BreakingDownによって一度格闘技熱が冷めてしまった理由
私は大学生の頃、新生K-1の武尊選手対小澤海斗選手の試合を観たことをきっかけに、格闘技にハマりました。
何年も、何年も鍛錬を積み重ねてきた選手たちが、その積み重ねてきた実績や名誉を、たった一試合の勝敗によって失ってしまうかもしれない。
そんな大きなリスクを背負ってリングに上がる姿に、私はとてもワクワクしました。
「これまで積み重ねてきたものが、この一瞬ですべて決まってしまう」
その緊張感に惹かれ、どんどん格闘技にのめり込んでいったのを覚えています。
それからというもの、格闘技観戦は私の一番の趣味になりました。
暇さえあれば格闘技の試合を観て、選手のインタビューを観て、過去の試合を振り返る。
K-1が一番好きでしたが、ボクシングもRIZINも好きでした。
とにかく、格闘技そのものが好きだったんです。
そんな私が、格闘技に冷めてしまった時期があった
そんな私ですが、BreakingDownをきっかけに、一時期、格闘技そのものに冷めてしまったことがあります。
理由は、
私が格闘技に感じていた「積み重ねの美しさ」とは、あまりにも違うものが目立つようになったと感じたからです。
何年も鍛錬を積み重ねてきたわけではない人たちが、安易に乱闘をしたり、挑発したりすることで注目を集める。
そして、そうして注目を集めた人たちが、あたかも「これが一番素晴らしい格闘技コンテンツだ」と言わんばかりに格闘技について語っている。
それを見ていて、私は本当に悲しくなりました。
もちろん、BreakingDownというコンテンツそのものを否定したいわけではありません。
格闘技に興味を持つきっかけになった人もたくさんいるでしょうし、選手たちが人生を変えるチャンスを掴んでいることも事実だと思います。
ただ、私にはどうしても納得できない部分がありました。
私がどうしても許せなかった「いいとこ取り」
私がどうしても引っかかったのは、格闘技の鍛錬を何年も積み重ねていない人たちが、不意打ちや乱闘といった「目立つ部分」だけを利用しているように見えたことです。
私は、格闘技における記者会見での煽りや乱闘には、ある種の暗黙の了解があると思っています。
本当はやってはいけない。
でも、リングの上で何年も鍛錬を積み重ね、格闘技に人生を懸けてきた選手たちが、自分の試合を少しでも多くの人に観てもらい、格闘技で有名になり、少しでも多くのお金を稼ぐために使う。
あくまでも、それは「スパイス」だと思っています。
本体にあるのは、何年にもわたる鍛錬。
その上に、煽りや乱闘といった演出が乗る。
私は、そういうものだと思っていました。
だからこそ、その「スパイス」の部分だけを切り取って、格闘技の本質であるはずの鍛錬や積み重ねが置き去りになってしまうことに、強い違和感を覚えました。
さらに、世間の注目がBreakingDown一色になっていくように感じたことも、私にとっては大きかったです。
せめてK-1やRIZIN、ボクシングなど、長い歴史の中で選手たちが積み重ねてきた格闘技が同じように注目されていれば、まだ受け入れられたかもしれません。
しかし、私の目には、BreakingDownばかりが大きく取り上げられ、その一方でK-1などの人気がどんどん落ちていくように映りました。
それが、本当に悲しかった。
「拳一つで成り上がる」という言葉について
私は、犯罪歴のある人や不良だった人が、更生して格闘技を通じてお金を稼ぐこと自体を否定しているわけではありません。
むしろ、それは素晴らしいことだと思います。
過去にどんな人生を歩んでいたとしても、そこから努力して人生を変える。
その姿は、同じような境遇にいる人に勇気を与えると思います。
ただ、私は「人生を変える」という結果だけではなく、そこに至るまでの過程も大切にしてほしいと思っています。
何年も努力して、何度も苦しんで、何度も負けて、それでも続ける。
そうした積み重ねの先に、ようやく大きなお金や名誉を手にする。
私は、そういう世界であってほしいと思っています。
だからこそ、
「不遇な人生や環境で育った人でも、拳一つで成り上がれる姿を見せることで、同じような状況の人にも勇気を与えたい」
という理念を掲げながら、実際には「とりあえず乱闘して目立てば、大きな舞台に立って大金を稼げる」というように見えてしまうことには、どうしても違和感があります。
それは、あまりにも「いいとこ取り」ではないかと思ってしまうのです。
私が格闘技に求めているもの
私が格闘技に惹かれたのは、派手な乱闘や過激なパフォーマンスがあったからではありません。
その裏側にある、選手たちの積み重ねに惹かれたからです。
毎日の練習。
減量。
怪我。
敗北。
挫折。
それでも、また練習する。
そうやって何年も積み重ねてきたものを、たった一試合に懸ける。
そして、その一試合で勝った者が称賛され、負けた者はすべてを失うかもしれない。
私は、そんな世界だからこそ格闘技が好きになりました。
だから私は、これからの格闘技界が、
「何年も積み重ねてきた人たちが、ちゃんと報われる世界」
であってほしいと、心から願っています。
派手さや話題性があってもいい。
煽りや乱闘があってもいい。
新しい形の格闘技コンテンツが生まれることも、もちろんいい。
ただ、その根底には、何年も努力してきた選手たちへのリスペクトがあってほしい。
そして、格闘技の本当の価値は、リングに上がるまでに積み重ねてきた時間にある。
私は、これからもそう信じていたいと思います。
