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何でもやってみるラズベル、どんどん進む

エッセイコンテストに応募してみるというチャレンジを、マイフォロワーさん達の優しさに後押しされ7月に決め、文字系おしゃべりオバハンとしていろんなテーマで書いております。
もう2つほど、応募済みです!早い!偉い!すごい!ほめる!笑

「未発表のもの」が条件のことが多く、我ながらいい出来だなと思っても、ここで皆さんに読んでいただけないのがとても残念に思っています。落選しても、モノによっては修整して他のコンテストにに応募できたりするらしいので、やっぱりnoteには載せられないのかなぁ。
と、ちょっとばかり弊害のようなものを感じています。それだけnoteで公表するということは私にとって大切な行為のひとつなのです。

私はこのnoteで「経験は素材」と書いています。今こうしてエッセイコンテストのために記憶を呼び戻しながら文字を打っていると、私にしか書けない事が結構あるんだな、私だからこれを書けるんだなと思うことが多々あります。
これは、コンテストに応募し始めて気がついた新たな発見でした。マイフォロワーさんのアトランさんがコメントでくださった「応募することで見えてくるものがある」とおっしゃっていたことが何なのかずっと気になっていたのですが、もしかするとこれはそのひとつかもしれません。

人が書くのに理由などない、のタイプなのですが(文字系おしゃべりオバハンはいくらでも出てくる)、AIが書くものに対して私が興味が持てないのはそこなんじゃないかとも感じています。

その人が生きてきた、歩いてきた道。感じたこと。それはその人にしかなくて、その人がその人の言葉で表に出すからおもしろいのだよな、と。
同じ景色を見ても隣人と私ではきっと感じるものが違うし、表現方法も違うと思うのです。ちょっとだけ「唯識思想」に近いかも?(最近興味のある仏教の考え方のひとつです)

私にしかできないことをしているのだ、といつになく高揚しています。評価されるかどうかは二の次。今はとにかく、書くことが楽しいです!

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