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弁天の刺青4(新世界物語・1999年)短編小説:背中に弁天の刺青を彫った男と、男が愛した女の物語

(七)
吉田は暗い顔をして奧の部屋に入った。アパートの敷金、子どもの保育所の費用、身の回り品など、金は全て、春江が用意した。相当な金額になった。そして、借用証書に判を押した。利子は安くすると言っていたが他と変わらなかった。
「あけみちゃんやったら、一年で返せるわ」
 しかし、店に出たものの、三十三歳になると若いときほど、客もつかなかった。子どもの世話に手がかかり、お金も前のように化粧代や体の手入れに使うことはできなかった。まして、あけみは今も祖父母に仕送りを続けていた。以前ほど送ることはできなかったが、たとえわずかでも送金した。借金を一年で返せることはとてもできなかった。
春江が、あけみにしつこく言った。
「ええか、いつまでも話し込んだらあかんで。話し続けるんやったら金もらい。五分で五千円や」
「けっ。うるさい婆や」
「なんやて!」 
「そんなに言わんでも」
 吉田が横から言った。 
「あんたがそんなんやから、女の子がつけあがるんや」
 近頃、春江の吉田に対する口のきき方が横柄なことに、あけみも腹立たしかった。若い頃は、地回りの男達からも一目置かれていた吉田だが、最近は気の良いおじさんという風に見えることさえあった。もう一軒の店を任せている男の態度も春江と同様につけあがっているように見えた。しかし、吉田は二人に何も言わなかった。
 
(八)
しばらくして、春江が金庫の金を持ち出していなくなった。
店の男と逃げたらしい。しかし、あけみには吉田が落胆しているようには見えなかった。女達は、吉田はまだ大きな財産を持っているはずだと噂した。吉田は淡々と言った。
「金の切れ目が縁の切れ目や」
戦前からの老舗料亭『吉田』は三代目で店を閉じた。

あけみは料亭をかえて、飛田に出るつもりだった。それしか稼ぐ道を知らなかった。吉田に相談に行った。吉田は二つの店を売りに出していた。
「マスター、わたし他の店にでるわ」
 吉田はあけみをじっと見つめて言った。
「もう、この稼業やめとき」
「借りてるお金返されへんわ」
 まだ、吉田からの借金が半分以上残っていた。
「ぼちぼち返してもろたらええから。利子はいらん」
「ありがとうマスター。客も昔ほど付かへんようになったけどな…。うち、ほかに稼ぐ方法しらんから」
「あけみ、大丈夫やて、人間なんとかやっていけるもんや」
 吉田は、あけみに一万円札を五枚渡した。
「これは、マー坊の小遣いや。あんたにあげるんと違う。そやから返してもらわんでええから」
 あけみは涙ぐみながら頭をさげた。
あけみは、懸命に仕事を捜した。しかし、子どもを抱えたあけみに好い仕事は見つからなかった。吉田は陰になり日向になり、あけみを応援してくれた。まもるは吉田によくなついた。吉田は、まもるのために食事を作ったり、洗濯もした。どこか楽しげでもあった。

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