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note創作大賞2026落選から考えるWho am I?

noteで好きなように好きなことを書いています。
noteの創作大賞2026の中間発表が行われ、この時点で落選がわかった今日はちょっと、noteを書く自分に今一度確かめたいと思うことを書いていきます。
そうなんですよ、落選しました。実質的にはエッセイコンテストに出すぞーって決めてから、記念すべき初めての落選ですね!なので、改めて自分の文章は何のために書くのか、どう書いていきたいのか、文字に対する責任と、自分が好きな自分でいるためにと少し考えたことを書いていきます。

私のnoteは私のもので、指から文字があふれ出る文字版エルサで、文字系おしゃべりオバハンで、誰の真似でもなく私そのものを表現しています(おーおーくどいくらいに言うわ)。
簡単かもしれないけど、楽かもしれないけど、私の記事をAIに書かせないのは私が書きたいからであって、私が書くことが必要だからです。前にもこんな話を何度かしています。書きたいんですよね、好きなように。それが「私」がnoteを書く理由でもあるわけですし。

という、突き詰めるとオリジナルとは何かを考えています。
社会に生きている以上、そしてnoteを書いている以上、どこかで誰かの記事を読んで無意識に同じテーマを選んだり同じような記事になることだってあります。そうなっていたらごめんなさい、わざとじゃないです。

私レベルの人間が考え付くや経験することは世界のどこかで既に行われていることだったりします。私はあまり…いや、全然クリエイティブな人間じゃないので正直言うと自分のオリジナリティというものがわかりません。体験や経験自体は私がしていても、それを表現するのは、どこかで誰かの模倣になっているかもしれません。そう思うと、無意識なオマージュやインスパイアはどこまで許されるのだろうとちょっと考えます。

話が少しそれますが、著作権法を勉強していると「創作性」は「独創性」をそこまで求めていないのだなと知ります。同時多発的に、同じことを思いつく人は山ほどいて、それを発表するのが前か後かくらいで。しかも発表したところでそれを見て同じようなものを作ったかどうかなんて証明しきることの方が難しいケースが多いよなと。

いつも通り、何が言いたいかわからなくなってきましたね笑
それでこそ私です(とんでもないポジティブキタ笑)

note毎日投稿も200日を越えました。正確には、今日で241日かな?
1つ1つの記事を自分の中から紡ぎだして、力を込めて書き続けているので、我ながらすごいなと思っています。褒めますよ、簡単に自分を褒めるのが今の私なので。このあたりもオリジナルなのか?笑
まぁ私なかなかすごいじゃんと思っているんですが、もしかしたら、誰かの模倣になっている記事もあるのかもしれないとちょっと怖くなったんですよね。
私の考えとしては、自分の発した文字全てに責任を持つものと思っているので、記事が増えてきてその責任の重さにビビってる感じです。昔のmixi振り返り記事をやっていても思いますが、私が書いた言葉で誰かが傷つくことがあればそれはちゃんと説明したり謝罪したりしないといけないかなとも思うし、それが世界中に自分の考えを披露している者の責任でもあると思っています。固いなー!

もしも私が無意識にオマージュしていたら(日本語として変ですが)、それはもうごめんなさいとしか言えないです。見てないと、読んでないと言ったところで証明はできません。いやぁ難しい。
でも、全ての記事が私のオリジナルであることに間違いありません。それは私の、文章を書き始めた頃からの35年のプライドです。

私は私を突き通し、Who am I?と自分に問いかけるジャンバルジャンのように、私は私だ、ラズベルであると胸を張って記事を書いていこうと思います。

いつも記事の着地がうまくいかず、放物線は栄光の架橋にならない私(伝われー)笑

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