バブル発ゲーム業界生存記 第2章1節 前編
バハムートラグーン編1 前編ドラゴン育成システムの誕生と「うにうに」
スクウェア(当時)に入社して間もない若手プランナーだった私は
後に『バハムートラグーン』と呼ばれることになる新規RPGの
プロジェクトにおいて、根幹システムの一つである
「ドラゴン育成システム」の仕様策定を任されることになった。
当時はまだ、ゲームにおける「モンスター育成」や「AIを伴う相棒」と
いう概念が、ジャンルとして未成熟だった時代である。
プレイヤーが手塩にかけて育てたドラゴンが、戦闘中に自律行動をとる。
その成長フローをいかに設計するか。
それが私に課せられた最初の大きなミッションだった。
属性分岐の設計と、そこに潜む「破綻」
最初に試みたのは、極めてロジカルな属性・タイプ別の成長分岐だった。火、水、雷、回復といった各属性のアイテムをドラゴンに「餌」として
与えることで、それぞれの属性値が上昇し、
形態が変化していくという一般的であるが定番のツリー構造。
誰もが最初に思い描く、教科書通りの設計である。
しかし、仕様を詰めて実際に数値をシミュレーションしていく中で、
致命的な問題にぶち当たった。
属性の掛け合わせによる「相殺」である。
例えば、火の属性を持つドラゴンに、相反する氷(水)の
アイテムを与え続けるとどうなるか。
ロジカルに考えれば、火の長所と氷の長所が互いに打ち消し合い、
パラメータは平均化され、特徴のない「器用貧乏」なドラゴンが
生まれてしまう。
すべての属性を最大まで注ぎ込もうとすればするほど、
尖った強みが消えていく。
これはシステムとしての美しさと、プレイヤーの
「色々なものを与えて育てたい」という欲求が真っ向から衝突し、
成長フローそのものが破綻することを意味していた。
破綻を「遊び」に変えた、偶然の怪物
机上の空論で行き詰まった私は、この「破綻」を放棄して
ペンディングするのではなく、あえて仕様として開示し
エンターテインメントに昇華できないかと考えた。
そこで生まれたのが、のちにプレイヤーの間で語り継がれることになる
特異形態――「うにうに」である。
相反する属性を極端に掛け合わせたり、特定の禁忌とも言える
アイテムを与え続けると、ドラゴンのグラフィックはドットの塊のような、文字通り「うにうに」とした不気味な姿へと変貌する。
これに伴い、基本パラメータは一気にどん底まで低下する。
せっかく育てた相棒が、一瞬にして役立たずの
スライム以下のナマモノに退化したように見える仕掛けだ。
しかし、ここからが「遊び」の核心だった。
「うにうに」状態のドラゴンは、戦闘中にほとんど役に立たない
行動を繰り返す一方で、ごく稀に、すべてのパワーバランスを
ひっくり返すような超強力な行動を発動する。
ドラゴンクエストでいう「パルプンテ」のような
完全なランダム性と一発逆転のロマンを仕込んだのである。
それだけではドラゴンとして育成させる魅力が乏しくなってしまう為
当然ながら「うにうに」ならではの攻撃特性も
(ほとんどギャグ要素ではあるが)持たせてキャラクター性もつけた。
一度、どん底の不条理を味わい、それでもなお餌を与え続けた先にしか
真の覚醒は存在しない。
この、一見すると不親切極まりない、しかし文脈のある育成フローは
当時の開発チーム内でも「面白い」とそれなり評価された。
若手だった私は、ロジックの破綻をアイデアで裏返せたことに
確かな手応えを感じていた。
思い起こせば、スクウェア入社時の企画書にも記載した
「バトルで負けても即ゲームオーバーにはならない」という、
王道に対する邪道、ヘソ曲がり気質だからこそ生まれた発想でもあった。
30年後の俯瞰:あの熱量の中にあったもの
今、30年以上が経過した現代のゲーム開発を俯瞰すると
このような「プレイヤーを突き放すようなランダム性」や
「一見してバグに見えるほどのパラメータの急降下」は
QA(品質管理)の段階で弾かれるか、ユーザーの離脱を恐れて
マイルドに調整される可能性が高い。
だが、当日の熱気あふれるスクウェアのオフィスでは
こうした尖った仕様こそが「新しさ」として歓迎された。
まだ何が正解か分からない暗闇の中で、仕様書に引かれた1本の線が
そのままゲームの個性へと直結していく。
ドラゴン育成システムが徐々に形を成し、ドット絵が画面の中で
動き始めたとき、私の胸には若手特有の高揚感が満ちていた。
自分たちの手で、新しい遊びのパラダイムを作っているという実感。
しかし、ゲームが完成へと向かう組織の拡大は、同時に
「純粋な仕様の美しさ」だけでは通らない、
もう一つの現実を突きつけてくることになる。
このシステムがもたらす「選択の痛み」と、開発現場に忍び寄る
組織の影については、後編で触れることにしたい。
(第2章1節後編 へ続く)
