散歩する住宅街の風景。ここまでのMVの風景よりもやや古めかしい田舎の町のように感じられる。咲いた桜の花が映るシーンがあるため季節は春か?
映像は色あせたフィルムのような加工になっており、画面のフレームとしてレトロなカメラのファインダーようなものが表示されている。
suisさんはn-bunaが立っている舞台の足元に座って歌う(すごく絵になる)。

⑥ 修羅

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:原稿用紙風の白字)
真っ暗な舞台にて軋むような音でゆっくり奏でられるギター。
黒い背景に白い線画で描かれた両掌が映り、映像の視点はそれを見つめる。泳ぐように両手を仰ぐと、実写映像の駅のホームと電車が映される。また黒い背景と白い線画に戻り映像の視点は電車へと乗り込む。
ここから「修羅」の伴奏が始まり、映像も白黒から実写映像に変わる。「千鳥」のMVと同じ釜石線と思われる電車内の風景。
車窓から田舎の風景を眺めたりした後にふと視点が隣を向くと、黒い線画の白塗りで描かれた鬼面の人物が座っている。
サビで視点の主が視点を下げて自分の両掌を見つめるが、それは黒い線画に白塗りで描かれている。仰いだり掬い上げる仕草をする。
後半の公演だとn-bunaの伴奏のギターが妙に高い?(音が独特)。
ラストの「さびしい~」がSEなのが二つの意味でさびしい。

セッションⅠ

(演奏:サポメンのみ)
修羅が終わるとsuisさんと追加メンバー5名は一度退場し、n-bunaとサポメンによるセッションが始まる。
スローペースだがドラムとベースの重低音がかっこいい曲。
映像は「修羅」の電車内の風景がそのまま継続して使用される。
この曲中にスタッフが舞台中央のカーペットを剥がしてツルツルの床が出てきていたのは、恐らく後の「へび」のダンスの準備。

⑦ 火星人

(演奏:サポメンのみ)   (歌詞字幕: なし)
セッションの終盤にsuisさんが舞台に戻ってきていて、そのまま「火星人」に移行する。
映像の風景は駅前の商店街を歩く様子。
映っている看板は実在の店名を蛸や火星人にちなんで捩ったパロディ。その看板内をアニメの火星人(蛸)が動き回って暴れる。
みんな大好きな極めてフィクショナブルな映像だが、「少年」が駅前を散歩しながら頭の中で遊んでいる様子なのかと。
なぜかこの曲の映像だけメインのスクリーンの他に左右に小さなサブスクリーンが追加され、他の曲のそれよりも横に広い。
「時間と余裕だけ」のレスポンスをする観客は少数派。
最後に映像は夜の魚屋に移行し、売り物の蛸を直接手に取って眺める。
いくつかの店名に「岐阜店」と記載があるのは恐らくアニメ「小市民」のオマージュで、実際は東京の「分倍河原」駅前の映像。

⑧ ヒッチコック

(演奏:サポメンのみ)   (歌詞字幕:手書き+ただの白字)
夜の部屋で「少年」が原稿用紙に「ヒッチコック」の歌詞を書く映像。鉛筆で書かれる歌詞の横に白い字幕で歌詞が出る。
イベント「二人称展」でしか見られなかった貴重な「ヒッチコック」の原稿用紙。別売りでいいからこれも売って下さい。
歌詞創作の資料にするためか途中で本棚に目を向ける。石川啄木の「一握の砂」や、カントの「判断力批判」などが並ぶ。
ラスサビ前に机の横のアコギを手に取り、少し弾いてまた書き物を再開する。曲作りを思案している様子かと思われる。
曲の最後に涙で視界が滲むように映像がぐにゃりと揺れて終わる。

⑨ へび

(演奏:サポメンのみ)   (歌詞字幕:ただの白字)
昼の薄暗い曇天の住宅街を散歩する様子。道路上や電信柱に白い線画で描かれた二匹の蛇が行き交う。これも「少年」の空想かと思われる。
suisさんが地べたに伏せ、蛇が地を這うような独特なスローペースのダンスを踊る。※これはアリーナ最前だと角度の問題で見えない
曲後半で映像は少年の部屋に移り、原稿用紙に「へび」の歌詞を書き始める。机の上には卵の模型と謎の棒状の道具。
この道具は沖縄伝統工芸の「指ハブ」という玩具。蛇のハブを模しており、クチの部分に指を入れて遊ぶものらしい。
ラスサビでsuisさんは立ち上がり、舞台背面側を向いて歌う。この曲あたりで少しずつsuisさんの喉が辛そうになってくる。

⑩ アポリア

(演奏:サポメンのみ)   (歌詞字幕:手書きのみ)
部屋で星図のポスターを見つめる場面で始まる。
画面上に白い線画で描かれた星座や天体図モチーフの記号が飛び交う。歌詞の字幕はないが、曲と連動して原稿用紙に「アポリア」の歌詞が書かれていく。
まるで「アポリア」でいう"難問"を指し示すように、星座や天体図のモチーフは曲が進むほどに複雑なものへと変化していく。
曲の二番で本棚から気球の仕組みについての本を手に取り、原稿用紙に気球の絵を描き始める。
ラスサビで舞台背景に星空を模した無数のライトが照らされる。そのために曲の開始からスモークが多めに焚かれている。
曲の終わりに何枚もの原稿用紙に描いた気球の絵を、パラパラ漫画のようにゆっくりとめくりながら眺める。
この曲ではn-bunaはもちろんギターではなくマンドリンを演奏する。曲の入りの部分はライブオリジナルのマンドリンソロ。
「へび」や「アポリア」Aメロの低音から、サビの高音への落差でsuisさんの喉の負担が大きいのか、この曲のラスサビあたりは歌唱がかなり辛そうに感じる。そのためかライブ後半となる横浜公演からは曲入りのn-bunaによるソロ演奏が長くなった。

セッションⅡ

(演奏:サポメン+パーカッションのみ)
追加メンバーの中でパーカッションの鈴木氏のみが舞台に戻り、ソロで演奏を開始する。suisさんは退場せずに椅子に座る。
鈴木氏が様々な楽器で鳴らした音をルーパーでどんどん重ねていく演奏がしばらく続き、徐々にサポメンの演奏も加わる。
背景映像はなく、舞台上が暗いまま演奏が行われる。
このセッションからそのまま次の「火葬」へと途切れなく移行する。

⑪ 火葬

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:なし)
夜の暗い台所でガラスの灰皿とマッチ箱を手にとり、「少年」は自室に移動する。自室の引き出しから煙草を2本取り出す。窓際の勉強机にそれらを置きカーテンと窓を開ける。
このあたりでセッションⅡから続いていた音楽が、耳なじみのある「火葬」の伴奏のメロディへと移行し、ステージの床のあちこちに真っ赤なグランドライトが灯される。
映像内ではマッチに火を着けてそれが消えるまで眺めるのを繰り返す。
2番の前の伴奏でマッチの火を煙草に付けてそれを眺め始め、ラスサビで煙草の持ち方を喫煙するためのそれに変える。
曲の終わりに結局吸わなかった煙草を慌てるように荒く灰皿に擦り付けて火を消し、窓を閉めて急ぎ足で部屋を出る。
パーカッション以外の管楽隊もこの曲からまた舞台に戻ってきて演奏に参加する。
「火葬」特有の「チュクトクトコロ…」という感じのコーラスはn-bunaが肉声で歌ってくれる。※地声なので音源ほど低音ではない

⑫ 雲になる

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:画面左端に原稿用紙風)
舞台上手に白い封筒を置いた小さな丸いサイドテーブルが設置される。
曲の開始前にパーカッションのみの演奏が続く。
映像は「プレイシック」と同じような少し色あせた古いフィルムのような加工で、始まりは川や海の見える電車の車窓の風景。
伴奏メロディが始まったあたりで駅のホームからまた別の電車に乗り込み、そこからの車窓には田舎の家屋や田園の風景が見える。
suisさんは歌唱中に舞台中央から上手のテーブルへとゆっくり歩み寄り、サビでそこに置かれた手紙を手に取って見つめる。
サビの後の伴奏で手紙を頭上にゆっくりと掲げて見上げ、手紙を手に持ったまま舞台中央へ戻って2番が始まる。
2番の映像は神社や森の見える町の中を歩く景色。野良猫や古い家屋の様子から、ずいぶん田舎に来たことがわかる。
曲の終わりの伴奏では空を飛ぶ鳥の様子がずっと映される。

⑬-a 太陽

(演奏:管楽隊&パーカッションあり) (歌詞字幕:なし)
他の曲が多少アレンジされつつも基本的に原曲に忠実なのに対し、「太陽」だけは完全にアコースティックアレンジの別物。 ほぼアコギとパーカッションのみの伴奏で、原曲よりもテンポがゆったりしている。
終盤のn-bunaの「がら~」はなぜか無い。
映像は夕方の田舎の港町で、防波堤から砂浜へ向かう様子。波打ち際へと歩く途中で二枚貝の貝殻を拾ってかざす。
波打ち際で波を手で掬い、そのまましばらく波を眺める。町のほうを振り返ると砂浜の先の建物に明かりが灯るのが見える。
セトリ変更の四曲でこの映像は共通(歌詞なし)だが、「忘れてください」と「月光浴」では青い色調のフィルタが、「うめき」は赤い色調のフィルタが掛かっている。

⑬-b 忘れてください

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)   (歌詞字幕:なし)
映像は「太陽」と同じ内容だが、青い色調のフィルタが掛かっているため夕方よりも日が沈んだ直後のような印象を受ける。
今回もsuisさんはもちろん手拍子を煽る。

⑬-c うめき

(演奏:管楽隊&パーカッションあり) (歌詞字幕:なし)
映像は「太陽」よりも赤い色調となっているため、より夕焼け感が強い。セトリ変更の四曲の中で唯一suisさんが力強い歌い方をするタイプの曲。
曲終わりの歌声は原曲以上に圧巻。個人的には最も聞きたかった曲なので、これも鑑賞できて幸せでした(感想)。

⑬-d 月光浴

(演奏:管楽隊&パーカッションあり) (歌詞字幕:なし)
「忘れてください」と同じ青い色調のフィルタが掛かったほうの映像。
「太陽」の大幅アレンジに対して、「月光浴」の曲調もそれにやや近くアレンジされており、月と太陽で対の曲の印象が強くなっているように感じた(同じ公演では聴けないが)。

⑭ 啄木鳥

(演奏:アコギ+パーカッションのみ) (歌詞字幕:手書きのみ)
suisさんは椅子に座って歌う。
田舎の家屋の玄関を開けて中に入るところから始まる。夜の暗い台所のテーブルの上には原稿用紙とくしゃくしゃの茶封筒。
台所の奥には小さな畳の居間を挟んで縁側と庭が見通せる。庭には灯篭の明かりが灯り、花木が明るく照らされている。
演奏に合わせて原稿用紙に歌詞を書いていく。画面への白字の歌詞表示はない。
奥の縁側に視線を向けると「祖父」がそこに来て座り、黙って庭を眺め続ける。
「少年」は机の上の茶封筒を手に取って、裏側に記載された送り主の住所を確かめる。※小説にて「母親」が破棄していた、刑務所の住所が書かれた茶封筒
封筒を机に戻し「祖父」のいる縁側のほうへと歩み寄り、間にある居間のちゃぶ台の隣で腰を下ろす。
曲の終わりに「祖父」は縁側の窓を閉めて去っていく。suisさんも歌い終えると一度舞台から退場する。

セッションⅢ

(演奏:管楽隊&パーカッションあり)
「プレイシック」「雲になる」と同様のぼやけた古いフィルム風に加工されレトロなファインダーのようなフレームのついた映像。
雨の中で傘をさし、港の突堤から田舎の町へと歩き出す。
他の映像とは異なり、リズムに合わせて同じシーンを何度もリピートするような独特な演出がある。
途中で場面が田舎町から駅のホームへと変わり、電車に乗り込みドアが閉まる。
車窓から見える風景は夜になり、徐々にビルの明かりが目立つ夜景へと変わることで、田舎から都会に帰ってきたことがわかる。「祖父」から過去に起こった事件についての話を聞き終えて、自宅へと戻っていく場面かと思われる。
ここのジャズ風のセッションはとにかくかっこいい。ノリの良い音楽で会場が温まった勢いのまま次の「千鳥」へと移行する。

⑮ 千鳥

(演奏:管楽隊&パーカッションあり) (歌詞字幕:ただの白字)
これで盛り上がらないはずのない曲。観客の手拍子も明らかにほかの曲よりも数多くて力強い。
昼の街を歩く風景で、日差しの明るさと歩みの軽快さから「少年」にとってなにかが吹っ切れたのを感じさせられる。
「千鳥」という曲の映像であり、風景もそれまでの住宅地ではなく街中の拓けた場所ばかりであるため、小説にて「少年」が引き籠るのをやめて久々に街へ向かった場面の再現であると思われる。
ただし映像自体は少し古びた色合いとなっている。
ラスサビ前にこの曲の時にだけ上手に設置される大きな銅鑼へと歩み寄るsuisさん。銅鑼の撥を手に取って、頭上へ高々と掲げた後に全力でドーーーーーーン!!と銅鑼を叩く。どの公演でも必ずここで観客の拍手喝采が起こる。その拍手を踏まえてか原曲より曲が再開されるまでの間が長い。
この曲が終わるとパーカッション以外の管楽隊追加メンバーの方々は退場する。素晴らしい演奏をありがとうございました。

⑯ 櫂

(演奏:サポメン+パーカッションのみ) (歌詞字幕:手書き+ただの白字)
勉強机の上に広げられた白紙の原稿用紙が映され、n-bunaが長めのギターソロを弾き、それをsuisさんが隣で見つめる。
歌い始める前に椅子に座るsuisさん。歌と同時に「少年」は歌詞を書き始める。※手書き文字の隣に白い字幕歌詞も
舞台の足元には「火葬」の時と同じ赤いグランドライトが灯される。※ライトの数は「火葬」より少なめになっている
1番のサビでsuisさんは椅子から勢いよく立ち上がって歌い、2番以降はそのまま立ったままで歌う。
曲の後半で「少年」は原稿用紙の隅に錨のイラストを描き始める。※小説「二人称」の「櫂」のページにあったものと同じ
描き終えると封筒に番号と日付(㉜ 11/26)を書いて、大きな茶封筒(我々が持っているのと同じ、小説「二人称」のあれ)に入れてひもで封をする。
曲のクライマックスでn-bunaは必ず頭の後ろでギターを弾く。
歌い終えるとお辞儀をしてn-buna以外は舞台を降りる。

終演

一人舞台に残ったn-bunaが演奏する「海へ」に合わせて、スクリーンでは物語の結末となる部分の映像が流される。
場面は昼間のどこにでもあるような住宅街の中の公園で、映像の視点の主である「少年」は公園内のベンチを見つめている。
そこに茶封筒(小説「二人称」と同じデザインのもの)を置き、その場から立ち去ろうと数歩歩いた後にベンチを振り返る。
そこでこれまで一貫して少年の視点で映されていたカメラが引きの構図に変わり、ベンチを振り返る少年の姿が映される。
少年の顔はいつものヨルシカMVのように白く塗りつぶされていて見えない(だが「少年」=「エイミー」といった言及はもちろん無い)。
少年が立ち去るとその様子を映していた視点が立ち上がり、それが引きの映像などではなく別人の視点であったと判る。
ベンチに近づいて「少年」の残した封筒を手に取る「誰か」。それを開封して中に束ねられている手紙を検め始めたところで
映像と「海へ」の演奏が終わり、n-bunaも静かに立ち去っていきライブが終わる。
小説のラストで記されていた、彼らの手紙をどこかに置いて知らない「誰か」に委ねる事にしたという場面の再現であり、つまるところラストに登場した「誰か」とは、小説「二人称」を購入した我々自身ということになる。

余談

n-bunaの顎髭がもじゃもじゃしている。もみあげから顎までがっつり繋がっていて、だいぶ厳つい。


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