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「神様には、この世界は汚すぎた」

   

ーマイケル・ジャクソンという名の光ー


マイケル・ジャクソンほど、純粋で、綺麗で、まっすぐな魂の持ち主は他にいないと私は思っています。



私が彼の存在を本当の意味で知ったのは、つい数年前のこと。
それまでは「マイケル・ジャクソン=すごく有名な人」という程度の認識で、整形の話や、奇行、スキャンダルの噂ばかりが目につく存在でした。

「黒人であることを嫌って肌を白くした」「ネバーランドで少年にいたずらをした」…そんな噂ばかりが独り歩きし、真実が見えなくなっていた。


でも、ある日たまたまYouTubeで彼のMVを見て、私は雷に打たれたような衝撃を受けました。
歌、踊り、そしてその全身から発せられるメッセージ。
彼のパフォーマンスには、まるで全世界に向けて祈るような、叫ぶような、魂の波動があったのです。

それから何時間もマイケルの動画を観続けて、私は確信しました。
この人は、何一つ悪いことなんてしていない。
むしろこの人は、誰よりも人を愛し、子どもを守り、世界を癒したいと願っていた人なんだと。

その夜、マイケル・ジャクソンは私の夢に現れました。
不思議なことだけれど、夢の中の彼はあまりに優しく、私にそっと触れた瞬間、全身が愛に包まれるような幸福感に満たされたのを今でも覚えています。
亡くなった人が夢に出てくると怖いはずなのに、ただただ優しくて、泣きたくなるほど温かかった。


彼が本当に子どもを傷つけるような人間だったら、
「Heal the World」も、「Childhood」も、「Man in the Mirror」も生まれていないはず。

歌えないんだよ、そんなことをする人間には。
歌詞に乗らない。
そうでなければ、あの振動にはならない。


歌は、魂の振動だと思う。
ごまかしは効かない。
心の底から思っていないことを、あんなに真っ直ぐには歌えない。


マイケル・ジャクソンの楽曲には、自分が黒人であることに対する誇りや、世界をよりよくしたいという強い願いが込められている。
彼はすべての子どもたちを宝物のように愛していた。
その想いは、どの曲にも、どのパフォーマンスにも、確かに存在している。


神が姿を変えてこの地上に降りてきたといっても、過言ではないと私は思っている。

その神様に、人々は最初、歓喜し、感動をもらった。
ライブで失神する人が続出したのは、彼の放つ圧倒的な光のせいだ。
あれはただのスターの輝きではない。魂そのものが発光している。


それなのに、世の中は変わりやすい。
次第に、称賛していた大衆も、手のひらを返すように彼を叩きだした。
攻撃を繰り返し、闇に閉じ込めようとした。

「神が姿を変えて降りてきた」ような存在に対して、世界はあまりにも無慈悲だった。


マイケルの晩年、どれほど孤独だったのかを思うと、胸が苦しくなる。
誤解や偏見の中で傷つき、それでも彼は光を投げかけ続けた。

だからこそ私は思い続ける。
マイケルは悪くない。
彼ほど、子どもを愛し、人間を愛し、世界の痛みに心を寄せた存在はいない。

それを否定されるたびに、私は胸が締め付けられる。
でも、私は忘れない。
彼の歌と魂に触れた夜のあの幸福感を。



この光は、永遠に消えない。

私の中で、そして、きっと誰かの中でも――。

そして私は思うのです。
神様には、この世界は汚すぎたのかもしれない。

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