第2章 クラシック音楽を楽しむためのインフラ整備 極意9&10 (ビギナーが楽しむためのクラシック音楽攻略セミナー《インフラ篇》)
極意9 オーケストラの面白さから入る
私がクラシック音楽入門に成功したポイントは、今から考えるに2つある。1つはクラシック音楽というよりまずオーケストラに魅せられた事。もう1つは、クラシック音楽という先入観が全くないまま、ただ「ストーリーや状況を表現した音楽」として聴いていた事。
私はまず、オーケストラに魅了された。色々な楽器が一緒に音を出す合奏という形態が面白くてたまらなかったのだ。なので随分長い間オーケストラ曲しか聴かなかったし、いまだにピアノ曲や室内楽などは少し物足りない感じがある。水墨画やクレーの抽象画を見て、「うんうん、なかなか味わい深いね」としたり顔をしてしまうような背伸び感がどうも拭えない。
単に私のセンスがお子ちゃまなだけという説もあるが、これは多くのクラシック・ファンに見られる隠れた傾向のようで、音盤も演奏会もやっぱりオーケストラのコンテンツが一番売れている。翻って考えれば、それこそビギナーの皆様へ提供するメニューとしては最も有効という事ではないのか。
オーケストラから入るのが良い理由は、単に色々な音が聴こえる方が楽しいし、演奏の違いを聴き分けるにはオケの方がわかりやすいという事もある。楽器が多いほど差異を判別するためのファクターも多く、楽器の音色のブレンドやホールの響き、合奏の塩梅なども、楽器が多いほど種類が増える。指揮者とオーケストラの組み合わせという聴き方(後述)も、ソロや室内楽では味わえない魅力である。
もちろん、皆様の感覚まで同じようにお子ちゃまであるとは限らない。私のビギナー時代は小学生高学年だったので、同じ方程式が苦みばしった大人たちにそのまま適用されるかどうか、今ではもう分からない。
なので皆様はもちろん、好きだと感じればピアノや歌曲、弦楽四重奏をガンガン聴いて頂いて問題はない。私の周囲にも、クラシックには詳しくないがショパンやリストのピアノ曲はよく聴くという人はいる。
学生時代、バイト先のレンタル・ショップの先輩がバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタの2枚組CDを持ってきて、「これって良いのかな?」と訊いてきた事がある。ヴァイオリンがソロで延々と弾き続ける曲なので、「長くて変化がないのでビギナー向きじゃないですよ」と答えたが、先輩は「大丈夫、大丈夫」と謎の自信に満ち溢れていた。後日感想を訊いたら「めっちゃ良かったわ」と不適な笑みを浮かべていたが、本音はどうだったのか不明である。
まあポップスやロックのサイズ感(特に曲の尺)やメロディ中心のスタイルに慣れている方々には、オーケストラより室内楽やピアノ曲の方が親しみやすいという考え方もできる。音量の幅の大きさを考えれば、後者の方が気軽に聴けるのも確かだ。成熟された大人の皆様なら、むしろそっち派が多いのかもしれない。
なので、「オーケストラを聴こうぜ」という本稿の主張とは真逆だが、後のプレゼン篇は室内楽から始める予定である。矛盾してるじゃんと非難されるかもしれないが、オーケストラを楽しめる人と静かなBGMを求めている人は別の派閥の可能性もあり、同時にプレゼンはできない。それに多少の矛盾は無視してしまういい加減さこそ、弱小アマチュア・ライターの醍醐味でもある。
極意10 ストーリーのある曲を聴く
私の経験に基づくポイントその2、それは標題音楽を聴く事。標題音楽とは、物語や情景など具体的な題材のある描写音楽である。逆にそうでないものは絶対音楽といって、純粋に音の組み合わせや構造を聴かせるものを指す。絵画で言えば模様やパターン、抽象画みたいなものである。
器楽のみで演奏する作品は、どうしてもメロディとサウンド(耳の良い人ならハーモニー)を追う聴き方になってしまい、ポップ・ソングより集中力が必要になってくる。しかも5分前後のポップ・ソングと較べて、オーケストラ曲はそこそこ長さのあるものが多い。
いきなりそれをじっと聴けというのは、慣れていない人には難しいだろう。しかしそこに具体的な描写があれば、ストーリーや状況がガイドラインとなり、音の動きや緩急を「ここで嵐が起こった」「登場人物が死んだ」とイメージに結び付けやすい。
私は前述の通り、最初はクラシック音楽という認識を全く持たず聴いていた。きっかけは《惑星》という、火星、金星など7つの惑星の名が付いた組曲だった。作曲したホルストは、火星が「戦争の神」、金星が「平和の神」と占星術に基づく性格づけをしているが、私はしがない小学生だったので「これが火星の音楽か~」「これが木星の音楽か~」と曖昧に雰囲気で聴いていた。そんなんでいいのだ。
続いて私は、《アルプス交響曲》《春の祭典》《カルミナ・ブラーナ》《アルルの女》《ダフニスとクロエ》と新しい曲に親しんでいったが、今から振り返ればこれらはみな物語や具体的描写がある曲である。イメージは重要なのだ。今鳴っている音が何を描写しているのかを追いかける事は、ポップ・ソングで歌詞を追う事と同様のガイドラインになるだろう。
これが歌劇(オペラ)だと主役は歌手になり、歌詞を細かく追う必要も出て来るし、そもそも曲が2時間以上と長い。いくら物語のある音楽といっても、最初から歌劇はハードルが高いだろう。カンタータやオラトリオなどの声楽作品も同様だ。
とはいえ音楽や演劇が融合した特殊なジャンルだけあって、オペラ専門にハマっているオペ専ファンも結構いるようである。タカラヅカ的な感覚か、貴族趣味的なセレブ感ゆえか(今でも欧米では、各歌劇場の新演出プレミア公演は上流階級の社交の場である)、どうも女性にそういうファンが多い気がする。
ちなみに《春の祭典》も《アルプス交響曲》も《カルミナ・ブラーナ》も、業界ではビギナー向けの曲とされていないし、曲の長さも決して適切ではない。《春の祭典》は不協和音と変拍子が連続する現代音楽の幕開けを告げた難曲で、パリ初演で聴衆が怒鳴りだして大騒動になった事件で有名である。従ってこれらの曲は、ビギナー向けのファミリー・コンサートではまず演奏されない。
しかしそんな複雑な曲でも、赤貧家庭のビギナー小学生だった私でさえ、最初から最後まで覚えてしまうのだ。赤川次郎氏がクラシック音楽のエッセイに書いているが、ある小学校で音楽の授業に《春の祭典》を流したら、子供達が大喜びしたという話もある。
これらは皆、オーケストラの魅力がフルに活用されたカラフルな音楽でもある。金管楽器や打楽器の迫力や、様々な楽器が織りなす多彩なサウンドは楽しいものである。もちろん物静かな音楽をたしなみたい大人びたビギナーもいらっしゃるだろうが、派手な要素でファースト・インパクトを印象付け、徐々に本質で勝負してゆくというのはどの業界でも鉄則の戦略である。
しつこいようだが、クラシックとの出会いを提供する側は、ビギナーの感性を見くびりすぎだと思う。映画のサントラで壮麗なオーケストラが響き渡り、マーラーやオルフの曲をDJがサンプリングしてフロアで流すというジャンル・ミックス著しいこのご時勢、先鋭的なオーケストラ・サウンドに拒否反応を示すビギナーは少ないだろう(大きな音が嫌いな人はこの限りではないが)。
クラシカル・パワーは偉大である。最初からストラヴィンスキーやR・シュトラウスをガンガンぶちかませばいいのだ。前述した《新世界より》とかベートーヴェンの第7番みたいな定番人気曲も、決してNGとは言わないが、ビギナーにとってはある種の罠でもある。最初にこれらを聴いてしまうと、逆にクラシックを嫌いになってしまう可能性も秘めているのだ。
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