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あわいろパレット ― 京の怪異と、君と描く私の世界 ― 第20話 交わる刃と矢

――甲高い金属音が、夜を裂いた。
振り下ろされた怪異の爪を、一本の刀が真正面から受け止めていた。

火花が弾ける。

衝撃が空気を震わせる。

かすむ目の先に、制服姿の少女が立っていた。

長い髪が夜風に流れる。
細い背中なのに、大きく見えた。

紗桜は呆然と、その背中を見上げていた。

少女は爪を受けたまま刀を滑らせ、半歩ずれて力を外す。
怪異の巨体がわずかに流れた。
速い。
もう刀が横に走っていた。

鋭い一閃。

間合いごと断ち切る牽制。
怪異が低く唸り、後方へ飛びのく。

少女は返した刀に気を乗せ、一気に三発。

「龍爪!!」

三つの斬撃が夜気を裂いて奔る。

怪異は身を引き、後ろへ跳んでかわした。

少女の視線が、ほんの一瞬だけこちらをかすめる。

「生きてる?」

「う……うん……」

まだ呼吸がうまく入らない。
身体を起こそうとしただけで、全身に痛みが走った。

「間一髪やったな。遅れてたら死んでたで」

「……倒れてるとこ悪いけど、あいつ私一人じゃ無理。一緒に倒すで」

「あ……あなた、は……?」

「そんなんあとあと。あいつを倒してからや」

「わ、わかった」

そう答えて身じろぎした拍子に、手の甲が脇の矢筒に当たった。
指先がそのまま矢羽を探ると、三本折れていた。

(……さっきので、三本やられたんか……)

「……まだ、核……見つけれてへん」

「核ねえ」

少女は怪異を見据えたまま、口元だけで笑った。

「猫みたいやから、腹っしょ。腹。ってか、立てる?」

紗桜は歯を食いしばって脚に力を入れた。
立ち上がりかけた瞬間、全身に走った痛みで身体がぐらつく。

「……なんとか」

「わたしがあいつの注意を引き受けるから、倒し方考えといて」

「え」

「じゃ、よろしく」

「ちょ……」

止めるより早く、少女は地を蹴っていた。

右前方へ鋭く飛び出し、そのまま怪異へ突っ込んでいく。
飛び込んだ先へ、五本の尾が次々に突き出された。

速い。

鋭い。

少女は刀で弾き、受け流し、身をひねる。

捌きながら前へ出る。
全部は避けきれていない。
袖が裂け、太腿に浅い傷が走り、にじんだ血が、制服をじわりと濡らす。

「……っ!」

怪異が前足を振り下ろす。
少女はそれをかわし、さらに距離を詰めた。

腹の奥で、脈打つ気配。

(核はやっぱり腹かっ!!)

刀を振り下ろす。

怪異は後ろへ飛びのき、斬撃は空を裂いた。

少女は止まらない。
そのまま追う。

怪異は身を引きながら、尻尾の先で近くの木をえぐり取り、投げつけてきた。

「っ!!」

一本目をかわす。
二本目は刀で真っ二つに断ち切った。

裂けた木の向こうで、怪異が大きく口を開いていた。

(なにかくる!!!)

「グルァァァァッ!!」

咆哮

重い衝撃波が叩きつけられた。

見えない圧が、正面から押し潰してくる。

「!!!」

少女はとっさに両腕を交差させた。

衝撃が、全身を打ち抜く。

「ぐっ……!!」

身体が数十メートル、後方へ弾き飛ばされた。
少女は空中で体勢を立て直し、低く構えて足をついた。

ザザァァァァッ!!

その直後、背後に気配が走る。

「っ!!」

怪異の前足が、頭上から振り下ろされていた。
少女は振り向きざま、刀を上へ振り上げる。

しかし。

刃は、空を裂いた。

「えっ!?」

怪異の姿は霧散していた。

濃い瘴気が、背後から迫る。
大きく開いた口が、少女の目の前まで来ていた。

「やばいっ!!」

と思ったとき、紗桜が上空で弓を構えている姿が見えた。

「剛烈!!!」

気を目いっぱい込めた矢が、轟音とともに空を裂く。
怪異の頭部へ直撃した矢は、その巨体ごと地面へ叩きつけた。

ズガァァン!!!!

頭部からどす黒い瘴気が噴き出す。
少女はその場を離れようとした。

そのときだった。

頭に、何かが流れ込んでくる。

痛い。
苦しい。
寒い。
なんで。
殺さないで――。

実験動物として虐待され、的にされ、声も上げられないまま死んでいった動物たちの記憶。

数えきれない悲鳴が、瘴気を通して頭になだれ込んでくる。

「――っ、う……!!」

少女は顔を歪めた。

(なんてかなしいの……動物たちの苦しい思い、人間への恨みがあんたを作ったんやね……)

怪異は頭を振り、うなり声を漏らしながら身を起こしかけていた。

「早く、離れて!!」

紗桜の声が飛ぶ。
少女は地を蹴った。
身を翻し、紗桜のそばへ寄る。

「核はやっぱり腹にあったわ」

「……お腹にあるなら、上に飛ばして。地上やと、狙われへん……反応も、速いし」

「りょ~かい。わたしがおとりになる」

怪異がゆっくりと顔を上げた。
喉から低い唸り声が漏れる。
五本の尾が激しく揺れ、二人をにらむ目には、さっきまでとは違う剥き出しの殺気があった。

「グォアアアアァァッ!!!!」

咆哮と同時に、衝撃が円錐状に広がる。

「二度も当たらんわ!!!」

少女と紗桜は左右へ散った。
少女はそのまま刀を構え直し、怪異へ切り込んでいく。

鋭い尾の連撃を、少女は刀で弾き、受け流し、身をひねってかわしながら前へ出た。
死角へ回り込む尾が、少女の脇腹をえぐるように迫る。

その寸前、

パァァァン!

紗桜の霊矢が横から尾を弾いた。

軌道が逸れる。
少女は止まらない。
紗桜が見ている。

そうわかっただけで、踏み込みに迷いが消えた。

怪異は少女へ尾を浴びせながら、ときおり紗桜へも意識を向けてくる。

紗桜は走った。
位置を変えながら霊矢を放ち、怪異の注意を乱し、少女へ向いた攻撃を削っていく。

そのとき、紗桜の右足が止まった。

少女も同じだった。

「!!」

地を蹴ろうとした足が、動かない。

「なんや!!」

紗桜は足元へ視線を落とした。
怪異の身体から黒い筋が伸びている。
地面を這ったそれは、紗桜と少女の右足へ絡みつき、地面へ縫い止めていた。
その先で、怪異の尾が二本、地面に突き刺さっている。
残る三本の尾が、少女へ一斉に襲いかかった。
少女は刀を振るい、突き出される尾を弾く。

針、メス、鉤爪。

形を変えた先端が、息つく暇もなく打ち込まれる。

「くっ……!!」

少女は受け流し、押し返す。
怪異の前足が横薙ぎに走った。
少女は両手で刀を握り、受け止めた。
前足を止めた少女の横から、メスと針の形をした尾が迫る。

「これ!! やばいって!!」

右足は地面から離れない。
逃げられない。
紗桜は弓を引いた。

「剛烈!!」

狙ったのは、怪異の身体ではない。
怪異の真下の地面。
放たれた霊矢が、地面へ突き刺さる。

ズガァァン!!!!

地面が砕け、怪異の巨体が大きく傾いた。
少女へ向かっていた尾が、空を裂いて外れる。
同時に、足を縛っていた黒い筋が切れた。

「っ!」

紗桜と少女は後方へ飛びのき、怪異との距離を取った。

怪異は怒りに似た唸りを上げる。
五本の尾を揺らしながら、二人へ視線を走らせていた。

紗桜と少女は、一瞬だけ目を合わせた。

「よろしく!!」

「わかった!!」

二人は状況を読み、お互いの役割を理解していた。

少女が再び怪異へ飛び出す。
紗桜は怪異の側方へ走った。

怪異も少女へ向かって飛び出し、尾で猛攻を加えてくる。
少女は迫る尾を弾きながら突き進んだ。
刀と尾がぶつかるたび、甲高い音が夜へ散る。
怪異が両前足を上げた。
少女めがけて、振り下ろす。

しかし。

その両前足は、少女の手前で地面を叩いた。

「えっ」

怪異が急に向きを変える。

狙いは、側方へ走っていた紗桜。

「フェイント!!」

少女の声が飛ぶ。

怪異は空中で身体を回転させ、口を開けた。
ドリルめいた勢いで、紗桜へ迫ってくる。

「わたしかい!!」

紗桜は上方へ大きく跳んでかわした。
怪異は着地と同時に身を低く沈め、宙の紗桜を睨み上げた。
後ろ足に力が溜まる。

「君の相手はわたしやで」

少女は、すでに怪異の目の前にいた。

怪異が気づいた時には遅い。

少女は刀を低く引き、居合の構えへ沈んでいた。
足に気を集中させ、地を蹴った。
薄い藍の残像を曳きながら、少女の身体が一気に間合いを消す。

怪異はとっさに核を庇うように上体を沈めた。

「宵影・斬!!」

一閃。

怪異の両上腕から肩口へ、鋭い斬撃が走った。

「グギャアアアァッ!!」

裂けた傷口から瘴気が噴き上がる。
その奥で、無数の悲鳴が重なって聞こえた。
少女は振り払って刀を返し、そのまま追撃へ入る。
怪異は大きく後ろへ飛びのき、距離をとった。

「逃がさん!!」

少女がさらに踏み込む。

「宵影・突」

一直線の刺突が、怪異の腹を射抜こうと伸びた。

キィィィィン!!!!!

五本の尾が束になって割り込み、刀を受け止める。

「!!!!」

ばっと開いた尾が、刀ごと少女を弾いた。

「えっやばっ!!」

怪異は巨体を荒々しくひねり込み、五本の尾を横殴りに叩きつけた。

少女はとっさに刀で受けた。

重い。
押し切られる。

そのまま身体ごと弾き飛ばされた。

その瞬間だった。

空から無数の光が、一斉に降り注いだ。

――天泣

紗桜は上空へ霊矢を放っていた。

怪異は大きく飛びのいた。

だが、止まらない。

霊矢の雨を裂いて駆け抜け、そのまま少女へ飛びかかっていった。
少女は地面に叩きつけられる直前に身をひねり、着地と同時に大きく上空へ跳び上がった。

怪異も地を蹴り、少女を追って上空へ上がる。
その行く手に、三本の木が唸りを上げて飛んできた。

「げっ、また木かい!!」

少女は刀へ気を走らせ、

「龍爪!!」

三つの斬撃が夜気を裂き、飛来した三本の木をまとめて断ち切った。
砕けた木片が散る中、尾が猛然と打ち込まれた。
少女は刀でそれらを次々と弾き、受け流し、真正面から押し返す。

その猛攻の奥から怪異の前足が大きく振り下ろされた。

キィィィィン!!!!!

少女は咄嗟に刀を掲げ、一撃を真正面から受け止める。

「重いぃぃぃっ!!!!」

腕が軋む。

少女の身体はそのまま地面へ叩き落とされた。

ドカァァァン!!!

重い衝突音が地を震わせる。
少女の身体が、地面へ激しく打ちつけられた。

怪異は追撃に移ろうとした。

その刹那

巨体の腹の下の死角で、紗桜は宙に身を留めたまま狙いを定めていた。
腹の核へ意識を絞り、矢に気を込める。

「剛烈!!!!!!」

轟音とともに放たれた矢が、怪異の腹へ一直線に突き刺さる。

ズガァァン!!!!

衝撃が怪異の巨体を揺らした。
核に当たった。

しかし。

砕けていない。

「うそやろ……っ」

核はひび割れながらも、まだ残っていた。
怪異が首をひねり、腹の下の死角を見た。
大きく口が開く。
喉奥で空気が唸る。

「っ!!」

そのとき、地上から一筋の光が走った。
まっすぐ飛んできたそれは、怪異の顔面に突き刺さる。

刀。

少女が怪異へ向けて投げていた。

「ガァッ!!」

怪異の動きがぶれた刹那、紗桜は最後の矢をつがえていた。

残った気を、ためらいなく全部そこへ注ぎ込み、

――一射。

腹の中心へ一直線に飛び、核を貫いた。
赤黒い光が、びしりとひび割れる。
割れ目の中で、白いものがちらつく。
墨で文字が書かれた、札。

「……札?」

そう気づいた時、核の光が限界まで膨れ上がる。

パァァァン

乾いた破裂音が響く。
砕けた核から白い粒子が散り、夜の中できらきらと舞った。
その光に混じって、札が一枚、ひらりと浮かぶ。

「待って……!」

紗桜が手を伸ばす。
届かない。
札は白い粒子に呑まれ、文字の輪郭だけを残して消えていった。

「ガァァァァァ……」

怪異の叫びが、夜気の中で細くなっていく。
核は崩れ、巨体から力が抜けた。
怪異はそのまま地面に落ちた。
紗桜も遅れて着地し、よろめきながら足を踏みしめる。

ほどなくして輪郭が崩れ、瘴気ごと消えていった。
怪異の気配が、夜の中からすうっと消えていく。
張りつめていたものが切れ、紗桜はその場にへたり込みそうになった。

腕が重い。
指先に力が入らない。

「……紙片じゃなく、札やった」

「文字……いや、象形文字に近い……?」

前に出てきたのは、文字が書かれた紙片だった。
今回は札。
どちらも核から出てきた。

「文字が書かれた紙片に、札……」

「だれかが、怪異を操ってるん……?」

「……」

今は、それよりも少女が気になった。
荒い息をどうにか整えながら、紗桜は倒れた少女のほうへ歩いた。
脚は痛むし、全身が軋む。
少女は地面に倒れたまま、ぴくりとも動かない。

「……生きてる?」

少しして、少女の唇が動いた。

「う、うん」

その返事を聞いた瞬間、全身から力が抜ける。

「……さっきと、逆やね」

「ほんまに、あははは」

笑った拍子に痛みが走ったのか、少女が顔をしかめた。
それを見て、紗桜も緊張の糸が切れて、その場へどさりと横になる。

「……もう、死ぬかと思った……動けへん……」

「……あたしも。全身痛くて動けへん」

二人とも仰向けのまま、しばらく夜空を見ていた。

ほんの数分前まで夜を裂いていた咆哮も、地面を揺らした轟音も、もうない。
代わりに、草むらから虫の声が聞こえてくる。
りり、りり、と細い音が、夏の夜を満たしていた。

まだ身体は熱を持っているのに、気が抜けたせいか、風が冷たく感じる。
少女が、ふと思い出して口を開く。

「そや、わたし、市之瀬春舞(いちのせはる)」

「わたしは……」

言いかけたところで、春舞が笑う。

「言わんでも知ってる」

「えっ……もしかして、あの……」

「ごめん。学校でチラ見してた」

紗桜は顔だけそっちへ向けた。

「……いや、あれ、チラ見っていうか……いらん気配とばしてたやん……」

「あははは。だって、由良さんに気づいてほしかったんやもん」

「……なんやそれ。でも、逃げてたやん」

「由良さん、怖いんやもん」

「こわい、かな」

自覚がないぶん、傷つく。
春舞の声に悪気はなくて、紗桜は言い返しきれなかった。

「博物館と閑照寺も??」

「せやで」

「なんで気配消してたん?」

「いや~見つかったらめんどくさそうやったから」

春舞は苦笑したまま、空を見上げる。

「ま、その話はあとで。堀川通りに二体おるんやろ?」

その一言で、緩みかけた意識が引き戻される。

「……助けに、行かな」

「……ほんじゃいきますか」

春舞が先に起き上がろうとして、痛みに顔をしかめる。
紗桜も呻きながら身体を起こした。

「うん」

短く返して立ち上がる。
脚は重い。息もまだ乱れている。
それでも、止まってる暇はなかった。

to be continued…

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