脚本執筆初日に構成を変えた監督——『モネと時間旅行』が描く絵画と写真の交錯
脚本の初日に構成を丸ごと変えた監督の判断が、絵画史と映画表現をどう結びつけたのかを考察します。
交互構成をやめた、執筆初日の決断
セドリック・クラピッシュ監督の最新作「モネと時間旅行」は、19世紀パリと現代パリを交差させる物語です。当初、監督と共同脚本家のサンチャゴ・アミゴレーナは、1900年前後を舞台に過去と現在を交互に描く構成を考えていました。ところが執筆初日、二つの時代を交互に見せるより一つの物語の中で溶け合わせた方が面白いという結論に至ったといいます。
この転換は単なる技法の変更ではありません。時代を分けて描く構成をやめた瞬間、監督は「どうやって成立させるか」という別の課題を抱えることになったからです。
屋敷という舞台装置が解決した課題
注目すべきは、溶け合わせる構成を成立させるために考案されたのが「一軒の屋敷を相続する家族」という設定だった点です。ノルマンディーの古い屋敷を、面識のない30人以上の親族が相続する。その屋敷には19世紀の写真や絵画が数多く残されている、という設定です。
クラピッシュ監督は、写真と絵画が異なる表現方法でありながら同じ問いに向き合っていることを描きたかったと語っています。その問いとは、限られた時間しか生きられない人間が、どのようにして自らの痕跡を未来に残すのか、という普遍的なテーマだといいます。
この発言から読み取れるのは、監督が「交互構成をやめる」という技法上の決断を、先に単独で下したわけではないという点です。家族が屋敷を相続し、そこに残された写真と絵画を発見するという物語構造そのものが、二つの時代を分けずに描くための土台になっています。つまり構成の転換と設定の考案は、後づけではなく一体で生まれたと考えられます。
絵画と写真が「同じ問い」に向き合うとはどういうことか
ここで美術史の視点を補うと、監督の発言はより具体的な意味を持ちます。写真研究者の糸崎公朗氏がnoteで解説しているように、写真発明以前のヨーロッパでは「カメラ・オブスキュラ」という道具を使い、画家が像を紙になぞって描く手法が広く使われていました。フェルメールもこの道具を使っていたとされています。
写真術は1839年、ルイ・ジャック・マンデ・ダゲールによって発表されました。それ以前の1826年か1827年には、ニセフォール・ニエプスが「ヘリオグラフィ」という手法で世界初とされる写真撮影に成功していますが、露光時間が8時間から20時間もかかり、実用には至りませんでした。ダゲールはニエプスと共同研究を進め、露光時間を10分から20分程度まで短縮したことで、実用的な写真術として発表しています。
同記事によると、フランス政府はダゲレオタイプの特許を買い取り、一般公開しました。これは当時、写真という新しい表現方法が個人の発明を超えて、社会全体で共有すべき技術と見なされたことを示しています。
こうした経緯を踏まえると、絵画と写真は「対立する表現」ではなく、「同じ道具・同じ課題を出発点にしながら分岐した表現」だったと位置づけられます。監督が語る「同じ問いに向き合っている」という言葉は、この分岐の構造と重なります。絵も写真も、もとは限られた時間の中にある姿を留めようとする試みであり、手法が分かれた後も、残したいという動機そのものは変わっていない、という見方ができます。
この構成転換は観客にとって何を変えるのか
過去と現在を交互に描く時代劇構成は、フラッシュバックのように場面を切り替え、時代の対比を観客に明示する手法です。一方、クラピッシュ監督が選んだ「溶け合わせる構成」は、本編映像で示されているように、19世紀パリの船旅の場面から現代パリのランナーやオルセー美術館の風景へ、画面がシームレスに移り変わる形で表現されています。
この違いが観客にとって何を意味するのか、ここで一段階の推測を加えます。交互構成では、観客は「今はどちらの時代か」を意識しながら物語を追う必要があります。対して溶け合わせる構成では、時代の境目そのものが曖昧になるため、観客は「これは過去なのか現在なのか」という区別より、「屋敷に残された絵と写真が、なぜ今の家族に影響を与えているのか」という関係性に注意を向けやすくなると考えられます。これは監督が語った「家族の歴史と美術史の表象の変化を重ね合わせる」という狙いと整合的です。
なお、脚本家サンチャゴ・アミゴレーナの過去の作品傾向や、クラピッシュ監督との共同作業歴については、公表情報からは確認できません。この点は推測で補わず、明言を避けておきます。
まとめ
「モネと時間旅行」の見どころは、過去と現在を分けずに描くという構成上の決断と、それを支える屋敷という舞台設定が一体で生まれている点にあります。絵画と写真が同じ問いに向き合っていたという美術史的背景を知っておくと、本編映像のシームレスな転換の意味がより深く理解できるはずです。
過去と現在を交互に見せる映画と、溶け合わせて見せる映画、あなたはどちらの構成に物語の説得力を感じますか。
参考情報
・[絵画にまつわる秘密…家族の歴史と、美術史の“表象”の変化を重ね合わせた意欲作「モネと時間旅行」本編映像](https://eiga.com/news/20260804/15)(映画.com)
・[写真史と美術史を分けない方が写真がわかる・「はみ出し者の画家」が発明した写真](https://note.com/itozaki_photo/n/n6a7e286ee9e0)(note/糸崎公朗)
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