『ヨーゼフ・メンゲレの逃亡』
オリヴィエ・ゲーズ 著 高橋 啓 訳 創元推理文庫 2026年2月
アウシュヴィッツで人体実験を繰り返し、「死の天使」と恐れられたヨーゼフ・メンゲレは連合軍の目を逃れて戦後南米に逃亡し、ナチハンターの追及も空しく死ぬまで捕縛されることがなかった。逃亡中のメンゲレの様子を綴ったノンフィクションノベル。
この小説はキリル・セレブレンニコフ監督により『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』として映画化されました。
映画の感想はFilmarksの方に書いているのご参照を。
映画を観て興味深かったのが、メンゲレが逃亡中にどのように過ごしていたのか?ということ。
もちろんその概要は映画を通して知ることは出来るのですが、更に詳しくとなると、やはり原作を読まなければならない。
原作者のオリビエ・ゲーズはフランス人ですが、その経歴を見ると1974年生まれのジャーナリスト・作家であり、映画『アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男』の脚本も担当しているとのこと。
本稿とはあまり関係がありませんが、一応こちらの感想は以下のとおり
アイヒマンの逮捕に至る物語を描いたこの映画の脚本家ということは、やはりその方面には一際造詣が深いという人なのだろうと思います。
一読してすぐに気が付いたのは、その内容というか表現方法がメンゲレの心中を覗き込むような第一人称で書かれ、それが全編に及んでいることで、これはローラン・ビネによる『HHhH(プラハ、1942年)』と印象が非常に似通っている、ということでした。
『HHhH(プラハ、1942年)』の感想はここでも書いていますが、
その文体は作者による散文的な思いが随所に挿入され、ハイドリヒとその暗殺者たちの様子を描きつつ、その心中と作者の思いが入り乱れて描かれるという、少々独得な手法によるものでした。言ってみれば、作者自身が小説の登場人物の一人として役付けられている、といったところ。
本書の解説に目をやると、その解説文はあのマライ・メントラインさんが書いており、そこでもやはり『HHhH(プラハ、1942年)』との類似性について触れられていました。
『HHhH(プラハ、1942年)』もまた『ナチス第三の男』として映画化されていますが、こちらの方は原作を読んだうえで映画の方は鑑賞を見送りました。(この独特な語りのスタイルが映画に反映されているとは思えなかったため)
両者ともフランス人作家による原作、映画化という共通項がありますが、フランスではこうした心理描写を主体にしたノンフィクションノベルはよく行われているのかどうかは充分な知見があるわけではないのですが、興味深いところです。
メンゲレが逃亡中に何をしていたか、そしてどのように考えていたのか?については本書で確かに映画よりも詳細を知ることができますが、その心理描写は具体的かつ詳細にして鮮明過ぎ、創作物としても些か踏み込み過ぎではないか?という印象は拭えません。
もちろん、これはメンゲレの逃亡中の様子を描いた“小説”であって、そのドキュメントというわけではなく、そこを期待する、あるいは否定的に見ることは“お門違い”というべきなのですが、個人的な印象(=好み)としてはやはり、もう少し距離を置いて描かれていた方が良かったかな、と思うのでした。
映画の感想の中でメンゲレという人物に対する私個人のある種の恐怖の根源について触れていますが、その根源には『ブラジルから来た少年』での、当時はまだ存命中(=逃亡中)であったメンゲレの途方もなく恐ろしい計画についてのトラウマともいうべき印象にあります。
本書において興味深いところのひとつとして『マラソンマン』のローレンス・オリヴィエが自分をモデルにして役作りをしたとの話を耳にしたメンゲレが、自身を敗残者としての思いを強く感じる描写があることで、実際のメンゲレがこのような印象を持ったかどうかとなると、やはり限りなく“創作”の範疇に入るのだろう、と思うのでした。
セレブレンニコフの映画の方は逃亡中のメンゲレが(追っ手から逃れるためとはいえ)自分の老いとともに世界の中で埋没し、限りなく存在の希薄な者となっていく様子を淡々と描いていくのですが、老いてなお自身が信じるところのナチズムの教義について声高に叫ぶことなど出来ずに、デューラーの版画『騎士と死と悪魔』を壁に掲げていることや、せいぜい同居人のハンガリー人に差別的悪態をつくくらいしかできないもどかしさとある種の絶望感を漂わせたのちに死に至る、という、無慈悲に消え去る“ただの老人”として描くことで、この稀代の戦争犯罪人の最期を徹底的に否定的描写で描いているのでした。
本書においても死に至る部分での描写はむしろ淡々としており、その後については当然のように遺体がメンゲレのものであることが確認されるに至る出来事が比較的簡潔に描写されています。
メンゲレが裁判にかけられることもなく、その生涯を自然死という形で終わらせたという点において、このような戦争犯罪人を最後まで自由にさせた、あるいはそれを協力した人物や組織こそ批判されるべきなのは当然ですが、戦後においてもナチズムのような史上最悪の思想を信奉する者が一定程度居たということ、またドイツに限った話ではありませんが、右傾化や排外主義といった形でそうした思想そのものへ回帰するような動きが日本を含む世界中の至る所で進行中であることを思うと、メンゲレの死がナチズムの終わりを意味しないこと、注意を怠ればそのような思想はいとも簡単に復活を遂げて、同様の惨禍を招く恐れがあるということを、強く意識しないわけにはいかないのでした。
